小説家さんと父親

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「まさか兄さんと並んで大福をつくれる日がまた来るとはなぁ」  家を出て以来久しぶりに弟と工場に立つと、隣で作業している弟がそう声をかけてくる。 「喜んでくれてうれしいけれど、向こうで作業してる父さんの視線は気にならないの?」 「まぁ、父さんの機嫌が悪いのはいつものことだし」  手は動かしたまま店に商品を並べている父のほうに視線を向けると自分のことを話されていると気付いたのか、父が空になったプラスチックケースを持って工場に戻ってきて大福を入れているケースの前に移動してくる。 「店に並べられないものがあったら容赦なくはじくからな」 「分かってるよ。心配しなくても最近大福をつくって、腕が鈍ってないことを確認したばかりだから大丈夫」 「大福つくった?本屋の店員が何でそんなことしてるんだ」 「本屋の、店員?」  そう問い返してから父にはそういうことになっているのか。と察するが父の眉間にはすでに深いしわが刻まれていた。 「何だ、もう仕事辞めたのか?」 「ちが、違うよ。まだやってる」 「まだ?」 「いえ、辞める予定もありません」  そう会話を終えると父は大福が入ったケースを持って売場に向かい、弟が呆れた様子でふぅと息を吐く。 「今までは兄さんがそうして欲しいって言うから隠していたけど、自分が能登菅文だって言ってもいいんじゃないかな?」 「それは、まぁ」  そう問いかけられて一瞬、自分でもどうして父にだけ黙っていたんだっけ?と、とぼけたことを思ったけれどすぐにその理由を思い出す。 「あぁ、そうだった。ようやく小説家になれたのに辞めさせられたら嫌だなと思って隠して貰ってたんだっけ」 「確かに、汗水垂らしてこその労働って思ってそうだからパソコンカタカタやってるだけで給料もらえるなんて。とは思われそうだけど」  弟がそこで言葉を区切り、できた大福を父が持っていった下にあったプラスチックケースに並べる。
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