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第3章 その懐に入り込む
夕方になって月子さんは帰宅し、俺の部屋のチャイムを例によって控えめに押した。
「すみません、ほんとに。小原さんにこんなご迷惑を…。お忙しいのに、子どもにお付き合い頂いて。大変申し訳ないです」
やっぱり恐縮しきってる。そしてまた以前の時と同じにお菓子の小さな包みを差し出してきた。
「そんな、お気遣いいただくほどのことなんかしてないのに…。もうこういうの、いいですよ。あ、この前のと同じお店ですね。前に頂いたラスク、美味しかったですよ」
遠慮してるんだか喜んでるんだか我ながらわかりにくい。彼女は控えめな声で言い添えた。
「そのお店で働かせてもらってるんです、わたし。だからつい、いつもそこで」
「ああ、そうなんですね」
俺は洒落たデザインの袋を試しすがめつした。なるほどね。洋菓子店で働いてるんだ。
「そしたら今度僕も行ってみよう。すごく美味しかったから…。店の場所はここから近いのかな?」
「そうですね。いくつか店舗があるんですけど、わたしの勤務してるのはここから二つ隣の駅です」
そしたら絶対行こう、と心に決める。勿論彼女が勤務中のときに。月子さんは俺の背中の奥に顔をむけて気遣わしげに声をかけた。
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