337人が本棚に入れています
本棚に追加
/238ページ
それは、ノクター君との初遭遇後の事。
学園にもなれてきて、節約の為に自炊する余裕が出てきた頃。
その日の俺は、手製の弁当を持参し、教室でひとり黙々と食べていた。
肉じゃがの出来に満足し、やっぱり卵焼きは甘くない奴が一番だよなぁとしみじみしていた時だった。
隣のクラスに可愛くて周囲から人気のある女子生徒がいる、という話を聞いたのは。
美人寄りの可愛いだとか、誰も名前を聞いた事がないとか、他にも謎が多い美少女だとか…
外見については、腰まである菫色の髪に、若菜色の瞳孔、空色の目で、いつも頭に黒のカチューシャをつけているらしい。
まあ、他にも色々と言っていたが、流石に全部は聞き取れなかった。
いや、出来なくもないが、ご飯に集中出来ないからな…
…で、食べ終わった頃には、既に違う話題について話していて、それ以上の情報は分からなかった。
…この手の噂話はよくある事なのに、何故かいつまでも頭の中に残っていた。
偶々、ほんの少しだけ興味が湧いただけなのかもしれないが、俺にはそれが心底不思議だった。
それから、数日後…
噂の彼女と外見的特徴が一致する女子生徒を見かけた。
ふと彼女が此方に向かってくる…何人かの女子生徒ともに。
俺も教室移動の為に、彼女とは反対方向に歩き出した。
このまま行けば、彼女とすれ違う事になる。
…結果としては、チラ見程度しか出来なかった。
面識もなく、彼女が噂の彼女だとの確証もないんだ。ごく自然に振る舞うとチラ見で限界だったし、そこまでして関わりたい訳でもなかったからな。
強いて言うなら、傍観者として、ゲーム内では出てこなかった存在がどんな奴か、面を拝んでおきたかっただけ。
…たしかに綺麗な子だったが、ヒロインには見劣りするし、何処ぞのネット小説のようにヒロイン成り代わりを狙う尻軽女でも無さそうだった。
例えるならクラスに1人はいそうな、所謂人気者の女の子、って感じか?
ヒロインはオンリーワンの存在だが、彼女は40人に1人はいそうな感じの子で、良くも悪くもゲーム内には登場できなさそうだ。
…って、らしくねぇ事しちまったな。
やめだやめ!さっさと移動しねぇと講義に遅れちまう!
すれ違いながら、そんな事を考え、少しばかり足を早めた。
「今の子、って…」
彼女はそっと振り返り、立ち止まる。
「んー?どうかした?…あー、あの子か。噂通り綺麗な顔してたね…相変わらず表情筋は死んでるみたいだけど。」
「えっ、何々?まさか一目惚れしちゃったとか?」
「そ、そんなんじゃないってば!…ただ、」
「「ただ?」」
「…いや、何でもない。それより噂って?」
「成績優秀で、運動神経抜群、勉強・魔法・武道何でもござれな深層の令息。綺麗な顔立ちをしているものの、無表情を通り越して、年中表情筋が死んでいるのが玉に瑕。基本的に無口で存在感が薄い上に一匹狼。最近は友人が出来たのか誰かと一緒にいる所も見かけるとか。隠れファンクラブがあるとかないとか。…他にも色々とあるけど、ざっとこんなもんじゃないかな?…というか、珍しい事もあるものね。」
「うんうん、いつもはこっちが提供してもらう事が殆どで、その対価に情報を渡してるのに。今日は違うんだね。」
「…あー、その子が今の子だったんだねー…容姿についての情報が不足していたから、気づかなかったよ。」
「まあ、私もそれについては、綺麗な顔立ちなのに表情筋が死んでるぐらいしか知らなかったわ。実物はさっきが初めて。」
「ひどく儚げで、まさに深層の令息って感じだったよね!」
「…そうだね。(中身は違ってそうだけど。)…そろそろ行こっか?」
「そうね。」
「賛成!…って、急がないと遅刻しちゃうよ!」
「小走りで行こう!」
「ええ!」
「うん!」
これはウィルの知らない一幕。
物語は終わりに向けて、徐々に加速していく。
〜小話:噂のあの子と、初めて会った日、完〜
最初のコメントを投稿しよう!