未来の国から消えた子

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母は松戸の言葉を、空虚な妄言だと受け取ったようだった。 「先日の刑事さんがまた来て、事情聴取を受けました。あなたが言う平穏な暮らしと国からの援助……、そんなことがあり得ると本気で信じているの?」 「いや、間違いなくうまくいくのだ。革新的な実験に、成功しさえすればいい。その為に、今のままでは助からない片方の命を有効利用して、私の研究を飛躍的に発展させる礎にするしかない。君にも理解できるように言うと、無駄に死んでいくだけのものを私たちのために役立て、最終的には頑強な身体を与えようというのだよ。なぜ分かってくれないんだ」 母体が急に動き、羊水が揺れた。遠くで、何かが割れる音がする。 「病室(ここ)から出て行って。片方だとか、有効利用とか、人をなんだと思っているの。わたしの子供たちをそんな風に言わないで。無駄に死んでいくもの? そんな生命はないわ、どこにも」 「悪かった、悪かった。あやまるよ。その子たちは、私の子供でもあるのだから」 なだめすかそうとする男の声は、途中で遮られた。 また、物が割れる音がした。 「出て行きなさい。この子たちには、父親なんていないわ」 「君は動転して、気が立っているだけだ。そのうち分かるさ、誰よりも私が正しいと。この方法しかないんだ。親子4人で暮らすために、提案を受け入れてくれないか」 ドアが閉まる音に続いて、母の溜め息が聞こえた。 となりで手足をばたつかせていた赤ちゃんは、今は安らかに眠っている。 「ごめんなさい。……ごめんなさい」 誰に対して、何を謝っているのだろう?  小太郎は悲しい気持ちで、なつかしい母の声を聞く。 温かさと安らぎの中で、そのうちに眠ってしまった。
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