これは秘密の味です

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      大学の敷地を出て、商店街の手前で一本道を逸れる。すぐに店頭の黒板にパンケーキの絵が描かれたお店が見つかった。 「おやつ美味しいところ」 「蒼、よくこんなとこ知ってるね」 「同じ学科の友人がアルバイトしてんだ」 「へー……」  店内は木目調のインテリアでいっぱいだ。それにさりげなく寄り添うようにして、静かなクラシック音楽が流れている。俄然落ち着かせてくれる。  大通りから逸れたところにあるせいか、お客は少ない。  案内された席は窓際。大抵人目が気になって落ち着かないが、ここは人通りが少ない。ほっとして座っていられそうだった。  ちょうど柱の陰になる場所だった。ぽっかり暗い。 「……好きなのをどうぞ?」  座るなり蒼がメニューを広げて瑞希の方に向けた。 「わー……この時間はパンケーキセットがお得なんだ。蒼のお財布的にはそれがいいかな」 「っ、あのね。何から言ったらいいかな」 「何? 順不同だから全部言って」 「順不同だ? 分かったよ」  蒼は徐に手を顔の前に出して、無言で指折り数えてから「あのね」と切り出すのだった。 「何の躊躇もなく奢ってもらうつもりなんだね? それと、『好きなのをどうぞ』って言ったんだから本当に好きにしなよ。……結果的に奢るんだから。これは瑞希の就職祝いなんだ。あと俺が就職することになった暁にはちゃんと祝ってほしいな。あーあと、夕食が食べられるくらいにしときなよ――以上」 「以上」と言って頬杖をついて窓の外を見やる蒼。その口元は手で隠れてしまった。 「――ぷっ」  耐え切れず瑞希が先に吹き出した。「フフ」と向かい側からも笑い声がこぼれてくる。 「蒼、生クリーム代わりに食べて」 「なら、ないやつにしなよ」  呆れたように横目で瑞希を見る蒼。 「ううん。一切れくらい分けるから」  ませた少女のように、首を振る瑞希。うんと年が離れた弟に向かっているようだった。 「一緒に食べよ」  こちらを向いていた蒼はさっと目を伏せるのだった。 「……何だそれ。俺が奢るんだよ」 「照れちゃってさ」 「あー何かもう、早くしよ? もぞもぞする」  子供たちが懸命に背伸びしてここに来ているような緊張感のようなものが漂っていた。2人きりの時間がおぼつかないせいだろう。  実のところは苦いコーヒーを飲めるくらいには成長しているし、無邪気そうにしながらもぽっかり暗い陰を共にしているのを分かっている。
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