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振り返っても巨人の姿が見えなくなるまで遠ざかると、彼女はやっと腕を離した。
同時に左手のブレイス・ターミナルが振動する。
大太郎からのメッセージが届いたのだ。
― 安心していい。教授は君に気づいていない。小太郎、気をつけてお帰り。
帰り道は、いつも寂しい。
この2年間、忘れていた感覚がふいに蘇った。
こころなしか周囲の気温も下がった気がする。
松戸を見たせいかどうか、それはわからない。
小太郎は伯父と伯母の愛情を受けて育った。
それでも彼が物心ついてからずっと孤独を感じているのは、おそらく両親について一切の記憶がないせいだ。
「こら。ここにしわ寄っているよ」
梨花が伸ばした指先で眉間に触れてくる。
集中できない。
小太郎はその手をつかんだ。
「邪魔するなよ。放っておくか、先に帰ってくれ」
いやだ、という返事の代わりに眉間を狙ってくる左手を、彼は右手でつかみ取った。
「一人でつまらない考えを巡らしてないで、この私に話してみない? 学食のフレンチ・Aセットで相談にのるよ。お父様のことでしょう?」
小太郎の口もとが、ついゆるんだ。
「なんで僕が君におごらなくちゃいけないんだ」
「私の貴重な時間を使って相談に乗ってあげるんだから、当然じゃない。礼儀を知らないのね」
梨花を相手にしかつめらしい顔を続けるのが、そもそも無理な話だった。
「分かった、話す。その前に、どうして松戸が僕の父親だと知っていたのか教えてくれないか」
男の名前を口にすると喉が詰まり、声が出にくくなった。
胸が苦しくなる。
他人のつもりでいても、現実に父親の姿を見ただけでこれほど動揺してしまうものだろうか。
「忘れたの? 前に小太郎が話したからじゃない」
そうだったか。
彼が二十歳になった記念に二人で飲みに行った帰り道、つい身の上ばなしをしたのだが、松戸のことまで喋っていたとは記憶していなかった。
「今さら忘れてくれとは言えないか。……松戸をこの目で見て、気が動転したんだ」
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