7人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
母は松戸の言葉を、空虚な妄言だと受け取ったようだった。
「先日の刑事さんがまた来て、事情聴取を受けました。あなたが言う平穏な暮らしと国からの援助……、そんなことがあり得ると本気で信じているの?」
「いや、間違いなくうまくいくのだ。革新的な実験に、成功しさえすればいい。その為に、今のままでは助からない片方の命を有効利用して、私の研究を飛躍的に発展させる礎にするしかない。君にも理解できるように言うと、無駄に死んでいくだけのものを私たちのために役立て、最終的には頑強な身体を与えようというのだよ。なぜ分かってくれないんだ」
母体が急に動き、羊水が揺れた。遠くで、何かが割れる音がする。
「病室から出て行って。片方だとか、有効利用とか、人をなんだと思っているの。わたしの子供たちをそんな風に言わないで。無駄に死んでいくもの? そんな生命はないわ、どこにも」
「悪かった、悪かった。あやまるよ。その子たちは、私の子供でもあるのだから」
なだめすかそうとする男の声は、途中で遮られた。
また、物が割れる音がした。
「出て行きなさい。この子たちには、父親なんていないわ」
「君は動転して、気が立っているだけだ。そのうち分かるさ、誰よりも私が正しいと。この方法しかないんだ。親子4人で暮らすために、提案を受け入れてくれないか」
ドアが閉まる音に続いて、母の溜め息が聞こえた。
となりで手足をばたつかせていた赤ちゃんは、今は安らかに眠っている。
「ごめんなさい。……ごめんなさい」
誰に対して、何を謝っているのだろう?
小太郎は悲しい気持ちで、なつかしい母の声を聞く。
温かさと安らぎの中で、そのうちに眠ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!