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怒りや悲しみを通り越して絶望だ。涙がこぼれるのを承知で目をゆっくり瞬かせると、陽平は注文伝票を手に立ち上がった。
「俺が払っとくよ。ゆっくり味わってけ、こんなに溶けちまってもうまかったから」
「私たち、もう会えないかな」
少し視線を上向ければ陽平の顔が見えるけれど、そうしなかった。どんな表情をしているか知るのが怖かった―――それ以上に、私がどれほど萎んだ目をしているか知られるのが怖かったから。
どうしてこんな、失恋したみたいな気持ちを味わわなくてはならないのか。私は陽平のことを好きだったわけじゃないのに。
「そんなわけないだろ、腐れ縁の友達なんだからさ」
声は翳っていない。だから言葉通りに受け取ってもいいのかもしれなかった。
でも、
「そうだね…じゃあ」
「おう、またな」
陽平はそう言うと、とうとう去っていった。これまでに何百、何千回と交わしてきたあいさつと変わらない声音で。
またね。近い内に。いつか。
みんなそう言って“ここ”を出ていき―――そして未だに戻らない。「約束」と呼んで支えにしようものなら、すぐに折ってしまいそうな、虚ろな可能性だけを誰もが残していく。いっそ折れてしまいたい。「また」も「近い内」も「いつか」も、どれだけ待ったって来やしないと誰か言ってくれ。そうすればもう、今のままではいけないのだと諦めがつく。
手の甲で両目を拭い、震える息を吐き出す。ふと通りへ目を向ければ、店を出た陽平が向こうへ歩いて渡っていくのが見えた。スマホで誰かと話しているようだ、彼女だろうか。
振り返る気配のない背に、陽平を傷付けた過去を思い切り棚上げにして「裏切り者」と罵声を浴びせてやりたくなった。陽平は私をひとりぼっちにしないように付き合い続けてくれた“最大の理解者”だと頭では理解できていても。
友情が涙に融けた気分だ。呆然と、唯一残された台無しのアフォガートを見つめる。頼み直そうかと思ったけど―――やめた。もうこれが陽平との最後の“はんぶんこ”になるだろうから。
ヤツが使ったデザートスプーンですくい、口に含む。ミルクアイスとバターコーヒーが溶け合わさったもののはずが、エスプレッソ並みの苦みばかり感じる。「おいしい」なんて思えない。
「にっが…」
思わず眉をしかめる。新しくあふれた涙で視界が溶け、ぐにゃりと歪んだ。
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