小春日和

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ばっ! 勢いよく振り返ったけど誰もいなかった。今食べようとした時確実に声がした。 嘘、ケーキがしゃべったの? 「違う違う。こっち。」 木の上に人がいた。明らかな校則違反の茶髪をした、うちの学生が。信じられない。だって、これは木の上だ。 彼は木の太い幹に腰掛けながらひらひらと手を振っている。私が気づいたと分かると身軽に木から降りてきて、忍者のように私の隣に着地した。 「それ、アンタが食べるの?」 「そ…そうですけど」 「誰かにあげるんじゃなくて?」 「あげる予定だったんですが…」 どうしてもその次が言えなかった。傷をえぐられるのだけはごめんだ。その時やっと、冷静な表とは裏腹にそれなりに傷ついていることに気づいた。 だが彼はそれ以上何も聞いてこなかった。 綺麗なチョコレート色の髪がひらひらと風になびく。何度見ても見覚えのないその男子生徒は黙ったまま食い入るようにチョコレートケーキを眺めていた。 「うまそう」 「え?」 「すごくうまそう、それ」 「あ…ぁ。ありがとうございます」 「俺が代わりに食べても?」 「はい?」 突拍子もないことをいう。だけど断る理由も見当たらないし、この子も私に食べられるより誰かにおいしくいただかれる方が嬉しいかもしれない。 おずおずと箱を彼に渡すとふわりと柔らかく微笑んでくれた。 陸上部の彼とは正反対の、柔らかくほどけそうな笑顔だった。 「いただきます」 「あの…フォークあります」 「お、用意周到だな。じゃ、遠慮なく」 一口頬張ると、彼はせきをきったように一気に食べ始めた。みるみるうちに12cmのワンホールが消えてなくなっていく。 ケーキに対する思いとか、そんな感慨に耽る隙も暇もなかった。 一息つくと彼はきちんとフォークを箱に戻し、両手を合わせてご馳走様と手を合わせた。 「見た目に反して甘さ控えめだった」 「あ、甘い方が好きでしたか?」 「いや、アンタが誰かのためを思って作ったのがよく分かった。俺にはもったいないくらい…うまかったよ。」
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