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彼が見つけた、地下に潜ったところにひっそりある洋食店でご飯を食べた。まるで隠れ家のようなお店だった。
彼らの気分としても随分ふさわしかった。
実際店頭の看板に「あなたの隠れ家に、おかえりなさい」と宣伝文句が書かれている。お店を出る際にそれを一瞥した彼がぽそっとこぼした。
「家から出たらどうにも言い訳できないだろうけどね」
「隠れ家とて、出て見つかったらおしまいよね」
そんなことをこぼし合って、2人で苦笑した。
「帰ろ。――どうやって帰るの」
そう言って瑞希は彼の手を取った。彼女に言われ彼は「何言ってんの」と肩をすくめた。
「途中まで同じでしょ」
「まあね」
他に行くところもない。行く時間があまりないだろう。もうすぐでお別れだから、この手を握り合っていられるのもあと少し。
同じように帰途につくのだろう電車の乗客に混じって、吊革を持つので横並びになって電車に乗った。やはり話はできない。
降りる駅は同じだから、揃って改札を出た。
駅に直結のショッピングモールはまだ開いている。入口のところで彼が立ち止まった。瑞希と繋いでいた手がきゅっと強く握られる。
「瑞希、どうすんの。――俺本屋寄ってから帰ろうと思って」
「……とっとと帰れって言ってる?」
「一緒に寄り道したって意味ないじゃんか」
「まあそうだけど。――じゃ特に用なしのあたしがとっとと帰るね」
戻りかけている。不思議なことに、彼の場合は一度入れたミルクを元に戻せる関係だった。そうして元のブラックに戻っていく。
「――あのね」
なに、と答えかけた瑞希を、彼がコートの中に抱きしめた。
「――」
彼は温かかった。食堂で握った手は冷たかったのに。
瑞希の目頭が熱くなった。
――戻りたくない。家に帰りたくない。
彼女は強烈にそう感じて、張り裂けそうになった。
「早く帰りなよ。……寄り道なんかしないでよ? 一緒に帰りたいのはやまやまだけどさ」
「――っ、しない」
寄り道なんかしない。
瑞希は胸が詰まる思いで離れた。彼のことを見られない。見たら変なことをしてしまいそうだった。
「――じゃ、俺はこっちだから」
家に帰りたくないのは、戻ってしまうから。
家に帰ったら「甘くない」から。
「……じゃあね、蒼」
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