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広い屋敷に二人残された勇と巴。勇は困惑していた。低学年の児童の世話すらロクにしたこともないのに、いきなり意思疎通の出来ない幼児の世話をしろと言われても困るものである。
勇は巴が変なところに行かないようにに広間で見ていれば良いと考え、持ち込んでいた漫画を読みながら、広間のソファに座り時間を潰していた。
「うー うー」
巴が大広間の隅に置かれていた本棚より絵本を持ってきた。よくある日本の昔話の絵本である。
「ご本読めって?」
「うー うー」
肯定か否定かの判断はつかなかったが、このまま読まずに泣き叫ばれても面倒くさいため、二人で床に寝転んで読むことにした。
「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました」
「うあー うあー」
喜んでいるのだろうか、巴の顔は満面の笑みである。今まで勇が巴に会ってきた中で初めて見る一番の笑顔であった。
話を読み進めると、真っ赤な顔をした鬼が大きく描かれたページが開かれた。巴はその鬼を見て怖がっているのか、首を背けてそれを見ないようにしていた。
「ごめんな。赤い鬼さん怖いもんな」
勇は申し訳無さそうに絵本を閉じると「うー うー」と、唸り声を上げて絵本を強引に開かせにかかる。
「どっちだよ」
勇は不服そうに朗読を再開した。鬼のセリフがあったのだが怖がらせないように優しい口調で朗読をした。本来ならば鬼のような濁声と脅すような口調にするのだが……
余談ではあるが勇は朗読が上手い。
同年代の少年の朗読が棒読みや途切れ途切れなものなのに対して、勇の朗読は淀み無く噛みもしないものである。その朗読の上手さから放送部にスカウトされる程であった。特に登場人物のセリフに関しては声変わり前の高い声ながらに青年、女性、少年、少女、老人、動物、全てを演じ分けることが出来ると称されていた。
だから、巴を怖がらせないような優しくも荒い鬼の口調を考えるのも勇にとっては容易いことである。
「たからものを、にぐるまにつんで、むらにもちかえり、みんなでなかよくわけあって、しあわせにくらしましたとさ。めでたしめでたし」
昔から思っているが、窃盗品を窃盗し返しただけのろくでもない話である。勇は呆れ気味に絵本を閉じた。巴は「わーわー」と声を上げながらパチパチと手を叩いていた。
「分かるのかな」
勇が疑問に思っていると、巴が勇の髪をぐいぐいと引っ張り出した。本気で引っ張られているせいで、頭皮が剥がれるかのような痛みが勇を襲う。
「おい! やめろって!」
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