小説家さんと彼らとの日常

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「フミさんが恋の歌を書いても、他の人にはそうだって分からないと思う」 「そうですか?というか、文章を書くことを仕事にしているのにそれでいいんでしょうか」 「そこもフミさんのいいとこだよ」  それは本当にいいところなんだろうか。そう考えていると大河さんは郵便局までたどり着いていないのに道を引き返しはじめる。 「帰るんですか?」 「だって、これ以上フミさんとふたりっきりでいたらお預け期間中なのに襲っちゃいそう」 「何でそうなるんです」  踵を返した大河さんを追いかけながらそう問いかけると、ここまで来たときと同じように手をぎゅうと握られる。 「何でって、えっちしてるときと同じ気持ちだから?」 「同じって、今ですか?」 「してるときも、ぎゅうぎゅう握っていっぱい好きだって伝えてくれるでしょ?」 「そっ、」  前から聞こえてきた言葉に顔が真っ赤になるのを感じて思わず手に力が入る。 「それは、体が勝手にやってしまうことなので、不可抗力です」 「ありがとう」 「何がですか」  あまりに恥ずかしくて、何のお礼だ。と食い気味に問いかけると彼はうぅん、と首をかしげる。 「やる気、無くなってたけどデビューライブがんばろうって気持ちにしてくれたから?」 「やる気、無かったんですか」 「トーク、嫌いなのにやってくれって」 「事務所と意見が食い違っているということですか」 「そう」  短く返事をした彼の顔を見つめて考える。ライブで曲の間にトークを挟むのは当たり前のことだと思うのに、どうしてそんなに嫌なのだろう。と。 「ブルーの曲の印象と大河さんの人柄に差があると感じる人が多いからですか?」 「それも、あるけど」 「けど?」  彼の意見を聞こうと言葉の先を促すが彼はそれを口にすることなく 「フミさん見に来てくれる?」  と私に問いかける。 「えぇ、もちろん」  その問いかけにそう答えてから菜奈村さんに教えて貰いながらチケットをとった際に抽選があると言われたことを思い出し、まさか外れることは無いだろうと思いながら私は 「ちゃんとチケットがとれたら、ですけれどね」  と言葉を付け足した。
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