氷が溶けるまでに

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今だから言えるんだけどね、あなた。わたしはね、今では結婚届けをむずがゆい思いで、ふたりに顔をにやにやさせながら書いて、新居も子どもも持って、幸せな家庭を、いやねあなた、私は本当に幸せよ、そんな幸せな家庭を築けている私たちだけど、本当のことを言うとね、わたし、あなたと別れようと思っていたの。 ほんとうよ、うふふ、そんな驚いた顔をなさらないで。ずっと円満に続いてきたですって。いやよ、馬鹿ね、あなた。ずっと円満なんて、いけない。今のいままでこれといったような喧嘩をしてきていない私たちだけど、それはおもてにだしてないだけ。心の裏っかわの、ジメジメした場所で、少なくともわたしはたくさん不幸だったわ。 永遠の幸福なんて、そんなことあっては神様がお怒りになりますわ。イエス様も艱難辛苦を舐められたんじゃないの。こんな私たちがそんなこと、あなたって人は本当に楽観的なんだから。でもあなたのそういうところもわたし、好きよ。 私はイエス様とは言えないまでも、他の誰よりも苦汁を舐め続けた自信はあるわ。ほかの何よりもあなたのためにね。うふふ、またそんな驚いた顔をなさって。当たり前よ、男女の仲よ。何も嫌な思いをしないわけないじゃない。いやね、別に別れようってわけじゃないわ。わたしは本当に今の生活に喜びを感じているんだから。でもね、もう何回目かも分からない結婚記念日、ふたりでちょびっとお酒を飲んで、こうやってベッドでふたり横になって、昔の思い出話に花を咲かせると、あなたの知らないわたしのお話をしたくなっちゃったの。あなたばっかりおしゃべりしちゃって、すこしくらいわたしにもはなさせてちょうだい。おはなし上手よりも聞き上手の方が好かれるらしいわよ。
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