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勇の症状を書き記すカルテに「パーソナルスペースへの侵入は絶対に許されない」の一行が追加された。 この後も他愛ない話が進む。話が終わりに近づくと同時に銀男は児童用の抗精神薬の処方箋を処方し始めた。もうこのやり取りは恒例行事である。 「それじゃあ、また来週。来週はいい話を聞かせておくれよ」 「はい……」 気のない返事をしながら勇はスッと立ち上がり、銀男に一礼をした後、奈緒美の待つロビーへと歩いていった。 勇の姿が消えるなりに隣の部屋より照義が入ってきた。銀男は照義の顔を見るなりに深刻そうな面持ちとなった。 「君の甥っ子だけど…… カウンセリングを繰り返しても全然改善の兆しが見られない」 「そういう事、言わないでくれよシルバーマン先生」 照義は銀男のことを英語で訳した「シルバーマン」と呼んでいた。別に深い理由は無い。照義がただ「ギンナム」と呼ぶのも面白くないと思いつけた渾名である。 「警察に連絡して、その俊子って頭のイカれた女がどうかしたって知らせでもあればいいんだけどな。アソコ切られそうになったのは未遂だろ? その女がどうにかなることはないから無理だろうなぁ。これを訴えて裁判にしたとしてもあの子に証言は無理だ」 「俊子って名前すら聞きたくない段階まで来てる。だからうちじゃあ、あの名前はタブーになってるよ」 「あの子は優しい立派な子だと思うよ…… あんな歳の子があんな経験したら暴力衝動として出るもんだよ。ほら、虐待を受けた経験があると、より自分より弱いものにぶつけるって言うじゃないか。でもあの子は一切何かに当たったりとかをしない。人や物を傷つけることが出来ない優しい子じゃないか」 照義はそれを考えてストレス解消になればと勇を「皿割り」に連れて行ったのだが、スッキリしたような様子は見られなかった。数枚割ったところでつまらなそうな顔をして踵を返してしまった。 「俊子死ねー! って叫びながら皿を投げて割ってくれれば分かりやすかったんだけどな」 ノックの音が鳴った。次の患者が来る合図である。 「すまねぇな。いつも」 「医者として全力は尽くすよ」 照義は次の患者と入れ替わりに銀男の治療室を後にした。
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