小説家さんと父親

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「それで、話なんて電話で済ませればいいものをわざわざ帰ってくるなんて、金の無心か?」 「違うよ」  そういえば菜奈村さんにも同じようなことを言われたけど、そんなにお金に困っているように見えるのだろうか。  父さんの言葉に答えながら机の上に出しておいたアドレス帳を父の前へとすっと移動させる。 「何だこれは」 「付箋がついているところを読めば分かると思う」  怪訝そうに冊子を手に取った父にそう説明し、脇から見えているピンク色の紙を指さすと父は怪訝そうな表情こそするものの素直にそのページを開く。  とりあえず読み終わるのを待とう。と黙ろうとするが父の表情が怪訝そうなものから驚きへと変わって 「母さんに頼まれたのか?」  と問いかけられる。 「そういう訳じゃないよ」 「じゃあ何でお前がこんなものを持ってるんだ」 「この間、私がここに来たあとに藻上さんが泊まりに来たでしょ。それは彼の育ての親が遺したものなんだ」 「育ての親?黒澤先生は結婚して子どももいたはずだろう」 「お孫さんも知り合いなんだけど、彼女がどうしてそういう活動をはじめたのかは訊いてない。ただ、藻上さんからお父様の話を聞いたことは無いから離婚されたのか、先立たれてしまったあとに親元で暮らせない子を引き取るようになったんだと思う」  父が怒り出す前に説明してしまおう。と口を挟まれないよう一気に事情を話すと父はため込んでいた何かを吐き出すようにふぅ、とゆっくり息を吐いた。 「黒澤先生は、子どもが好きだったからな。でも今にして思えば少し、献身的すぎる人だった」  父はそう言うとそれを書いた人のことを思い浮かべるように手元のアドレス帳に視線を向ける。 「どうして亡くなったのかは聞いたんだろう?」  父はそう口にしながらパラパラとそれをめくり、 「先生にお世話になった人間がこれだけいるんだから、困ったことがあったなら言ってくれればよかったんだよな」  と言って再び息を吐いた。 「それで、これを見せるのが俺への用って訳でも無いんだろう」  こんなに落ち込んだ様子の父を見るのは初めてで、どう話を切り出すか悩んでいると父のほうから話を振ってくれる。
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