第6話 文化祭

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ーーー文化祭1日目、講堂。 「…です。……これから午後の部を始めます。一番手を飾るのは第5学年Sクラス。演目はシンデレラ。…では、これより開演です!」 ブーー 開幕を知らせるブザーが鳴り響き、徐々に幕が上がっていく。 上がりきった瞬間、物語は始まる。 ナレーションの声に合わせ、進行していく物語。 クラスメイト達は皆、迫真の演技を披露し、観客達を物語の中へ引き込んでいく。 〈カボチャの馬車は、美しき姫を乗せ、お城へと向かいます。〉 舞台が暗転する。 次はいよいよ、舞踏会のシーンだ。 裏方が魔法で背景を変え、演者達は配置に着く。 定位置についた事を確認した監督がゴーサインを出す。 舞台は明転し、再び物語が進行していく。 〈お城に着いたシンデレラは、迷いながらも何とか会場に辿り着き、中へと足を踏み入れました。…すると、次の瞬間。会場中が騒めきに包まれました。〉 もうすぐ俺のセリフだ。 「何て美しい女性だ!」 「まあ、何処の家のご令嬢なのかしら。」 よし、ちゃんと噛まずに言えた! 「どの殿方と踊られるつもりなのだろうか。」 〈シンデレラがその騒めきに戸惑っていると、奥から誰かが此方に向かって来ました。その人が足を進めるたびに人々は道を開けます。〉 うわぁ、シンデレラ超綺麗…お人形さんみたいだな。 流石ヒロイン、ドレープのたっぷり入った淡い水色のドレスとガラスの靴を見事に着こなしている。 薄めとは言え、化粧をしているせいか、綺麗さに磨きがかかっていて、本物のお姫様のように見える。 …不敬かもしれんが、マジでそう思う。 「はじめまして、麗しきご令嬢。私は貴女の美しさに心を奪われました。もし宜しければ私と踊って頂けませんか?」 王子役は、本物の王子である第2王子殿下が務めている。…イケメンだからか、キザなセリフもお似合いの事で。 「あの、貴方は?」 「私は貴女の美しさに囚われただけの男です。貴女様に名乗る資格を持ち合わせておりません。」 …普通、名前名乗らないとか、不審者としか思えんがな。 「そうでしたか……」 つっこまんのかい、シンデレラさん! いや、進行の都合上、つっこんでたら話が進まないから仕方ないんだろうけども。 「舞踏会なんて初めて来たので、右も左も分かりませんが、こんな未熟者で宜しければ、よろしくお願いします。」 そう言って、シンデレラは王子の差し出す手を握った。 〈男とシンデレラは、その後、何曲も何曲も飽きる事なく踊り続けました。2人の顔には眩しいほどの笑顔が輝き、2人の姿は周囲の人々を魅了しました。このまま時が止まってしまえばいいのに……2人の心は重なります。〉 ゴーン、ゴーン…… 〈しかし、時は残酷に2人を引き裂きました。〉 「ごめんなさい、もう帰らなければならないの。」 「そんな…もう少しだけ一緒に居ることはできないのか?」 「…無理よ。…さようなら。楽しい時間をありがとう。」 「ま、待ってくれ!」 〈男の懇願に耳を貸すことなく、シンデレラは一心不乱に走ります。ドレスの裾をたくし上げ、足が見えてしまうのも御構い無しです。〉 「きゃあっ」 〈急ぐあまり階段から転げ落ちそうになります。しかし、持ち前の身体能力を発揮し、何とか踏み止まりました。体勢を立て直し、再び走り出します。〉 「あら?さっきよりも走りやすいわね!」 〈両足からガラスの靴が脱げたからだという事にも気付かず、城の前で止まっていたカボチャの馬車に乗り込み、帰り道を馬車で爆走します。〉 「馭者さん、もっと急いで!早くしないと魔法が解けてしまうわ!」 〈シンデレラに急かされるまま、馭者に変えられた馬は馬車を全力で走らせます。〉 ここで再び舞台が暗転する。 此処から先は前世のシンデレラとあまり変わらない展開だ。 前世のシンデレラではどうだったか覚えていないが、うちのクラスが演じているシンデレラでは、演者に独身者が多く、貞操観念的な問題からキスシーンは無しとなっている。 だから、ラストは指輪の交換をした後、2人で見つめ合い、幸せそうな笑顔を浮かべるだけ。ナレーターの声で〈幸せに暮らしましたとさ、おしまいおしまい。〉と締められて終わりだ。 盛り上がりにかけてしまうかもしれないが、仮にも主役を張るのは未婚の第2王子と未婚の貴族令嬢なのだ。その辺が配慮されるのも当然の動きだろう。 ちなみに俺の出番はもう終わったから、あとは終わるまで舞台袖で待機してるだけ。 終わった後は演者の皆んなで2列に並んで、前列から前に出て、客席に向けて一礼するんだ。 …で、一礼した後は、客席に向けて手を振ったりしながら舞台袖にはける。 監督から『客席に愛想でも振りまいて、明日の公演の来場者数が増えるようにしろ』ってお達しが下ってるからな… 頑張って愛想振りまいておこっと。 あ、ちなみに演者が全員はけてから、ナレーターが舞台袖から出てきて、明日の公演の宣伝をして、一礼した後に漸く幕が降りていくんだ。 ナレーターはその間ずっと礼をしたまま。 …リハでその様子を見てたけど、頭に血が上って倒れないか心配になる程、深々と頭を下げていたからな。 〈2人は末永く幸せに暮らしましたとさ。おしまいおしまい。〉 締め括られたと同時に、会場中から割れんばかりの拍手から送られてきた。 お、どうやら終わったようだな。 舞台も暗転したし、背景も元の真っ白な壁に戻った事だし、俺もさっさと定位置に着くか。 俺は本来の身長なら後列なんだが、今は女体化をしているから、身長的に前列になるんだ。 モブ女が前列ってどうかと思うが、身長は仕方がない事だから、その辺はつっこむの諦めてる。 お、明転した。眩しいなぁ… 〈ではこれより演者達から皆様へお礼を述べさせて頂きます。まずは前列の女性陣から。〉 三歩程前に進み、息を合わせて 『ありがとうございました!』 と言って、華麗にカテーシーを決める。 再び割れんばかりの拍手が送られてきた。ヒューヒュー言ってる人までいる。 そんな中、10秒程カテーシーをやった後、元の体勢に戻り、皆全力で愛想を振りまきながら、舞台袖へはけていく。 かく言う俺も「また来てくださいねー!またお会いしましょうね(オ・ルヴォルワート)!」なんて言ながら、ウィンクしたり、手を振ったりした。 …我ながら、よくやったもんだ。 あー、クソ恥ずかしい… 俺らがはけた後、男性陣も紳士の礼を取り、愛想を振りまきながら袖へとはけていった。 最後の1人がはけるのと入れ違いに、舞台袖からナレーターが元気よく飛び出していったのを見送ると、俺は更衣室へと向かった。 「あの麗しい女生徒は一体誰だ!」と話題になっていた事も。 姫守隊(ひめもりたい)の面々が、「姫様が本当に姫様になっていらっしゃる!何とかお美しい…こ、これは…写真班・映像班・護衛班、全力を尽くせ!」「既にやっております、隊長!」「よし、よくやった!」と言った会話をしていた事も。 何も知らないまま、(周囲にとっては波乱の)文化祭1日目を終えたのだった。
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