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その日は、やっぱり雨だった
付き合っていた男と、別れた・・・・・・・
と言っても、私は『女』じゃなくて、『男』だけど。
私の源氏名は、「彩花」
ニューハーフクラブ『魔法使いユリアちゃん』に勤めて、5年になる。
元彼は、イベントで知り合った、リーマン(サラリーマン)のゲイだった。
お互い、気もあったし、体の相性もバッチリだった。
だけど、ある日突然、「世間体もあるから、結婚する事にした」と告げられた。
この業界では、よくある話し。
それに、こうなることは、付き合う前から『予感』していた。
実現して欲しくなかったけれど、こういう『予感』だけはきっちり当たる。
いくら、そうなる『予感』がしても、何度経験しても、失恋は辛い・・・・・・・・・。
仕事を1日だけ休んで、1日中泣き明かした。
翌日は、雨だった。
これも、いつもの事。
失恋をした翌日は、いつも「雨」と決まっている。
どうしてだろう・・・・・・・・私の、「不思議」なジンクス。
そして、なんだか胸騒ぎがする。
今度は何?
「おはようございますぅ~♪」
事務所の扉を開けると、千花と、みずきが、鏡に顔をくっつけるようにして、メイクを手直ししている最中だった。
「おはようございますぅ~」
千香が、まだスイッチが入りきらないのか、低い男声で返事をする。
「大丈夫なのぉ?」
みずきが、鏡越しに私を見て、エクステのまつげをぱさぱさとさせる。
「もう大丈夫よ、さ、今日も売り上げ、頑張るわよ!」
そう言いながら、コートを脱いで、私服からドレスに着替える。
今日は、お気に入りの、紺色のワンピース。
シフォンのふわふわした感じが、特に気に入っている。
失恋で、いちいち、くじけちゃ駄目。
男性として生きることを捨てた私は、この業界にしがみついて、生き残るしか術が無いのよ!。
薄化粧を、営業用のフルメイクに塗り直し、コテで巻髪を巻き直し、自分に活!を入れる。
今日も、お客にガンガン飲ませて、私もガンガン飲んで、売り上げをあげるわ!
気合い良し!
身支度完了!
スカートの裾を、ひらりと翻しながら、店へ足を踏み入れる。
「おはようございます!彩花で~す!」
まずは、元気な挨拶で、復活をPRする。
「おはようございます・・・・あ・・・彩花さん、その・・・大丈夫ですか?」
まだ、新人の、ユズちゃんが、カウンターのセッティングを手伝いながら、私を見て言った。
「大丈夫。あんな男の一人や二人、芸(ゲイ)の肥やしよ」
私は、ふふふっと、笑って答える。
「あら、別れたの。オメデトウ。シャンパン、あける?クリスマスの時の、モエ、あるわよ。勿論、彩花の給料引きだけど」
ゆりあママ(元男)は、そう言いながら、ワインクーラーにガシャガシャと大きな音を立てて氷を入れると、ずぼっと、シャンパンボトルを突っ込んだ。
在籍しているキャストは、現在18名。
週に一度だけ出勤~という子もいるし、私みたいに、ほぼフル出勤する子もいる。
ママの好みで、全員、源氏名は花に由来する(ネーミングセンスは別)
全身を性転換した子が、約半分。
工事中が、約3割。
みんな、整形手術もしているので、この界隈では「結構女の子のレベルが高い店」と言われている。
ママは、豊胸手術は受けているけれど、下半身は男のままなので、声も低いし、がたいもいい。
毒舌の切れ味も、抜群だ。
それでいて、所作は、普通のクラブの女性ママよりも、女性らしい。
そのアンバランスさが、魅力とも言える。
体のどこにも、メスを入れないでいるのは、私と、黒服の3人だけだ。
3人の黒服は、女の子のサポートをする裏方役なので、女装をする必要が無い。
私も、性転換手術の事は考えた事は何度もあるけれど、もともとが女性的な顔立ちと体つきだったため、永久脱毛と胸パットだけで、今日まで働いてこられた。
普段でも、女装さえしていれば、街を歩いていて、ナンパされる事も珍しく無い。
その日は、自分の失恋を自虐ネタとして話し、常連さんと、何度も乾杯をした。
「彩花の失恋祝い」だ。
自分でも、テンションが上がり、すっかり営業モードに気持ちを切り替えられたのは幸いだった。
客入りも良く、ママの機嫌も上々。
「今日は、彩花の大失恋パーティーだから、抜いて抜いて、抜きまくってぇ~彩花、ちゃんと、イクのよぉ~」
「はい、イカせて下さい!」
そう言いながら、笑顔を振りまき、テーブルを順番に回っていく。
落ち着いた内装のラウンジには、テーブルが5つ。
一番奥の席は、ママが海外から取り寄せたお気に入りの革張りのソファーが、
どんと置かれていて、ガラステーブルを囲む形に椅子を移動させると20人ほどが坐れる。
沢山のキャストをつけられるだけの資産家でないと、坐れない席だ。
今日は、常連の三田村さんが陣取っていた。
ママの目配せを合図に、みずきが抜け、そのあとに、
「失礼しま~す」
と、言いながら、私が入る。
「かわいそうな彩花の失恋記念に、新しいボトルを入れてもいいですか?」
一応、お伺いは立てながらも、客の返事を待たずに、新しいボトルを黒服に目で要求する千花は、この店のNO1だ。
勿論、全身改造済みで、整形手術も完璧。
頭の回転もいい。
あっという間に、それまでテーブルの上にあった、飲みかけのグラスやボトルを一掃させ、新しいボトルとセットを用意させる。
そんな千花の対応を黙認する三田村さんは、大手IT企業の重役で、週に2~3回は店に来て下さる常連だ。
乾杯をして、ぐびぐびと、まずは一気飲み。
これも、「失恋やけ酒」の演出だ。
一気飲み用に千花が作ってくれた水割りは、他の人のよりもかなり薄め。
千花の、こういう気遣いが、とても良いと思う。
一気飲みして、空になったグラスを置くと、三田村さんが、パチパチと、手を叩いた。
新しい水割りを作りながら、千花が、
「あんな男、すっぱり切って、あそこも、すっぱり切りなさいよ。いつまでもぶら下げてるから、フラれるのよ。中途半端なの、彩花は。」
と言う。
三田村さんが、声を立てて笑いながら
「そうか、いつまでもぶら下げてるから、僕は、千花にいつもふられるわけだ。」
「三田村さん、すっぱり切ったら、この店で働きませんか?かわりに、私が社長になるっていうの・・・どうですか?」
とぼけた顔で私が言うと、
「何、馬鹿な事言ってるのよ、この子は。」
千花が、間髪入れず、ツッコミを入れる。
「それは、いいアイディアだ。ただ、この顔と、体じゃあねぇ・・」
そう言いながら、三田村さんが、自分の顎のあたりを手で撫でる。
ラフな服装だけれど、そのラフさが安っぽく見えないのは、その下の体が鍛え上げられているからだ。
贅肉のほとんどない、いわゆる「細マッチョ」は、きれいな逆三角形の上半身。
ドレスを着るには、肩幅が広すぎるし、目鼻立ちも濃い気がするけれど、ここは盛り上げるのが、キャストの役目。
「あら、わかりませんよ~、ドレス、試着します?予備のが、ロッカーにありますよ」
私は、自分のスカートの裾を、ひらひらとさせながら、三田村の顔をのぞき込む。
「あ、それ、いいかも。女装大会デーとか作ったらどう?ママに言ってみようかしら」
千花は、そう言いながら、少し過剰に三田村に接近しすぎた私の顔を、手のひらでぐいっと押し返した。
「彩花、近い!」
「いたぁ~い!大事な顔を、本気で押したでしょ!千花の意地悪!」
そんな私たちのやり取りを笑ってみていた、三田村の携帯が鳴った。
「はい、三田村・・・うん・・・うん・・・先に来てる。・・・・何人?・・構わんよ。今どこ?・・・・あ、その花屋の右隣のビル。5階ね・・・じゃ」
三田村は電話を切ると、
「千花、うちの社員が、4人来るけど、いいかな?」
千花は、すぐに片手を上げて、黒服を呼んだ。
「大歓迎、4名様~!!!」
「そのうち一人が、彩花ちゃんと同じでね・・・失恋、落ち込み中。25歳、なかなかのオトコマエ、勿論独身」
「あら~かわいそう。私たちで、慰めてあげなきゃ、たっぷりと」
千花が、肩をすくめて、にっこりと笑顔を作る。
「あら~かわいそう。私たちで、虐めてあげなきゃ、たっぷりと」
私は、千花を真似して肩をすくめて言う。
「彩花は、そんなだから、ふられるのよ」
「あら、千花の魂胆は、見え見えよ。落ち込んでるのにつけ込む気でしょ」
「あら、そんな事、これっぽっちも思ってないわよ私は」
「嘘よ、腹黒千花」
「言ったわね~!」
「言ったわよ~!」
三田村は、楽しそうに、私たちを見ながら、水割りのグラスを口に運んだ。
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