小説家さんとお正月

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「験担ぎはしないかな。だいたい本読んでた。フミさんの」 「そう、なんですか。ちょっと照れますね」 「だから時間までフミさんと話していようと思って」  そう言って彼が立ち止まったのは楽屋と書かれた紙が貼られている扉の前。 「おじゃまします」  大河さんは無言のままそこに入っていって、私はスタッフさんもいたときのために声をかけながら中に入るがそこには菜奈村さんと黒澤さんのふたりしかいなかった。 「おぉ、フミさんいらっしゃい。たこ焼き食う?」  と椅子に座って食事をしている菜奈村さんの様子はいつも通りだったのだけれど、ドアの横の壁に両手をついて俯いている黒澤さんは見るからに様子がおかしかった。 「そんなにたこ焼きが好きなら、ライブが終わって落ち着いたらたこ焼きつくりましょうか」 「え?つくれんの?」 「えぇ、まぁ。祖母が大阪の人なので、関東に売っているたこ焼きでは満足できないらしくて。よく家で」  と黒澤さんの姿を見ながら会話をするが、こちらを見もしないその姿にさすがに心配になり途中で言葉を止める 「それより、黒澤さん大丈夫ですか?」 「あーいつもこうだから平気平気」 「緊張、しているんですよね?」  黒澤さんのことを気にすることなく菜奈村さんの向かいの席に座った大河さんにそう問いかけるが返ってきたのは 「そうみたい」  というさらりとした返事。 「大河さんも、少し緊張しているみたいですね」  黒澤さんが安心できる言葉をかけられたらよかったのだけれど、私が彼の立場だったらそっとしておいて貰いたいだろう。とあえてそうはせず、彼に声をかけながら隣の椅子に座る。 「わかる?」 「それは、まぁ」  返事をしながら膝のうえで握られている拳にそっと自分の手を重ねるとその手がくるりと動いて私の手を握る。  それがうれしくて胸がほわんと温かくなるのを感じながら笑みを浮かべると大河さんも微笑み返してくれた。 「でも、大丈夫そうですね」 「うん」  いつも通りの会話をしたつもりだったのに、大河さんが頷いた直後に向かい側から聞こえてきたのは大きなため息。
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