1年4組 橋本康二 初夏

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聞こえるのは四つのタイヤが自慢のアスファルトと擦れる音と、川から聞こえてくる微かな水音だけだった。 目に入ってくるのは二つのライトとほんのちょっとの距離だけで、いつも通っているはずの道なのに、なんだか緊張する。 「夏休み入ったらすぐ合宿だよね。コウジくんももちろん来るよね」 はい。水樹先輩にそう返事する。 「去年の合宿はどんな感じだったんですか? 」 「凄かったよ」何かを思い出したように先輩はクスクスと笑う。「ご飯は男女一緒に食べるんだけど、それだけで猿みたいにうるさいんだもん」 なんとなく先輩たちの姿が思い浮かんで、ちょっと情けなく、でも何故か嬉しくなる。 「あと、部内カップルが私の2個上の代の先輩たちにいて、ずっと一緒にいたりとか」ちょっと意地悪そうな顔をして続ける。「その後その先輩別れちゃったんだけどね」 なんでもない顔して聞いてみる。心臓の音がやかましい。 「水樹先輩はどうなんですか」闇の中に僕の声が消えちゃわないか、心配になる。 「どうって? 」 「先輩は、好きな人いるのかなって」 僕はなんて答えて欲しかったんだろう。いないよって、私は今フリーだからコウジくんでもいいって、そう言って欲しかったのかな。 少し間が空いてから小さく響いた。水樹先輩の声は僕にはよく響くのだ。 「いるよ、好きな人。コウジくんの先輩の山本」 その言葉を聞いた時、自分が足元から落ちていくような感覚に襲われた。前も後ろもわからない。周りにはびこる暗闇に吸い込まれていくような、そんな感じ。 「これ、まだほんとに仲良い子くらいにしか言ったことなくて、男子に言ったのはコウジくんが初めてで...」それから水樹先輩は堰を切ったように喋り始めて、去年の夏にチラッと見たバレー部で山本先輩に一目惚れして入部したこと。最近部活に来ないことが心配でしょうがないこと。いろいろ教えてくれた。 「それで私ね、合宿に山本が来るんだったら、告白しようと思うんだ」すごく照れた顔で先輩が言う。 「...いいんじゃないですか? きっと、成功しますよ。水樹先輩はとっても素敵ですから」 それからのことはよく覚えていない。僕はちゃんと喋れていたのかな。僕の気持ちは悟られていないよな。 長い長い時間をかけて先輩との分かれ道についた。 スッキリした顔で別れる先輩が見えなくなってから一人で叫ぶ。 僕の声は誰にも届かない。
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