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【第28話:プライドって】
地面で藻掻く穢れた勇者たちに向けて歩みを進め、【天蓋落下】の効果範囲も構わずそのまま近づいて行く。
ヴィーヴルの放った【天蓋落下】の効果範囲に入った瞬間とんでもない圧力が降りかかってくるが、今のオレにとっては少し重く感じる程度だ。
皆も今のオレの強さを把握しているので、一瞬息を飲む者はいたが特に驚くような者もいなかった。
「今、楽にしてやる……」
人に、まして同郷の者たちを殺める事に気付けば唾を飲み込んでいた。
しかし、これはオレの役目だ。
他の者に任せるべきじゃないだろう。
『許してくれとは言わない。ただ……安らかに眠ってくれ』
既に言葉を理解する知性も失われているのだろう。
日本語で語り掛けたオレの言葉に反応する者はおらず、ただ獣のような唸り声をあげるばかりだった。
「黒闇穿天流槍術!」
この体になってようやく習得した母さんですら完全な形での習得が出来なかった黒闇穿天流槍術の技がある。
纏う竜気を雷槍ヴァジュランダにも流し込み頭上で大きく回転させると、雷を纏った冷気の渦を出現させる。
雷を纏わせたのはオレのアレンジだ。
せっかく雷槍ヴァジュランダのあり余る力があるのだから、これを使わない手はないだろう。
ほんの数秒で、辺り一面が帯電した雪が吹き荒れるあらゆる者の行動を阻害する死の銀世界になっていた。
そして次の瞬間、大きく飛び上がったオレは、無数の雷が鳴り響く、死の吹雪の中に囚われた穢れた勇者たちに向けて、ヴァジュランダの裁きの雷を撃ちおろした。
「奥義! 【雪起こし】!」
ねじるような回転をつけて投擲されたヴァジュランダは、周りの冷気と雷を巻き込み纏いながら突き進み、地面に突き刺さると……つんざくような轟音を響き渡らせた。
吹雪によって遮断されていた視界が波紋が広がるように一瞬で晴れていくが、そこには巨大なクレーターと地面に突き立つ雷槍ヴァジュランダ。
そして、その石突の上に立つオレの姿だけしかなかった。
元々、魔法の要素を槍術に取り込み、その威力を大きくあげるのが黒闇穿天流槍術の特徴でもあるのだが、そこに魔力でなく竜気を用い、神の創りし槍の力が加わった事で、とてつもない破壊力を生み出していた。
人を超えた再生能力を持つ穢れた勇者も、細胞レベルから焼き切られ、破壊されたことにより、その存在を消滅させる事になった。
せめて痛みを感じる間もなく終わらせる事ぐらいは出来ただろうか……。
『必ず君たちをこんな目に合わせた奴には責任を取らすから……』
オレは何もなくなった地面に降り立つと、手を合わせて黙祷を捧げる。
すると、リルラたちも近づいてきて、見様見真似でオレと同じように黙祷を捧げてくれた。
「みんなありがとう」
黙祷を捧げたあと、皆に短く礼を言うとリルラが腰に抱きついてきて、
「私にはコウガ様の前いた世界の事はわかりませんが、あのような姿から解放してくれたコウガ様が責任を感じる事はありません。寧ろ誇るべきです!」
そう言って腰に回した手にギュッと力を込める。
「コウガは良くやったの……にゃ」
「ご褒美に今夜私の部屋に来ても良い……にゃ」
「ちょちょ!? ちょっと何を言っているんですの!?」
ヴィーヴルが竜化したままルルーを追いかけまわしているが、きっと常人なら目に捉える事すら難しいだろう。
うん。能力の無駄遣いだな……。
「みんな大丈夫だ。ルルーもありがとう。あと、テトラ……ハンカチもいらないから。泣いてないから。それと、そこの妖精!! こっそりハイになる回復魔法はかけんでいい!!」
しかし……お陰で少し気持ちが楽になった。
「みんな心配かけたな! それで、襲われていた人たちは助かった?」
「はい! もう回復してそこに……あれ? おかしいですね? さっきあそこの木の麓で治療したのですが、いないのです?」
リルラが巨大なクレーターとなった中心部から、その脇の大きな木を指さすがそこには誰もいなかった。
「ご主人様。彼らなら先ほどのご主人様の奥義を見て逃げ出しました。ご主人様にお礼も言わないなんて万死に値します。抹殺しま「抹殺しないでいいから!?」」
テトラにかかれば一般人など数秒でサクッとやって戻ってきそうだから、即答しておかないといけない。
なんだろう。なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきたぞ……。
「まぁ、走って逃げれるほど回復したのなら、もう大丈夫か」
「ゴウガ様。精霊さんに無事に街まで送ってくれるように護衛を頼んだので大丈夫です!」
「そうか。ありがとうな」
「それでコウガ。これからどうするの?……にゃ」
一応、当面の脅威は去った気がするが、どうするべきか?
穢れた勇者はまだ残っているはずだし、6魔将の生き残りもいる。
それに、貰った情報によると、他にも黒幕っぽいのがいるようだ。
リリーの言葉にこれからどうするか考えはじめた時、セイルがオレの顔の周りをぐるぐる回りだす。
う、鬱陶しい……。
≪じゃじゃじゃじゃーん♪ 私の出番かな~?≫
「……そうだな。それで何か新しい情報が入っているのなら教えてくれ」
≪新しい情報あるよ~!≫
何か状況に変化があれば情報はいつも逐一報告してくれるし、街を出る前に聞いたばかりなので、あまり期待せずに聞いてみたのだが、予想に反して何か事態に進展があったようだ。
「何か事態に進展があったのか?」
≪ちょっと黒幕っぽいのが出てくると、いつも遠見も千里眼も全て妨害されるから完全な監視は出来てないんだけど~≫
これは街にいた時にも聞いていたが、ジルの千里眼や妖精の様々な諜報手段をことごとく妨害してくる奴がいるそうなのだ。
「それで完全じゃない監視の結果は?」
ただ、完全な監視は出来なくてもほとんどの情報は掴んできてくれる。
本当は妖精のプライドで、確定していない情報は報告したくないそうなのだが、それにしてもいったい妖精のプライドって、それで良いのか……?
≪6魔将の一人『陰謀のバラム』ちゃんの反応が消えちゃったから、何か事態が動くと思う~≫
「消えたって、妖精の監視を掻い潜って姿をくらましたって事か?」
妖精の諜報能力を考えると中々凄い事だと思ったのだが、返ってきた答えは思いもよらないものだった。
≪バラムちゃんは散々利用された挙句に、殺されて贄か何かにされちゃったんじゃないかなぁ? ってのがクイ様の見解かな~≫
「なっ!? 6魔将の中で一番狡猾な奴だって聞いてたんだが、逆に利用されて殺されたのか……」
6魔将はどいつもかなり厄介な奴ばかりだったから、利用されたと聞いて驚いたのだが、
≪みたいだね~。それにぃ~たぶんだけど~三日後ぐらいには戦争が始まるっぽいよ~≫
戦争という言葉に、更に驚く事になるのだった。
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