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僕たちの高校の文化祭は学年ごとに趣向が大体決まっている。一年が食べ物系の出し物を行い、二年や三年がステージを利用した演目を行う。
別に一年生がステージを使ってもいいし、二、三年が出し物でもいいのだけれど、大体はそうなる。
「今やってる3年2組のダンスが終わったらとうとう僕たちか」
今僕たち3年1組はステージ横でスタンバイしている。スタンバイしてるみんながみんなコスプレしてて、なんだかおもしろい。
「アキラも緊張したりするのか? 」
今日の体育館は色とりどりの照明がステージを照らし、みんなの爽やかな熱でいつもとは違う様相を呈していた。
今なのは反対側のステージ横にいる。お姫様の格好をした彼女が見れないのが残念だけど、今見たら自分の隠してきた思いを打ち明けてしまいそうだから良かったかもしれない。
「もちろんするよ。ソウタに比べればちっぽけなものだけど。なんて言ったってソウタは今日王子様だからな」
ソウタは笑って言った。「演目上はそうなってるけど、実際はどうなんだろうな」
その時、生徒会の人のアナウンスが流れた。
「3年2組の皆さん、ありがとうございました。次の演目は、3年1組による白雪姫です」
それが聞こえた瞬間こちら側にいる15名ほどはアイコンタクトをし合い、集まった。
「アキラ、お前が文化祭委員で、一番この日のために頑張ってきたんだ。一言頼むぜ」ソウタには騎士の格好がよく似合う。
「泣いても笑っても、これが最後の文化祭だ。だから、精一杯楽しもう」
オー!!! と掛け声があがり、僕たちの白雪姫が始まった。
ステージの上から見る景色は、格別だ。観客は暗くてよく見えないし、キラキラな照明で照らされた僕たちは、あたかも本当にお伽話の中に入ったみたいに思えた。
特に一番僕の目を引いたのは、やはりなのだった。
特に派手なドレスではない、白を基調にしたドレスと薄くかけられたメイクだけで、僕の心臓はどこまでも強く鳴った。
「小人さん達、勝手にお家に入ってしまってごめんなさい。でも私、女王様に殺されそうになったんです」
「そういうことなら心配しなくていいよ、白雪姫! 僕たちと一緒に仲良く暮らしていこうよ」
そのセリフの後に、ナレーションの声が入る。
「そうしてかれら小人と白雪姫は平穏に暮らし始める。しかし、白雪姫が生きていることを知った女王は、老婆の振りをして白雪姫を殺すことにしました。」
場面は流れて、毒で眠りについた姫を、通りすがりの王子がその死んだように眠る、あまりにも美しい姿に口づけをする。
「ああ、なんて美しい女性なのだ。私はこの女性がせめて幸せにあの世に行けることを俺は祈っているよ」王子役のソウタが跪き、ナノの手のひらに唇をそっと当てた。
これは劇のシーンなんだ。何にもこの二人の間にはありはしないってわかっていても、胸がズキズキ痛む。なのが他の男と話すだけで泣きたくなる。
そして口づけをされたなのがゆっくりと起き上がる。
「王子の口づけで白雪姫にかけられた魔法が解けたんだ! だから姫が目を覚ましたんだ」
小人役みんなで声を合わせる。ぼくたち小人は小さくて一人の声じゃ届かないんだ。
姫は静かに辺りを見回すと、見慣れた小人の他に王子がいるのに気づいた。
「あなたが私を起こしてくれたのですか? 」
「ええ、あなたが死んだように眠っている姿があまりにも美しかったので、つい口づけをしてしまったのです」まるで一流の詐欺師みたいに流暢にソウタは話し続ける。「そんなあなたがこうして今一度目を覚ましてくれるとは、ああ、どうか私と一緒に来てはくれないか」
ソウタは跪いて右手を姫に差し出す。
あとは白雪姫がこの手を握ってハッピーエンドだ。そのはずだった。でも今僕が、誰よりもこの劇に力を入れた僕がこの劇を壊す。
「ちょっと待ってください」小人役として端の方で座っていた僕が立ち上がる。
僕のセリフに驚いたのは、観客と白雪姫だけだ。
小人も、照明係も、ステージの小道具係も、白雪姫に毒を持った女王すらも、僕の急な行動を見守ってくれている。
僕のお願いを聞き入れてくれて、この劇を僕のために使うことを許してくれて、みんなありがとう。
「王子様、僕にも白雪姫と話す時間をください」
白雪姫と王子のいる方にゆっくりと歩いていく。
「僕は見ての通り身長もちっちゃいし、王子のように姫を楽して暮らさせるだけの身分もありません。たしかに僕には何にもないよ。でも、僕は僕が一番白雪姫のことを好きだって胸を張って言える。僕が一番白雪姫を、いいや、なののことを幸せにできる」
言いながら頭が真夏の太陽に照らされてるみたいに熱くなって、自分が何言ってるのかわからなくなってきた。
一つわかるのは、なのが顔を真っ赤に染めてることと、今物語の主役が王子と白雪姫から、小人と白雪姫に変わったことだ。
「私は君のことを尊敬するよ、小人くん。君を一人の男として認めよう」王子は姫の正面から一歩右にずれて跪いた。「だからこそ最後は白雪姫に決めてもらおうじゃないか。どちらの男を選ぶのか」
なのの正面まで来て、近くで顔を見ると、顔が赤くて、恥ずかしいだけじゃなくて、どこか嬉しそうな顔をしているような気がした。
「なの、すごく急だけど、これが僕の気持ちなんだ。嫌だったら嫌で構わない」なのの目を見ていう。「好きです。僕と付き合ってください」
僕とソウタ、なのの三人だけが僕の告白が聞こえただろう。
僕はソウタの左に跪いて右手を差し出した。
数秒の沈黙のあと、なのはおずおずと僕の右手を取った。
手を繋いで僕が立ち上がってからも、僕は自分がなのに選ばれたことがいまいちよく掴めなかった。
そのままなのの頬に流れる涙を指ですくって、彼女に小さくキスをした。
堰が切れたように泣き出すなのを強く、優しく抱きしめる。
ステージの上と、観客席から雨のように降る拍手が止むことはなかった。
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