1.変奏曲をあなたへ

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 指先が震えるほどに、血が体を駆け巡っている。自分の手先もおぼろげにしか見えないほどに暗い。私は、深く、ゆっくりと、音を立てないように繊細に息をした。緞帳(どんちょう)はまだ降りている。舞台袖の小さなライトが見える。目を閉じればほのりと、光の影を瞼に残す。緞帳の向こうは静かにざわめいて、音の波が私の肌をさらさら撫でた。その柔らかさを、私の中の血潮がドクン、ドクンと弾いている。静かに、最初の一節を腕で描いた。大丈夫、大丈夫。はやる気持ちを抑えたくて、左胸に手を置いて、また深くゆっくりと、静かに細く息をした。お辞儀するように身体を二つ折にする。そのまま腕を伸ばし、柔らかく舞台に指先を付ける。シン、と舞台側の世界が一度停止する。冷たいような熱いような緊張感が静謐と共に、この世界を支配している。私は待った。ブザーが鳴り響くのを。私の世界が始まるのを。  開幕の音。まだ世界は真っ黒なまま。あちらとこちらの境目が無くなっていく。息を呑むような静かさが会場内に流れ込んでいた。幕が上がりきり、静寂がすべてを一体化させる。  そして――舞台が夜明けを早送りするように明るくなる。私は芽吹くように体を起こす。伸びやかに。天へ向かって伸ばした腕を、ピアノの旋律と共に開く。スポットライトが私を照らす熱さを肌で感じた。それは太陽が肌を焦がす感覚に似ている。視界が光で埋め尽くされても関係ない。私の足はピアノが導いてくれるし、私自身、もう何度も練習してきた踊りはどうやったって体と頭から離れたりしない。  真っ白な衣装をなびかせて、ステップはフクロウの羽音より静かに。その華やかさだけを切り取れるよう、大胆に大胆に。白鳥の飛翔をイメージしながら跳躍する。広げた腕を翼に見立て、指で風を切る。流れるようなピアノの旋律と共に私は、私たちの世界を作り上げる。 「何があってもピアノの演奏を止めないで」
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