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あの夜、小太郎にメッセージを送ってきた人物・大太郎は、松戸の近くにいるようだった。
松戸のことを「教授」と読んでいたから、研究員か学生ではないだろうか。
だったらマスコミが日々騒ぎ立てている黒い巨人について、詳しく知っているかもしれない。
そんなことを漠然と考えながら支度をしていたら、ブレイス・ターミナルが振動した。
― やあ、小太郎。元気かい。
「元気さ。ちょうど君のことを考えていたところだ」
― そうか。このところ忙しくしていてね、ご無沙汰していた。何か聞きたいことでもあるのかな。
「とくに質問があるわけじゃないんだ。なんとなくだけど、気になってたところ」
聞こうと思えば黒い巨人のこととか、松戸のこととか、知りたいことはいくらでもあったが、ここでそういう質問をする気にはならなかった。
新しいメッセージが、ブレイス・ターミナルの表面をスクロールする。
― 今日は出かけるのかい。
「これから大学へ行って三限と四限の講義を受けて、そのあとは彼女と食事だ」
― 九州北部から四国にかけて、記録的な大雨を降らせ続けている前線が東へ移動する。遅くなると交通機関が乱れるかもしれないよ。
ありがとう早く帰るよと返事をして、小太郎は思わず吹き出した。
同じことを伯母に言われたら、文句を言い返すところだろう。
大太郎の話し方やタイミングは何故だか心地よいほどに自然で、すんなりと受け止めることができる。
― それがいい。こっちはひどく降っているから。気をつけて行ってらっしゃい。
彼が聞き返す間もなく通信が終了した。
忙しいのだろうか。
まあいい、ちょうど出かける時間だ。
小太郎は立ち上がり、充電台からタブレットを引き抜く。
玄関へ向かう前に、リビングでワイドショーを見ている伯母に声をかけた。
「行ってきます。夕飯は食べてくるけど、おかずは残しといてよ」
今日もデートなの? と目を細める伯母に頭を下げて、リビングを出た。
玄関先に用意しておいた鞄にタブレットを放り込み、春物のジャケットを羽織る。
革靴を履き、ドアを開けると、伯母から声がかかった。
「夜は雨になるそうだから、あんまり遅くなっちゃだめよ」
小太郎は、「夕飯は食べてくるから」と返事をして家を出た。
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