小説家さんと彼らとの日常

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「本、読み終わった」 「本?あぁ、お母様が持っていた本ですか?」  私が実家までそれを受け取りに行ってきたのは数週間前で。自分の中ではもう終わった話になっていたので今になってその話をされたことに少し驚いてしまう。 「ありがとう。自分じゃ、探したら見つかるなんて気付かなかった」 「感謝することじゃありませんよ。あなたを想う誰かがいつかはやっただろうことを偶然私がしただけです」  そう話していると横で何かが動く気配を感じてそちらに視線を向けると白く長い尻尾がひょろりと民家の生け垣に入っていくのが見えた。 「猫ですよ。きっと」  実家では衛生的な問題があるから、とどんな動物も家族にしてはダメだと言われたけれど、店を継がないのだから今は一緒に暮らしてもいいのか。 「フミさんはもっと自分を褒めたほうがいいと思う」 「えっと、何の話でしたっけ?」  私の生活スタイルだと散歩に行かないといけない犬は難しいのかなぁと思いながら返事をすると大河さんがいつの間にか足を止めていた私の手をひく。 「だって、フミさんはすごい人なのに、自分のことあんまり大事にしてくれないから」 「私のどこがすごいんですか。人より出来ることなんて何ひとつとしてないのに」 「違う」  私には取り柄がない。それが私にとって当たり前のことでどうしたって覆せない現実だったのに。そうきっぱりと否定されて彼のほうに視線を向けるとこちらを見ていた目と視線が合う。 「私は君と記憶に残りたい」 「お母様が読んでいた、私のデビュー作にある台詞ですね?」  それは分かるけれど、どうして彼がこのタイミングでそれを口にしたのかは分からない。 「母さんは、最期、心の中はつらいとか苦しいとか悲しいことしか無かったんだって思ってた。ひとことも相談してくれなかったから、頼ってくれれば何がなんでも助ける自分たちのことなんて頭の片隅にも無かったのかとも思った」 「それは本人にしか、」  分からないこと。その言葉の途中で彼が言葉を遮る。 「本に書いてあった。私はきっとクラスメイトたちと一緒に、家族と一緒にたくさんの人の記憶に残れた。私の生は意味のあるものだった。って」  彼がそこで言葉を区切り、足を止めるとぐいと私の手を引っ張る。
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