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部室のドアをノックして中に入ると、そんなに広くはない部屋に男が十数人詰め込まれていて、冬なのにもわっとした熱気を感じる。
「ういーっす。久しぶりに練習に顔だそうと思ってさ、他にも数人連れてきたよ」
「先輩久しぶりですね。いいんですか、受験もあるのに」
僕の言葉にそう答えるのは二年の山本だ。最初は下手くその未経験者だったけど、拙いセンスを覆い隠すほどの、誰よりも圧倒的に多い努力で今では全員が認めるキャプテンだ。
「いいんだよ。ずっと机に向かってたら体力落ちるし、休みも大事だ」
「やまもとぉぉ!!! お前女バレの水樹に告白されたってほんとかよ! 」三年のソウタが山本に突っかかる。
「安心してくださいよソウタ先輩。山本の頭の中はバレーしかないんで、せっかく告白されたのに断っちゃったんですから」周りの二年生が笑いながらそう言う。
口にはしないけど、僕にとってはこの男子バレー部がもう一つの家みたいなものだった。ここでは秘密事はなしだし、みんなが本音でぶつかりあう。
今俺の悪口言ったやつあとで体育館の周り5周な、と山本が言うと全員がぶーぶー文句を言う。
その光景を見ていると、ああもうここは僕のバレー部ではなくて、二年生と一年生のものになったんだなと再実感してしまう。
そのまま部活が始まるまでダラダラしている部員の中で、山本一人だけ外に出て行った。
その背中がなぜか気になって、追いかけるように僕も外に出て行く。
「山本、どこ行くんだよ」慌ててつま先をコンクリにぶつけてかかとを靴に入れる。
「先輩も来ますか? 部活が始まるまでランニングするんですよ」山本は何事もないように言う。
「一年の頃より練習するようになったんだな...。いいよ、行けるとこまで付き合うわ」
「ハッ...ハッ...ハッ...。なあ、山本ッ」部活を引退した僕の体力は死にかけの虫みたいだった。どこにもそんな体力はないけれど、後輩に情けないとこは見せられなくて、必死に山本に食らいつく。
「なんですか、ハッ...。先輩」僕と違って山本はほとんど息を乱さずに返事できる。
「山本って、もしかして男が好きなのか? 水樹だったら可愛いし中身も良さそうだし、僕が言うのも変だけど付き合った方が良かったんじゃないか」
僕がそう言うと、山本は走るのをやめて歩き始めた。
山本がいつもここで歩くのか、それとも今日はたまたまなのか、僕には分からなかった。
僕たち二人はゆっくり歩きながら話し始めた。
「バレーしか考えてない俺なんかより、もっといい奴がいますよ」
「でも水樹が好きになったのは山本だ。それ以外のことなんて大したことじゃないと思うけど」
言いながら、何で僕はこんなことを言っているんだと思った。
山本を見ていると、その不器用で真っ直ぐな生き方を見ていると、なんだか羨ましくて、なんだか恥ずかしかった。
「ごめん、山本。僕はそんなことが言いたいわけじゃなかったんだ。ただどうしてそんなにバレーに打ち込むのかが気になっただけなんだ」
「いいですよ。先輩は家族みたいなものなんで」でも、と山本は続ける。「先輩は大丈夫なんですか? 俺の心配もいいですけど、前の彼女さんと別れてからだいぶ経ちますよね」
山本の言葉にうるせえ、ほっとけよと笑って答える。
前の彼女のことも僕は好きだった。あの人しかいないと思ったのに、別れてみたらまた僕は次の人に恋をしている。
僕はなののこともほんとは全然好きじゃないのかな。最近夜になるとそのことが頭をぐるぐるして不安になる。どこか真っ暗なところに沈められるような気がする。
「まあでも次の彼女ができたらバレー部に報告しに来るわ。山本は次のインターハイが勝負だぞ」
山本はインターハイという言葉を聞くと顔がキュッと引き締まって男な顔になった。
「先輩も、受験に失敗したら笑っちゃいますよ。彼女とか言ってて」
山本は右手を握って僕の方に差し出してくる。僕もそれに応えて僕らは拳を軽くぶつけあった。
それから体育館まで子供みたいに全力で二人で走った。体育館で二人で寝転がってると何故か笑いが止まらなくなった。
それをみたバレー部の奴らは僕らを見て笑ってた。多分僕だけがその中で一人泣いていた。
僕はバレー部が好きだった。
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