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「康二、あんたの部活の合宿って、来月の8月何日だっけ? 」
僕は玄関で靴の踵をトントンと叩く。今日も朝一番に僕は家を出る。
「確か15日からだったと思うけど、今日みんなに確認してくるね。じゃっ」
返事も聞かずに足早に飛び出した。僕の家から学校まではチャリを目一杯飛ばしても、20分はかかってしまう。
毎週火曜日と金曜日にある朝練は青春って感じがして、けっこう好きだったりする。バレー部の土井なんかは、朝起きるのつらいって、叫んでたけど。
学校まで半分ほど来たところに、僕の通学路を右から左に小さな川が流れている。自転車を止めて少し待つと、川上から一人やってくる。
左手でハンドルを握りながら、右手で手を振るたびに、その自転車は少しバランスが崩れる。その度にちょっと慌てて両手でハンドルを握る彼女が、愛おしくてたまらない。
僕は足元を流れる水流に負けないくらいきらきら光るその笑顔が、水樹先輩のことが好きだ。どうしようもないくらい。
僕と水樹先輩は道が一緒なのと、同じバレー部ということで行きと帰り、学校からこの橋までの短い距離を一緒にすごす。
二人で並走しながら過ごす時間は、あっという間だ。
「今日も橋本くんのほうが先だったね。待たせちゃったかな? 」
「いや、そんなことっ、ないです。僕が早くバレーしたかっただけなんです」
水樹先輩が話しかけてくれても、うまく話せない。舌は回らないし、頭はかちこちだ。
「そういえば、水樹先輩ってどうしてバレー部に入ったんですか? 去年の夏に、言っちゃえば中途半端な時期に入ったって聞いたんですけど」
そう聞くと、水樹先輩はちょっと困ったようにはにかんで言う。
「どうしてって言われても、困っちゃうな...。うーん」そう言ってちょっと考えてから「ここにいたいって、そう思ったんだ。私の欲しいもの、私の憧れっていうのかな」そう言うと顔を赤くして前を向く。
水樹先輩の憧れってなんですか。その一言がどうしても喉にへばりついて出てこない。
うんざりするくらい透き通った青の下、カッターシャツの下はじんわり汗をかいてきた。
こんなにも僕は前に進んでいるのに、ほんとは前に進んでなんかいない。
学校に着いて、バイバイと手を振る先輩の後ろ姿を絶対に見ないように、僕の気持ちに気づかれないようにぎゅっと手を握りしめた。
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