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「夜はどう? 寝れてる?」
勇はぶんぶんと首を横に振った。寝付きこそ良いものの、毎回の夢で見るのは俊子の凶行。股間を切られる寸前で起きることもあれば、股間を切られたところで起きる時もある。
起きる時は決まって深夜の3時から4時、パジャマはびっしょりと汗まみれ。気持ち悪いと着替えるためにズボンを脱ごうとすると、フラッシュバック現象が起こってしまい、そのまま膝を突き、頭を抱えて奇声を上げる。
結局ロクに眠れずに朝を迎えてしまう。長く瞼を閉じただけで思い出されるあの恐怖。
眠りたいが、怖くて眠れない。自然に眠りに落ちるのを待つしかない。
勇は昼夜逆転生活よりも酷い「少し寝ては恐怖に苛まれ」「起きては発狂し」を繰り返すようになっていた。
これでは到底眠りとは言えない。
「分かった。睡眠薬をちょっと強めにした方が良いかもね」
こんな少年に睡眠薬を処方しなければいけないことを銀男は嘆いていた。
「学校とかは行けそう? 勇くんいつも私服でここ来てるじゃん。たまには君の制服姿が見たいな」
「初日に行ってみた。何回も言ってると思うんだけど…… 入学式で皆で並ぶじゃん? その時に皆が密集るじゃん? 周りにいるやつが僕を押し倒すような気がして全身がガクガクって震えるんだ…… 笑えないよね? 入学式途中退場ですぐに保健室行きなんて」
「そっかぁ、近くに人が来るだけでその人の事を思い出すんだね」
「うん…… 先生だってこれだけ離れてるからまだ大丈夫だけど、もう少し近づいたら、あのババアに見えてきて何かするんじゃないかって不安になるんだ」
入学式の話は勇がこの心療内科に来た初日に銀男に話したことであった。同じ話でもするだけで多少は気分が楽になる。銀男は四回目になるこの話に優しく耳を傾けるのであった。
「その後、教室に行ったんですよ。隣の席になった女の子が可愛かったんですよ」
「ほうほう」
この話は初めてである。何回も入学式で怖い思いをしたと言う話を聞き続けたことで、多少であるが話が進んだのであった。
「でも隣の席って言うと30センチも離れてないじゃないですか。何かあのババアが近くにいるような気がして…… 激しい吐き気を覚えてゲロ吐いちゃったんですよ」
最低最悪の中学デビューである。転校してきた先故に、小学校の時の友人がいなかったのは不幸中の幸いだろう。それ以降、勇は中学校に行っていない。
「そっかぁ」
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