優しさの裏側

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夕日はいつの間にか沈んでしまい、 窓から見える景色は田舎のまばらな灯りがちらほら。 指先の感覚と頭の中が痺れるように麻痺してしまい、 ただ、茫然としていた。 そこに代理人をお願いしていた人が来て、今日中にあらかじめ打ち合わせで決めていた葬儀場に移動しなければならない旨を伝えられた。 本当はただ想いに耽り、お母さんの事だけを考えて、他の子とは何も考えたくない時なのに、 こういう時はやたら慌ただしくて、考えてる時間も無いという事はとても理不尽な気がする。 「こちらは、片桐様よりお預かりしておりましたものです。 この日が来たとき、会沢様にお渡しするようにと、言付かっておりました。 他にもありますけれど、それは会沢様のお宅の方にお送りするように言われておりますので、葬儀が終わりましたら発送の手続きをいたします。 とりあえずは、こちらだけ、どうぞ」 と書類ケースのようなボックスを差し出された。 葬儀場に着いてから。 一番上には私名義の通帳。 お店で働く事になった時作ってくれた銀行口座と同じ表紙だった。 お給料の振り込みの口座と一緒にもう一つ、わたしに残そうと、作っていてくれたものだと判った。 きっとお店の利益の殆どを、私の口座に残してくれていたのだろう。 少なくとも、今切り盛りしているからそれくらい解る。 お母さん・・・ お母さん・・・ お母さんがお店を私に引き継がせてくれた時まで毎月、その振り込みがあった。 全てを私にと・・・ そしてその下には、フォトフレームに入った赤ちゃんの時の私と桜子ちゃん。 子供の頃の写真は全く無いけれど、私と彼女だという事ははっきりしてる。 ずっと大切に持っていてくれたのだ。 どんな風に成長したのかと、想像しながら毎日を生きて・・・ 雪乃と桜子。 そう名付けられたことを知ったのも、ずっと後になってから。 どんな風に呼んでいたのかな・・・ この写真にどんな名前で呼びかけてくれていたのかな・・・
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