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そんな瑞希の前に、ふらっと姿を現したのはちょうどお昼を食べに帰ってきた従弟の蒼だった。年は同じ。同じ大学に通うことになったから、瑞希の実家に居候している。
瑞希の横をすり抜けかけた蒼が急に慌てて、彼女の手を止めた。
「あっ――あのさ」
「なに?」
瑞希は心外そうに蒼を睨んだ。今まさにアイスにスプーンを沈めたのに。
「何か話?」
「ああ、まあ……」
「じゃあ後にして。アイス溶けちゃうから」
そう言ってアイスをすくおうとした瑞希を――また止める蒼。
「ちょちょ、ちょっと、待ってって」
「何? そんなに大事な話?」
普段だったら彼をそう邪険にあしらったりしないが、今は事情が違う。
目の前に溶け行くアイスがあるとなると、そちらの方が大事だった。
「アイス溶ける前に終わらせてくれるの?」
「というよりかは――」
「何、はっきりしないなぁ――じゃ先に食べてから聞く」
元から口数が少ない相手だ。話もなかなか進まない。3年近く一緒に住んで、普段の会話のテンポも掴んでいる。きっとそのテンポではこのアイスが溶けることも、瑞希には容易に想像がついた。
そんな彼女の手はまた阻まれた。
「あー待ったストップ、あの――」
蒼は頬をほんのり染めて瑞希を見つめていた。
「頼みがあって……君……に」
とても言いづらそうに打ち明けてくる。
「――ちょっと」
瑞希は面食らった。
「そんなこと家で言わないでくれる、それに食事中なの」
「え? 言っちゃまずいこと?」
「人の食事の邪魔をしない!」
「え?」
瑞希は最後のひと口をすくってさっさと口に入れた。
「あむっ」
「ああっ」
「ん――?」
――何なの。
蒼が声を上げ、次に「はあ」とため息をついてしまった。
「っ――ちょっと、どしたの」
瑞希は複雑な気分を拭えないまま尋ねた。最後のひと口を、残念な顔をした人の目の前で食べるのはいささか後味が悪い。
ただ食べてしまったものは仕方ない。たとえ最後のひと口が微妙な味わいでもどうしようもない。
「で、話って何?」
改めて瑞希が促すと、「もういい」と返ってきた。
「は? じゃ何で話しかけてきたの。まったく――」
「違う。――欲しかったのは、『君のアイスクリーム』だったの」
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