野良猫の記憶

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野良猫の記憶

 彼女はまたがっていた。  男の上にまたがり、こちらに背を向けながら激しく動いていた。僕はただ佇み、身に覚えのない胸の痛みを確認していた。  そんな僕に気付き、二人は同時に視線をこちらに向けた。  なにやら叫んでいる。  僕は佇んでいる。  産まれたままの姿で慌てふためくふたりを眺めている。  彼女が僕の視線を避けて何かを言いながら掛け布団で肌を隠し、下になった男の胸にその身体を寄せる。男は僕が何かしないかと注視しながら彼女の頭を強く抱きよせる。男も何かを言っている。うまく聞きとれない。僕ではなく彼女に対して言っている。二人ともとても大きな声で。  僕に対して言っているのか。  いや、違う。僕に対して何も言葉を発することはない。その必要はない。僕は何もしない。何かしたくても僕の身体はすでに僕の支配下から逃れていた。ただその場に佇む。ただただその光景を眺める。全身が痺れ、胸に埋め込まれた心臓の鼓動が本物なのか確信できないまま、心というものが本当に胸の中に存在することを実感する。  ただただ二足歩行の動物としてその場に佇む。ただただ自分の心臓が壊れてしまわないように浅く呼吸を繰り返しながら。     
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