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前にあのお爺さん(雅紀)に会った時は夏の暑さでボケてたのかな? ぼくは。そんなことを思いながら勇は中庭を歩いていた。
春の陽気ながらに少し暑さを感じた勇は日陰に座れそうな土管らしきものを見つけ、そこに腰掛けた。その腰掛けた土管らしきものが古井戸であることはすぐに気がついた。
「あれ? この井戸、コンクリートで蓋がしてあるや」
去年見た時は木の蓋だったのに、どうして今年はコンクリートの蓋に変わっているんだろう? 勇は蓋をずらして井戸の中を見ようとするが、蓋が重すぎてビクともしない。
そこに鯉の餌袋を持った義和が通りかかった。
「爺ちゃん!」
「おう、勇かぁ。よう来たのう」
二人は池に鯉の餌をばらまいていた。前回来た時は30匹いた鯉が15匹にまで減っていた。今回は池の管理を怠って伝染病が広がって鯉が死んだのである。例によって俊子は鯉が減ったことには気がついていない。たまに中庭に出て柏手を打ち、鯉を呼んでも「今日も綺麗ねぇ」としか思わないのであった。
「ねぇ爺ちゃん。中庭に井戸あるよね?」
義和の顔色が変わった。人の顔色を伺うことに長けている勇はすぐにそれに気がついた。
「何でコンクリートで蓋しちゃったの?」
本当の理由は絶対に言うことが出来ない。義和はもっともらしい言い訳を一生懸命に考えた。
「あ、ああ…… ともちゃんが生まれたろ? これで庭をうろうろして落ちたらいかんじゃないか」
「でも、ともちゃんあんな状態だよね? 外出るようには思えないけど?」
勇は鯉の餌を遠くに投げるように撒いた。鯉達が一斉にそちらに向かう。
「前からだよ、ああだって分かる前にはもう蓋してたよ」
「あれ? でも去年の夏休みにはまだ木の蓋だったよねえ。まだ分かる前だったよね」
「……」
矛盾点を次々と突いてくる勇の言葉を前に義和は言葉に詰まった。
これ以上井戸に興味を持たれるとまずい。だが、勇の言葉の追撃はやまない。
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