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そのことを思い出し、とたんに私はこの不純物の投入された飲み物への欲を失ってしまったわけだが、同時に私のなかで巣食っていた「渇き」が、僅かに凪いでいるのを感じ取った。
この不思議な飴玉を吐き出せば楽になれるのかしらん、とイカレタ頭で思いついた私は、「怖い」「認められたい」「不安だ」と、とにかく思いついた言葉を口にしてみた。この実験は、もはや飲める代物でなくなったラベンダーティーを有効活用する、最後の手段だとさえ考えていた。
私が発した言葉は、それぞれ群青色、橙色、浅葱色のキャンディとなってマグカップに落っこちる。生成された丸い固形物が喉からせり上がって来た時は苦しかったけれど、吐き出してみると、なんとも言えない爽快感で腹が満たされていく心地だった。あの荒れ狂っていた欲も、今ではほとんど感じられない。
そこまで考えが至って、そうか、と私はゆっくり頷いた。
私は言葉を欲していた。だから自ら与えれば良かったのだ。何を思っているのか、何を感じているのか、自分で言葉を与えれば良かった。ただそれだけだった。
私のなかで、何かがすとんと落ちてきた。
落ちてきた何かは、丁度私の欠けていた穴に、ぴったりと嵌ったのだった。
このキャンディが私の言葉の結晶、感情の結晶だとしたら、ラベンダーティーは世界だ。私の放った言葉たちで、紫、橙、青と色とりどりに色づいていく。私は私の言葉によって、世界に干渉することができるのだ、と。その気づきは、肥大した私の空虚な自我を宥め満たすのにふさわしい快楽のように思えた。
私は唐突にパソコンに手を伸ばした。本や何かのコードや文房具で散らかっている炬燵机の上には、何事も無駄のない軽量化を最善と謳う現代社会に逆行するかのような武骨なノートパソコンが一台。それを起動し、文書作成ソフトのアイコンをクリックする。
純白の画面に一瞬怯んだ私は、景気づけにとマグの中身を一口飲んだ。元・ラベンダーティーだったその液体は、見た目と同じ混沌の味がして、私は思わず噴き出した。
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