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わたしはあなたとの生活に幸福を感じていたわ。でもね、あなた、あなたは違ったようにわたしは思うわ。
あなたはあの頃口癖のように、わたしに向かって、「こんな貧乏ごめんよ、ごめんよ」って言っていたわね。暮らし始めの頃のあの穏やかな笑顔なんて隙間風と一緒に飛んでいっちゃったみたいで、わたし、あなたのあんな弱気な顔見たくなかったわ。いつものように、傲岸不遜なお姿をしていらしたらよかったの。貧乏なんて、本当に気にしていなかったもの。
あなたはその頃が一番弱い時期だったわね。大学生時代に親から貰っていた仕送りも、社会人になった瞬間すっかりなくなっちゃって、残ったのは奨学金の返済だけ。高校生の頃から頑張ってきた絵も、取れる賞は佳作程度、プロと呼べるようなものじゃ一切なかったわ。たまにわたしが同僚や上司に頼んで、はした金で買ってもらったあなたの絵の、そのお金くらいがあなたの稼ぎだったわ。
それでもあなたは絵が本当に好きで、モネ、ゴーギャン、ピカソ、ゴッホ、レンブラント、あとはわたしの知らないたくさんの偉大な画家の画集を図書館で読みあさって、画評なんかも借りてきて、よくわたしに絵の話をしてくれたわね。ゴッホは耳を削いだだの、モネははじめ、沢山の誹謗中傷をくらっただの、だから俺も頑張れるんだだの、わたしそんな話を大真面目にまるで神話でも語るかのような身振り手振りで話すあなたが本当に好きだったの。
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