春巡る

1/12
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

春巡る

 ドアを開けると、目の覚めるような苦い香りが漂っていた。横一直線の窓からは、染みるような日差し。フローリングに反射して、容赦なく寝起きの私を苛む。眩しさに目を細めると、カウンターの向こうから声が飛んできた。 「おはよう」  彼は香りの元、決まって休日の朝いの一番に口にする、コーヒーを愉しんでいた。 「おはよー…」 「大丈夫?しんどそう」 「大丈夫…」  椅子にしっかり座るのが辛いので、カウチソファにゆっくりと身を預ける。朝は弱い。特に最近は、寝ても寝ても眠くて仕方がなかった。 「パン焼く?」 「うん、ありがとう」  私の返事を聞き終えると、マグカップを一息に傾けた。上唇に泡立ったミルクの成れの果てがついている。カウンターに置くと立ち上がり、視界の隅から出ていった。どうせそのカップも、泡まみれに違いない。  コーヒーに上書きするように、焦げた匂いがやってきた。パンくずが網の下に落ちているのだろう。食べたらまずトースターを綺麗にすると決めた。     
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!