氷が溶けるまでに

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あなた覚えてる、結婚する2年前だったかしら、ほら、あなたがこれで最後だって言ったあの絵画コンクールのこと。あなた、今では画家として、その日その日を精一杯生きていけるくらいには十分に稼いでいらっしゃるけど、あの頃は本当に私たち貧乏だったわよね。 あのボロボロの安アパートは毎日のようにどぶネズミが出てきて、食事も白米と味噌汁と漬物だけってときもあったわね。どこの僧侶だよってあなたはわたしを笑わせてくれて、清貧に、幸せに暮らしていたわ。 高校生の頃からずっと付き添ってきたあなただから、お金に関してなんにも不満なんてなかった。本当にあなただけいればよかったの。だってそうでしょ、あんな貧乏わたしじゃなかったら耐えられなかったと思うわ。わたし本当にあなたのこと愛していたから、あんな生活にも耐えられたのよ。あらやだ、愛しているだなんて、こんなあからさまな言葉、わたし今日はちょっと酔っ払ってるみたい。 わたしあなたと心中してもいいって考えたことすらあるのよ。スースー隙間風が冷たいあのアパートで首をを吊るの。何度も思ったわ。わたしからは言わないわ。わたしは幸せだったもの。でもね、あなたからそう言われて、それに肯定するくらいの心の準備はしていたの。結局あなたは言わなかったけれども、わたしはあの頃毎日、目を覚ますと、あの人から一緒に死のうって言われたら笑って死んであげよう、って何度も呟いていたわ。それくらいの覚悟はあったの。
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