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奈緒美は共弥美家を出た後、程なくに名古屋の実家に身を寄せていた。
いきなり戻ってきた娘に対して奈緒美の父は「文くんが悪かった」のかと詰問するが、その質問には答えない。奈緒美は父に余計な心配をかけたくないと思ったからである。気がかりは慶を置いてきたことだが、あの子ならもう大きいし、俊子からは何故か優しくしてもらっている故に心配はないだろうと考えていた。
勇はと言うと、あの時のことで人に対して心を閉ざすようになっていた。
半径数メートル以内に人が入っただけであの時のことを思い出すようになり、そのせいで転校先の学校にも通うことが出来なくなっていた。
奈緒美の父は「一体どうしたんだ、普通じゃないぞ」と、言うが本当に普通じゃない経験をしたとは夢にも思わないだろう。
「姉ちゃん、勇の奴本当にどうしちまったんだ?」
奈緒美の弟の照義が尋ねた。照義は30代後半のアラフォー世代だが、未だに実家に居続けている。長男である故に問題はないのだが、一部の心無い近所の人間からは「いい年して実家から出て行かない駄目野郎」と噂されていた。
「あの子は…… ちょっとあってね……」
「そのちょっとが何か知りたいんだよ。ひょっとして姉ちゃんが出戻りした理由にも関係があるのか?」
「絶対にお父さんに言わないでよ? 余計な心配かけたくないから」
奈緒美はこの12年の説明を昭義に行った。俊子の話になる度に「嘘?」と声を張り上げて言う。嘘と言いたいのは当事者の奈緒美である。
「お昼にやってるドラマみたいだねぇ」
「あれより酷いわよ」
「旧・華族様の醜聞って奴?」
「違うの。共弥美家そのものは多分悪くない。悪いのは俊子一人よ」
「でも姉ちゃん? その俊子ってイカれた女の父親、何が言いたかったんだろうな?」
「イカれた女の父親なんだから、イカれてるに決まってるでしょ」
「言うねぇ」
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