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ホワイトデーのお返しは鉄拳だった。
ホワイトデーのお返しは鉄拳だった。
市村玲子は、鼻面にまっすぐ進む拳を見つめて思い起こす。
始まりを。
彼、杉本の姿を初めて見たのは、ボクシングの試合の時だった。
高校生とは思えないようなフィジカルに端正な顔、爽やかな声色、そして真面目に一つの事に打ち込むひた向きな瞳。
玲子は彼のような人間こそ自分の好みだと知れた。
拳は加減を知らずに突き進む。傷だらけの拳はストイックな彼そのものだ。
女性を殴る高校生ボクサー。杉本はそうなるのだろうか。
当たれば、玲子の顔の右半分はどうなるのか。
だが玲子は彼を責めるつもりはない。それだけのことをしたという自覚はある。
「凄い戦いだったね!杉本さん!」
「そうでもないさ。君は?」
「市村玲子。ふふっ宜しくね!」
そんな会話が二人の仲の始まりだったと思える。
懐かしい会話だ。
遠い昔のようでもあるし昨日のようでもある。
話してみた彼は純朴で優しい青年だった。温厚で虫も殺さないような彼。
だが今は彼の拳が明確に、殺意すら伴って玲子の頬を砕くために迫る。
あの日、彼は何もできずに打ちのめされた。
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