0人が本棚に入れています
本棚に追加
穏やかな日差しが世界を照らす昼下がり、ピンポーンとインターホンが鳴った。
お、荷物届いたかな。
このボロアパートのインターホンには、モニターなんて高価なものは付いていないので、誰が来たか確かめるには扉を開けなければならない。
扉を開けると、青い従業着に身を包んだ男性……ではなく、小柄な女性がそこに立っていた。知らない顔だ。
「どうも初めまして、隣に越してきた鈴木と申します」
丁寧な口調で鈴木と名乗った女性は、そう言いながら白いタオルを差し出してきた。
「あ、ああ。ご丁寧にどうもありがとうございます」
てっきり宅配便かと思っていた俺は、どこかぎこちない返事をしてしまった。ぎこちない返事の理由はそれだけでなく、鈴木さんの容姿にもあった。端的に言ってしまえば、かなりの美人さんだ。だがそれ以上に、俺の心を動かしたのは鈴木さんが着ているティーシャツだ。白い無地の半袖に、大きく「人」とだけ書いてあるティーシャツ。見ればわかるよ。どこで買ったんですかそんなの。
「お、私は熊田と申します。何か困った事があったら気軽に聞いてください」
精一杯の笑顔を作り、差し出されていたタオルを受け取りながらそう返した。
「はい、よろしくお願いします」
では挨拶回りがまだ残っているので、失礼します。と続けた鈴木さんの背中を見送り、扉を閉めた。
……美人さんだったな。大学生っぽいけど、一人暮らしかな。上京してきたんだろうか。あのティーシャツ、どこで買えるんだろう。
そんな考えが頭の中で渦巻いたが、いらない心配だなと振り切った。
その日の晩の事だった。
インターホンが鳴った。はいはい、と声に出しながら扉を開けると、昼頃に挨拶に来た鈴木さんの姿が目に入った。
「あぁ、鈴木さんでしたか、どうかしました?」
俺がそう言うと、昼頃の丁寧な口調とは変わって、鈴木さんはどこか申し訳なさそうな口調でこう切り出した。
「あの、カレーを作りすぎてしまったので……」
鈴木さんの手にはカレーが入ったタッパー容器が見えた。
おっ、これはまさか。そんな期待をしている自分がいた。
だが鈴木さんは、こんな風に言葉を続けた。
「ご飯を分けて頂けないでしょうか」
……とんでもない隣人が来た。この時、はっきりとそう感じた。
最初のコメントを投稿しよう!