ある六月の話

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 ぽく、ぽく、と間抜けな音が響く。  ぐずぐずと鼻を啜りながら泣いていたおばさんはおじさんに肩を抱かれてよたよたと歩く。焼香をあげようとしたが顔を上げた途端また泣き崩れてしまった。その瞬間につられたように周りの啜り泣く声が増えた。  なんだか私はすごく場違いな気がした。 「おばさん。」 「あら、雪ちゃん。来てくれてたの。ありがとうね。」 「ううん。おばさんも連絡くれてありがとう。」  泣き腫らした目にハンカチを押し当てたまま無理に笑おうとしているおばさんは小さく見えた。私がまだこっちにいたときにはご近所でも有名な肝っ玉母ちゃんだった。そのおばさんをここまで憔悴させてしまうなんてあいつは本当に酷いやつだ。  ……いや、違うか。直哉は悪くない。悪いのは居眠り運転をしていた相手側だ。直哉は轢かれそうになった小さい子を守っただけだった。 「直哉のことは……いえ、直哉くんのことは私もとても残念です。お悔やみ申し上げます。」  ぺこりと頭を下げるとおばさんは「雪ちゃんも大人になっちゃったのねぇ。」と少しズレたことを言った。  私はそれ以上何も言えなかった。 「直子さん、ちょっといいかしら。」 「あぁ、今行きます。……それじゃあ、まだ火葬場に行くまで時間があるからゆっくりしていってちょうだいね。」  おばさんは私にそれだけ言って親戚の人たちの輪に入っていった。  ゆっくり、と言われてもこのしんみりした場所ではゆっくりできるわけがなかった。周囲に目をやると見知った顔があった。泣いていなかったのは私だけなのかなと思うくらいみんな目元を赤く腫らしていた。  ……直哉、みんなに愛されてたんだな。  私は静かに誰にも声をかけないままその場を後にした。  外に出ると押し潰されそうな空気から解放されたからかほうと息が漏れた。空を見上げると眩しいくらいの青空が広がっていた。ここ数日は梅雨前線の影響で雨が続いていたのに今日に限って晴れだなんて。  ふと横を見ると紫陽花が綺麗に咲いていた。紫や青の淡く美しい色彩に目を奪われていると何かが青々とした葉から落ちた。 「うわ、ナメクジ。」  ねっとりと砂利の上で這うそいつは小さい頃から私の苦手とするタイプの生き物だ。
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