これは秘密の味です

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 瑞希の就職先が決まった。実家から少し離れた街の広告代理店だった。内定をもらった日、家族でご飯に行ったのだが、蒼はその日国家試験の模試に行くことが決まっていたのでそれには参加できなかった。  蒼が帰って来たところで報告するにとどめていた。  後日、それとは別に瑞希は蒼を大学の食堂に呼び出した。「改めて」報告するため。  夏休み中も営業はしている食堂。さすがに人は少ない。2人は人が全くいないところの、ぽつんと孤立したような席で向かい合っていた。  蒼も「改めて」のつもりだったらしく、神妙に「おめでとう」と言ってくれた。 「ごめんね。ちょうどその時模試だったから連絡もできなくて。でも、家族3人でしっかり話せたんじゃない」 「でも、一緒にご飯行きたかったな。お寿司だったんだよ? 回転寿司だけど充分でしょ?」 「――回転寿司とか言われちゃうと傷つくからやめて」 「ごめんごめん」  困ったように肩を落とす蒼の手を、瑞希がきゅっと両手で包む。 「……模試受けてたけど、蒼は大学院進むんでしょ?」 「まあね。本番は大学院の最後の年にと思ってる」 「わー、何か国家試験なんて本格的よね」 「何言ってんの」  受けて合格しなきゃ仕事に就けないんだよ、と呆れた声で返す蒼。 「うん。でもあたしは何も資格なんかなしに、内定もらったから」 「それは……結局資格云々じゃなくて、瑞希の人間性とかもっと内面的な部分が認められたかもしれないんだからさ。――資格があればいいってもんでもないじゃない」 「うん……そっか」 「――誰かの恋人になるのも、別に試験受けて資格を得てってするわけじゃないでしょ」 「恋人」という響きを聞いた瑞希の顔から、苦笑がもれた。
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