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ありがとう。と彼は言った。
急にぎゅっと胸がしめつけらるような感覚がして、それは体全体に広がっていった。
空っぽの箱に転がる銀のフォーク。
そしてふいに彼の琥珀色の瞳と私の瞳が合った瞬間、自分でも自分が分からないくらい大泣きしてしまった。
なぜかは分からない。
よく分からないけど、ひとつ私の恋が終わったという実感がみるみるうちに湧いてきて、溢れ出して、それが目からこぼれた。
初対面の彼の前でみっともない。そうは思うけど、この千切れるような思いは我慢ならなかった。
陸上部の彼は甘いものが苦手で、そんな彼のために少しビターにしていたのだ。彼が喜ぶ顔が見たくて。そんな私の事をこの人は全部分かっているみたい。本当に不思議な人だ。
彼は諭すでもなく慰めるでもなく、私が泣き止むまでずっとずっと隣で木漏れ日を眺めていた。
いつの間にか最後の授業が終わって放課後になっていた。
「いきなり泣いてしまってごめんなさい…」
「俺は授業をサボってここで昼寝してただけだし、別に。すっきりした?」
「…はい」
私は上手く笑えてはいなかったと思う。完全に吹っ切れた訳じゃないけれど思いっきり泣いたおかげで幾分か気持ちは晴れた。
まだ鬱々とした固い笑顔しか返せなかったのに彼はよかった、とまた柔らかく微笑んでくれた。
「じゃぁ俺はそろそろ部活に行くかな」
「部活してるんですか?」
「あぁ、テニスを」
「テニス…」
「テニス、面白いよ。見にくる?」
「えっ!?」
「アンタも俺のカッコイイとこ見たら100%元気出るんじゃない。何もイケメンは陸上部だけじゃないんだから。そうと決まればほら、立って。」
「えっちょ…なんで知って…」
「早く来ないと置いてくぞー」
「ーっ」
彼はもう既に歩き始めていた。私も思わず条件反射で立ち上がる。彼はどこか満足そうに口角を上げた。
私がまだ落ち込んでいるのが分かってわざと明るく振舞ってくれたのか、気を紛らわそうとしてくれているのか。…少し考え過ぎかもしれない。
でも彼は本当に本当に不思議な人だった。
まるで今日の小春日和のように、いきなりぽっと現れて私に暖かさを与えてくれた。そんな人。
走って彼に追いついたらとりあえず名前を聞いてお礼を言おう。
そう決めてスカートについた土をパタパタとはたいて私は彼の後を追った。
そう、進むのだ。
また。
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