3年1組 曽根 輝 九秋

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「曽根くんが文化祭の実行委員をやるなんて、思ってもなかった」  女の担任の先生はそう言って教室のとなりにある空き教室に入っていった。  僕と松原さんがその後ろをついて選択Bと書いてある部屋に入る。 「こういう普段入っちゃいけない教室に入るのって、役得って感じだよな」松原さんに向かってこそっと呟く。 「曽根くんは結構子供っぽいところがあるんだね」松原さんはそう言って笑った。  僕と松原さんはとなりに、先生は対面するように向かい側に座る。 「クラスで出し物をすることになってるけど、君らの知っての通り結局頑張るのは君たち二人なんだ」先生はそう切り出した。「早速だけど、わたし達3年1組は何を出し物にすればいいと思う? 」  先生の言葉に先に反応したのは松原さんだった。 「私は食べ物を出す屋台の出し物でいいかなって思います。もう時期も時期だし、うちは進学校じゃないけど受験の邪魔になるような大掛かりなものは良くないと思います」  松原さんの言葉には、何か有無を言わせぬような力がこもっていた。  先生はもう中年だからか、そんな松原さんの言葉に全く怯むことなく穏やかに会話を続ける。 「そうだね。単純な時間の話をしたら確かにその方がいいのかもしれない。でも受験とか、人生ってそんな単純なものじゃないと、私は思うよ。私の拙い人生経験はそう言ってる」 「じゃあ先生は勉強に集中した子が受かるとは限らなくて、他のことも楽しんだ子に限ってなぜか受かるっていうんですか? 」 「いやいや、そんなことは言ってないよ。もちろん文化祭や部活をしていない生徒の方が大学のランクも高いだろうし、受かる可能性も上がっていくはずさ。ただ一つ例外があってね」  先生はにっこり笑って言った。 「最高に青春した子らは何故か受かっちゃうんだ。何でだろうね。部活にしろ、文化祭にしろ、そしてもちろん受験にも、一つのものに打ち込める才能があるのかな。そういう生徒はみんな希望の大学に受かっていくよ」 「ちなみに、そう言う奴らのことを、青春っていう意味の英単語のユースにちなんで、私はユーサーって呼んでる」 「ユーサー...」松原さんがそう呟いた。 「先生は、つまり僕たちに、その、ユーサーのようになれって言いたいんですか? 」 「そういうこと」先生は自分の指を二つ立てた。先生の指は人差し指の方が中指よりも長かった。それはこれから先生が提示する選択肢のことを隠喩しているように見えた。 「君たちが本当に受験に受かりたいって言うなら、文化祭における選択肢は二つしかない。何もしないか、この学校で一番楽しんだって言えるくらいの劇をするか。この二つだ。もっとも私は受験の成功したからと言って面白い人間だとは思っていないけどね」  先生の言葉に、僕は少し興奮を覚えていた。やっぱり文化祭はこうでなくちゃ、受験のために何かを我慢するなんて変だよ。どっちも手に入れればいいじゃないかって、そう思った。 「受験における合否がその人間の面白さに関係しないとしたら、どうして先生は先生をやってるんですか? 」松原さんは言った。 「簡単な話だね。私はユーサーが好きなんだ。そいつらを近くで見ていたいし、みんなをユーサーにしてやりたいとも思ってる」 「先生、松原さん、僕は劇をやるっていうのがいい...と思う」僕は勇気を振り絞ってそう言った。  もう僕は物語のスタートを切ってしまった。転がり始めた僕たち3年1組は、もう止まれない。
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