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レジ袋を持て余し気味にしていると、道の四つ角でなにやら突っ立っている青年が視界の端に映った。マフラーをぐるぐる巻いて口元を隠し、コートのフードを深くかぶって顔がほとんど見えないせいでなんだかとても怪しい雰囲気を醸し出していた。
四つ角にまつわる怪奇譚なんかをぼちぼち読んで知っていた私は、彼の存在が不気味に思えた。関わらないのが無難なので、あからさまにならない程度に歩みを早める。
「ねえ、香ちゃん」
すっと前を通り過ぎてしまおうとしたとき、当たり前のように自然にその男に声をかけられた。しかも、名前付きで。
どこで知られたんだろう。不気味どころじゃない。不審者だ。
こういうときは無視して立ち去るのが定石だったはずだ。それに従い、走り出す。ローファーは走りにくかったが、できる限り速く足を交互に前に出した。
「ちょっと待ちなよ。別に取って食うわけじゃないんだから」
誰がそんなの鵜呑みにするのだろう。
「だから待てっつってんだろうが」
今までは低めで落ち着いた声だったが、一気にその声がドスの効いた低く大型犬が唸るような声になった。
その変化に怯んだ私は、その場で動けなくなってしまう。
「そうそう、それでいんだよ」
男の声色は最初のものに戻った。
「香ちゃんさ、ほしいものとかない?なんでもあげるから」
「どうせ、変な対価、要求してくるんですよね」じゃあ、なにもいらないです、と震える声で口にした。
「だいじょーぶだいじょーぶ。なんにもいらないから。あ、でもおいしそうだからそのチョコちょうだい」
思ったよりチャラチャラした喋り方のようだ。というか、なにも要求しないんじゃないのか。
一刻も早く解放されたかった私は、もうどうでもよくなって、レジ袋を男に突き出した。
「おっありがとー。じゃあ、後でちゃんと香ちゃんの欲しいものあげるからねーじゃあねー」
片手にコンビニの袋を得たその青年は、空いた片手をひらひら振りながら、さっき私が歩いてきた方向に去って行った。
もう、なんなんだ。
結局二千円も、その二千円で得たものも失った私は当初の予定通りまっすぐ家に帰った。
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