小説家さんと父親

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「でもさ、今ならもう父さんが出版社に連絡して辞めさせようとしたって、簡単にはそうならないんじゃない?」 「まぁ、庵さんは仕事ができる人だからそういうことがあっても適当にあしらってくれると思うけど」  自分も話しながらつくった大福をケースに並べると、家側につながっているドアが開いて母が顔を出す。 「朝食の支度ができたから、ふたりもキリのいいところできり上げて。お父さんも!」 「分かった」  弟が返事をし、父は何も言わなかったけれど無言のまま店から工場に戻ってきて母が消えた家に続くドアから居間へと向かった。 「それで、父さんに用があって来たんだよね。昨日来てたメールのこと?」 「あぁ、うん。それならスマホで連絡とりあって、本は送ってもらってもよかったんだけど」 「よかったんだけど?」 「まぁ、いろいろあって」  父さんの足音が遠ざかっていくと弟のほうから私がしたかった話題を振ってくれて、ここに来た事情を説明する。 「前に来たときに父さんがお世話になった先生が亡くなっていたって話をしてくれたと思うんだけど、その黒澤先生が藻上さんの育ての親だったみたいで」 「なるほど。つまりその黒澤先生の遺品を兄さんの恋人に返そうって訳ね」 「その、言ってることは合ってるんだけど、そういう表現は辞めない?」  言っていることに間違いは無いのだけれど居心地が悪くてそう頼むとまた隣から息を吐く音が聞こえてくる。 「兄さん、その歳でそんな恥ずかしがってどうすんの」 「恥ずかしい訳じゃなくて」 「じゃあ何なの?」  バカにされた気がして言い返すが、そう問われると答える言葉が無くて黙ってしまう。 「いろいろ、あるんだよ」  何とか絞り出して出てきた言葉がそれで、自分でも呆れていると弟もこれ以上言うのはかわいそうだと思ったのかじゃあ、と言って話題を変える。 「父さんの私物を勝手に持ってく訳にはいかないし、朝食のあとに時間がとれるようにするからそこでふたりで話してみてよ」 「あぁ、ありがとう」  お礼を言うと弟はつくった大福を先ほどと同じように並べて 「じゃあ先に朝食に行ってるね」  と言って手を洗うために流しに向かう。
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