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「やあ勇くん。座って座って」 勇に向かってフレンドリーに話すのは、大学病院の心療内科に勤める中国人医師の銀男(ギン・ナム)であった。 勇は銀男に促されて丸椅子に腰を下ろした。この丸椅子から数十センチ先には銀男がいるため、自らのパーソナルスペースに人が入ってきたと感じ、勇は恐怖でガチガチと体中を震えていた。 「まだ、怖いのかい?」 「は、はい…… 僕の近くに人がいるだけで急に押し倒されて、おちんちん切られちゃうんじゃないかって怖くなってくるんです」 銀男は勇に起こったことを端的ながらに奈緒美より聞いていた。話を聞いた時は半信半疑だったのだが、父親から性的虐待をされていた主婦がそのトラウマから自分の息子のペニスに恐怖を覚え切断してしまったと言う症例を医学書で読んだことがあったために信じることにした。 「分かった。いつものように大丈夫になるところまで僕が離れよう」 銀男は自らが座る椅子を後ろに引いた。一定距離がついたところで、勇に襲いかかっていた震えが止まった。 「すいません」と、勇は銀男に向かって頭を下げた。 「いいんだよ」 それから二人は他愛のない話を交わす。銀男は食生活の話を切り出した。 「最近、何か美味しいもの食べた? 名古屋は一杯美味しいものがあるよ」 勇は俯き、首を横に振った。 「美味しいところにお祖父ちゃんが連れてってくれるんです…… でも、何を食べても砂の味しかしないんです。お米の甘い味も忘れかけてます」 そっかそっかぁ。と、言いながら銀男はボードに乗せたカルテにドイツ語と思われるミミズの這ったような文字を書いていく。その文字は「ストレスからくる味覚障害の併発」であった。 次の話は最近やったゲームの話である。 「ゲームとかは? ほら、春休みにドラクエの絵柄でFFが出来る奴が出たじゃないか? 楽しいぞ?」 「買ってもらったけど…… やる気がおきない。何もしたくない」 あれ以降、勇は引き取られた朝倉の家で優しくされていた。奈緒美と照義は事情を知っているからこそ、出来る範囲で買えるものは買い与えていた。 祖父も祖母も、毎日俯き暗い顔をする勇を気遣って動物園や博物館など、楽しめそうな場所に連れて行った。だが、どれだけ優しくされても勇の心は癒やされることはなかった。 「そっか、やり始めたら言っておくれ。もうエンディング全部見たからいくらでも解き方を教えてやれるぞ」 「……」 勇は無反応であった。次の質問に移る。
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