ご主人と俺

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半分俺にくれたらご主人も健康になって、俺も美味しいもん食えて幸せ。ハッピーになると思わないか? 「そんなに鳴くなら別のお部屋に行ってもらいますよ?」 ご主人の言葉は全て理解出来ないが、良くない事なのはニュアンスで分かる。ここは大人しく引こう。欠伸を一つして、丸まった。 暇だからご主人を見る。俺と同じ黒色の毛を後ろで束ねて、ヨレヨレのTシャツと短パン姿。テレビの中の雄からしょっちゅう「好きだよ。」と愛を囁かれているが、この雄が外に出てきたことは一度もない。 あいどる?とか言う、手に届かない幻の存在らしい。多分、俺とこのテーブルの上の美味そうなご主人の飯との関係と一緒だな。うん。 「あーもー!まじかっこいい。ラン君超好きー。」 この雄の何処が良いんだか。あんな傷んでる金色の毛より、俺の艶やかさで全身を覆う毛並みの方が絶対美しいし、もっと俊敏に動ける自信もある。ほら、こうしてご主人の口に入りきらなかった鯖の身をくすねられるくらい。 「あっ、こら。」 一口にも満たない鯖を堪能してると、抱っこされた。ご主人には頭にしか毛が無いけど、柔らかさがあるし、温かい。テーブルの上の皿はどれも残り僅かだった。 「あー、ほんと、ラン君好き。」 とろりと甘いその声に、テレビの中の雄に嫉妬する。俺の方がご主人をよく知ってて、面倒見てて、一緒の時間を過ごしてて、自他ともに認める美猫なのに。 「ラン君に一度でいいから好きですって告白出来たらなぁ。」 「にゃあ。」 「なぁに、クロ。」 首元に顔を埋めて、ぐりぐりされる。 それは良い。良いけど、違う。 「好きなのにさ、言えないんだよ。知り合いでもなんでもないの。生で見れるのはコンサートの時だけなの。」 「にゃあ。」 「なんで芸能人に恋しちゃったかなぁ。」 だったら、俺にすればいいじゃんか。 何度猫語で告白しても、ご主人には届かない。 ちゃんと人間の言葉で「好き」って言わなきゃ伝わらない。 なぁ、なんで俺は猫で、ご主人は人間なんだよ。 「クロには分からないよねぇ。」 「にゃー。」 馬鹿。分かるよ。 多分俺の方がご主人よりも、ずっとずっと辛いんだ。 すき。 たった二文字の、とても単純な言葉を言えない俺は、永遠の片想いを胸に秘めるのだ。 終
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