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顔をあげると夕陽が沈みこもうとしているところだった。砂浜を朱色に染めていた光も消えて、どんどんと暗闇が近づいてきていた。
慌てて立ち上がると、隣から声が聞こえてきた。
「起きたのか。気持ちよさそうに寝てたから起こさなかったんだ」
私の隣であぐらをかいて私を見つめるその人は、私の悩みの種の山本だった。
「どうして、ここにいるの。私がここに来ることは誰にも言ってないはずだけど」
「練習終わったけど、まだ走り足りないから。帰りにちょっと走ろうかと思って」
そしたら、と山本は続けた。
「そしたら、神谷さんがそこに座ってたから何かあったのかって思ったんだ」
「何にもないよ、ちょっと波を見てただけ」
うそ、ほんとはずっと悩んでた。
でもそんなのもちろん山本に見抜けるわけもなく、山本はそっか、と言って目の前の砂浜を走り始めた。
膝くらいまでズボンをまくって、海に足を入れて山本は走り始めた。
水の抵抗でスピードはそんなに早くないけど、山本が全力で走ってるってことは伝わってきた。
右から左へ、左から右へ、何度も何度も愚直に繰り返す。
きっと山本は疲れてきて、甘えそうな自分に言うんだ。あと少しだけ、がんばれって。
なんだか波みたいに何度も行ったり来たりを繰り返す山本を見ていたら、自分の悩みがばからしくなってきてしまった。
山本は無理かもしれないけど、全国に向けてばかみたいに走ってる。
そんな風に夢を追いかけれるのがすごく羨ましくて、憧れた。
山本を見ていると思うんだ。
私も夢を見ていいのかもしれないって、心から思えるんだ。
私は胸から溢れる気持ちを抑えるみたいにしながら立ち上がった。それから言うんだ。ほんとうの気持ち。
「山本って、ほんとにばかだよねー! 」
それを聞いた山本は立ち止まって、笑いながらうるせーって叫び返す。
さあ勇気を出して、あいつに届け、この思い。
「ねえ、私、あんたのこと好きだよ!」それから、返事が来る前に言った。「私、今からバレー部のマネージャーやるから! 誰が反対したってやるから! 」
呆気にとられて呆然とする山本がなんだかおかしくて、つい笑っちゃう。
「それから私のこと神谷さんって呼ぶのやめてよね、わたしには響子っていう名前があるんだから! 」
いつか振り向かせてやるんだから。
最後の声だけは、波の音に攫われて消えていった。
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