第一夢 見知らぬ世界

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第一夢 見知らぬ世界

『やあ、始めまして』 少年の頭の中にいきなり声が響いた。 幻聴か何かだろうと普通は考えるだろう。 だが少年は知っていた。 気功術師が話しかけてきたのだと。 だがおかしいと少年は思った。 この声の持ち主に心当たりがなかったからだ。 少年は今、宇宙船内の自室でくつろいでいる。 旅の目的地はまだまだ遠い。 何しろ自分の住む宇宙を離れ、多くの宇宙を隔てた先にあるからだ。 しかし遠いといってもたったの数日だ。 超最新鋭として開発されたこの宇宙船は、宇宙最速だからだ。 ある宇宙に偵察要因として少年は選ばれた。 彼はたった14才で勇者という特別な存在として覚醒した。 彼の主であるデゴイラはたいそう喜んだ。 その初任務が、指示された宇宙への偵察だったのだ。 偵察と言っても、戦闘に巻き込まれることもあるだろう。 よってこの船には、まだ勇者にはなっていないが能力者という者が数名乗っている。 気功術師も能力者のひとつ。 気功術は体に変化をもたらし、さらには今のような念話が使える。 よってこの少年、ランス・セイントは驚きもしなかったのだ。 しかし、会ったことのない者に念話は不可能。 声色でも使ったかと、ランスはうそぶいている。 「誰なんだ?」 ランスは声に出していった。 念話はつながったままだ。 当然、声に出しても念話は通じる。 『ランス・セイント』 ランスは少し笑った。 同姓同名だと思ったからだ。 ―― オレの関係者か ―― などと思ったが、もちろん心当たりはない。 『君の名前だよね?』 「答えになってねえ」 ランスはめんどくさそうに言った。 『オレは結城覇王と言う。  よろしくな、わが孫よ』 「じいちゃんはひとりいたが、5年前に死んだぞ」 ランスは鼻で笑った。 『今世の人間としては、だよな?』 「コンセ? なんだそりゃ…」 『今の人生という意味の今世だ。  生まれ変わりがあることは知っているだろ?』 「ふんっ!  そんなものあるわけねえっ!!」 『そうか…  別に信じなくてもいい。  だが信じることになるんだよ。  今やってもいいが、悪の勇者には教えるわけにはいかないからな。  やめておこうか』 「それはオレにとってほめ言葉だ。  そうだっ!  オレを更生させてみろよっ!  だったらあんたの言うことを何でも聞いてやるっ!」 ランスは珍しく本心から言った。 やはり、名前を言い当てられたことで、嘘八百を並べているわけではないと感じたのだ。 そして期待した。 本当に強い者ならば、さらに強くしてもらいたいと。 ランスはまだまだ駆け出しの勇者だ。 優秀な者は数多くいる。 今すぐにでもその頂点に立ちたいと、純粋に思っているのだ。 『そうか、じゃあ、今すぐに行ってやろう』 ランスは大声で笑った。 ここは宇宙船内。 来られるはすがないと思ったのだ。 すると、ランスの体に変調があった。 ―― 何かが出てくるっ!! ―― さすがに高慢なランスもかなり恐れたようだ。 ―― なんだっ?! ―― そう思った時すでに、ランスの目の前には背中を向けた大男が立っていた。 そして素早く振り返った。 「やあランス君、来たぞ」 ―― あはは… これは夢だ… ―― ランスはこれは夢でしかないと疑いもしなかった。 結城覇王は長身だ。 ランスもこの年齢だと長身の方だが、結城はさらに頭ふたつ分ほど大きい。 そして痩身の持ち主だ。 ランスの仲間の勇者や能力者には、このように折れそうに細い者は誰一人としていない。 顔はどう見ても優男。 ランスは強いはずがないと決め付けた。 年のころなら二十歳を超えた青年といったところだろうか。 「これも気功術だぞ。  知り合いに同じことができる者はいないのかい?」 「いるわけねえっ!!  あ、体の中から出てきた…  テレポじゃねえ…」 ランスは冷静さを取りもどしていたようだ。 どんなに物知りであろうとも、勇者には誰も勝てないからだ。 「それ、危険だからあまり使うなよ。  性格を捻じ曲げられるからな。  まあもっとも、君が捻じ曲げられた後だということはもうわかったけどね」 「オレはオレだっ!!  何にも変わってねえっ!!」 結城は大声で笑った。 そして、「オレは君が好きだなっ!」と大声で言ってのけた。 「やめろ、気味が悪い…」 ランスはひとつ身震いをした。 「ああそうだ。  オレを捕らえた方がいいんじゃないのかい?  上官に叱られるぞ」 ランスはどう答えればいいのか、言葉が見つからなかった。 ランスにとってこれほど驚かされたことはなかったからだ。 だがランスは、結城をサイコキネッシスで拘束した。 「ふーん…  まだまだ弱いなぁー…」 「弱い?  くそっ…  弱くてもいいんだよ。  かかれば外れねえから」 「ふんっ!!」と、結城は気合を込めた。 その途端、ランスはソファーごと床に転倒した。 「弱いと外されるし、リバウンドがあるぞ。  これも知らなかったのかい?」 ランスはさらに、―― ありえねえ… やっぱり、夢だ… ―― と、転倒した姿のまま思った。 「どうすれば信じるんだろうな、ランス君」 ランスはまた答えに困っていた。 立て続けに信じられないことがあり、まったくどうすればいいのか見当もつかなかったのだ。 「こういった場合は仲間を呼ぶ、とか。  マニュアルにそう書いてないのかい?」 「そんなものはねえよっ!!」 「マニュアルは重要だぞ。  きっちりと管理しないと、君のように悪い心を持ってしまうからね。  本来の君ではない今の君になったようにね」 ランスは結城を怖いとは思わない。 だか、不思議なことが多すぎたため、普段の冷静さを欠いていた。 そして、ひとつ深呼吸をした。 「おっ!  いいねっ!  なかなか大したものだっ!」 結城は笑顔でランスを見ている。 ランスは冷静さを取り戻した。 そして、結城の目を見たままゆっくりと立ち上がった。 さらに、もうひとつ深呼吸をした時、なんと結城が消えたのだ。 「殴ってやろうと思った」 ランスは室内をつぶさに見回した。 結城の姿はどこにもないが、声は聞こえる。 「臆病者め」 ランスは結城を挑発した。 「臆病が長生きの秘訣だぞ。  大ばか者の弱い者に臆病者はいないからな。  君は弱い方か、それとも強い方か」 「ただの延命じゃあねえかっ!」 「だかオレには勝てないぞ。  何をやってもな。  君は臆病者に負けるんだよ。  試してみるかい?  無謀な勇者よ」 ランスが、「やれるものなら!!」と叫んだ時、背後から結城に取り押さえられてうつぶせにされ、床に押し付けられていた。 「ほら、オレの勝ち。  君、本当に弱いね…  オレの孫じゃないのかなぁー…  カノンのやつ、育て方を間違ったのかもな」 ランスは悔しさで一杯だった。 だが、上半身は身じろぎひとつできない。 「もう一回やる?」 ランスはあっけに取られた。 ―― なんだ、コイツ… ―― もう夢ではないとランスにははっきりとわかっている。 ランスを押さえ込む力が緩んだところで、後方に蹴りを放ったが、空を切っていた。 辺りを見回したが、結城はどこにもいない。 振り返り、正面を向いた時、手のひらが見えた。 「はい、君の負け。  二敗だな」 ランスはここぞとばかり、拳を握り締めて、貫くかのように前方へと押し出した。 『ガツッ!!』重い手ごたえがあった。 『バキッ!!』砕けた音だ。 ランスはにやりと笑った。 「痛くもかゆくもないけど?」 結城の腹にランスの拳は当たっていた。 だが、砕けたのはランスの拳だった。 「…なん、だと…」 ランスはぼう然とした。 右拳に徐々に痛みを感じ始めた。 「ああ、治してやろう」 ランスは身動きが取れない。 どうやらサイコキネッシスで体を縛り付けられているようだ。 そして、首が勝手に天井を向いた。 拳に痛みが走ってきた。 しかし、急速に痛みが和らいできた。 「終わりだ」 ランスの緊縛が解けた。 そして、右拳が治っていることを確認して、指の曲げ伸ばしをした。 「相手が固い時は拳を使うべきではない。  手のひらで相手の体の感触を確かめてからにした方がいいな」 「やめた、つまらん」 ランスは一瞬結城をにらんでからそっぽを向いた。 「そうか。  来て損したな。  …この腰抜けがぁー…」 結城の雰囲気ががらりと変わり、ランスは立っていられなくなった。 だがここは根性で立っていた。 「おっ!  腰抜けには違いないが立っているなっ!」 ランスははらわたが煮えくり返っている。 レーザーガンを使いたいところだが、宇宙船内ではさすがに使えない。 しかし、脅しの意味でレーザーガンを抜いた。 しかし結城は笑みを深めた。 「まさに愚か者。  それ、くれるのかい?」 レーザーガンはランスの手を簡単に離れ、結城の手に収まっていた。 そして、『バキッ』と『ベキッ』の間の音がして、レーザーガンの銃身がつぶれていた。 結城が指先だけでへこませたのだ。 「次は?  ああ、そうだ。  オレもレーザーを放てるんだぞ。  やってみようか?」 ランスは目をむいた。 そんなことができるはずがないと。 「いらないもの…  ああ、そこのごみ箱でいいな…」 結城の指先が光ったと思った途端、ごみ箱に小さな穴がいくつも開いていた。 「どうだ、すごいだろ?  貫通させなかったんだよ。  ごみ箱の中でビームが消滅するようにしたんだ。  オレには銃なんて必要のないものなんだよ」 「あは…  あーっはっはっはっはっ!!」 ランスは泣いた。 笑ってはいるが涙を流し始めた。 そしていきなり静かになり、ランスは頭を垂れた。 「…バカらしくなった…  殺してくれ…」 「おまえ、最低だな…  そんなことをしたら、オレが恨まれるだろうが…  それに後味も悪い。  戦って殺してしまっても同じだ。  死ぬなら勝手に死んでくれ。  だが、オレは助けるぞ。  さあ、やってみろよ」 ランスは震えた。 自分で死ぬことは怖い。 この結城であれば、一発殴られるだけで確実に死が来ると思っていたのだ。 「…自分では死ねない…」 「オレも殺す気はないぞ」 一瞬の静寂が訪れた。 「死んだつもりで、オレの弟子入りでもするかい?」 「おうっ!!  やってやろうじゃねえかっ!!  強くなってから、おまえを倒すっ!!」 結城は大声で笑った。 「そうかっ!  やっぱりオレはおまえが大好きだっ!!」 結城はランスの肩を何度も叩いた。 「さて…  この船の司令官にあいさつでもしてこようかな…  一緒に来る?」 「ああ、いいぜ」 結城は扉に向けて身を翻し、ドアを蹴り破った。 猛烈な音と振動が、ランスの全身を襲った。 「できる?」 結城は振り返ってランスに笑みを見せて言った。 さすがのランスも、このぶ厚い鉄板のドアをけり破ることは確実に不可能だ。 それができる者もいないだろうと感じている。 「そのうちできるっ!!」 ランスは虚勢を張ることにした。 ランスが言い切ると、結城は笑みをうかべたままうなづいた。 結城は知っていたかのように、艦橋に向かって歩いている。 ランスは一部始終を見届けようと思っている。 この結城であれば、ランスをさらに強くしてくれると信じたからだ。 艦橋に着いて結城は、「司令官はあんただよな?」と言って、司令官席にいる女に言った。 女は、口が聞けない人形のように固まった。 「勝手に上がりこんでしまって申し訳ないな。  この機は、元いた星に帰ってもらうから」 結城が言うと、宇宙船は大きく旋回を始めた。 女ははっと意識を取り戻したかのように操舵手に眼を向けた。 「何をしているっ!!」 「乗っ取られましたっ!!  操舵不可ですっ!!」 「じゃ、帰るよ。  たぶん、また会うことになるだろうな」 結城は言ってから、ランスの肩をつかんでから消えた。 結城とランスは、飲食店にいた。 ランスはカルチャーショックを受けたようだ。 ここはかなり時代遅れの場所だと感じた。 ほとんど全てが木でできている。 金属などはほとんど使われていない。 しかし結城は宇宙船の知識もあると感じた。 結城は珍しいものを見る目をまったくしなかったからだ。 「みんなただいま」 結城が言うと、大勢の者たちが、「おかえりっ!!」と口々に言っている。 ランスはここは何だと、辺りを見回した。 だが、ごく普通に飲食店だとしか思えなかった。 「ランス・セイントだ。  オレの孫」 結城はランスの肩に手を置いて、正面にいる女に笑みを向けた。 女はごく自然な笑みをランスに向けているが、ランスは結城よりも怖いと感じたようだ。 「こうなっちゃうのね…  異星間のテレポしちゃうと…」 女の言った言葉はランスには心当たりがあった。 ごく普通にそれは誰もがやっていることだ。 「だからこそ、悪意を持った者が多い。  というか、敵全員?」 結城は言ってから少し笑った。 「今から攻め入って沈黙させましょう。  面倒はお断りだわっ!!」 女はとんでもない畏れをランスに放ってきた。 ランスは立っていられず、床にひざを落とした。 「よっわっ!!  本当に覇王さんの孫なの?  カノンちゃん、教育、お願いね。  この人のお母さんなんだから…」 「ほんとに弱すぎよ…  息子だと思いたくもないわ…  あれほどかわいがってやったのにぃー…」 ランスはまだ状況をよく把握できなかった。 ―― こいつらはなんだ ―― と思っているだけだ。 「面倒だから映像で説明してやるからよく見てくれ。  そして全ては真実だと信じろ。  気功術の基本でもあるからな」 結城が言うと、ランスの目の前に映像が映し出された。 どう考えても最新の科学技術だ。 映像が宙に浮いていたのだ。 この店の様子だと、ランスのいた星の数百年ほど前のものだが、科学技術は数百年先のものだと感じた。 映像はランスを驚かせるだけの破壊力があった。 作り物だと疑ったが、そんなことをする意味はないと悟った。 よって、全ては真実だと認めるほかはなかったのだ。 映像の中にあった、悪との戦い。 これを怠ると、この宇宙は全て崩壊する。 これが一番の驚きだったのだ。 結城は笑顔でランスに右手を出した。 「あ、ああ、すまない…」 ランスは右手を結城に差し出した途端、一瞬にして立っていた。 「オレ、そんなに軽いか?」 「今はね。  だが、すぐにでも重くなるぞ。  それはおまえの心根ひとつにかかっているけどな」 ランスには、結城の言葉の理解はできた。 ランスもここにいる者たちの仲間のひとりだ。 今は多くの冷たい視線がランスをにらみつけているが、優しい視線がみっつあった。 ひとつは結城。 ひとつはランスと同年代の少女。 ひとつは白い服を着た、幼児と言っていい少女。 「おっ!  早速味方探しか!  それでいいんだよ、ランス。  そして、おまえが変われ」 結城の言葉にはランスは答えなかった。 少し悔しさが沸いたが、今は言いあいをしてもつまらないと感じたようだ。 「ここには三人の味方がいるな。  外に出ると、何人増えるのか楽しみだよなっ!!」 結城は大声で笑った。 「さあ、外に出ようか。  この町の案内をしよう」 結城はランスの前に立ってゆっくりと歩を進めた。 ランスは辺りを一瞬見回してから、結城の後をついていった。 ランスは外に出て少し振り返ると、紹介されなかった女と、カノンという古い神の一族のランスの母親の顔が見えた。 ランスにとってどちらも同年代だと感じた。 見た目は女たちの方が上なのだが、会話やその話し方が子供だったからだ。 さらには、どちらの女もランスにとって魅力的な女だった。 しかし今は抑えようと思い、結城の背中を見ると隙だらけだった。 一発殴ってやろうかと思ったようだが、逆襲を恐れてやめることにしたようだ。 「なんだ、殴りかかってこないのか…  ちょっとだけつまらんやつになったな…  オレにならどんな無謀なことをしてもいいぞ。  自分の身は自分で守れるからな」 結城はごく普通に言ったのだが、ランスは結城を恐れた。 「いや、今はいい…」 この言葉を搾り出すだけで精一杯だったようだ。 この町の風景には少しにつかわない建物が目の前にあるが、違和感はそれほどない。 ランスは改めて振り返った。 ランスたちのいた飲食店はどうやら城の一階だったようだ。 高さは50メートルほどもあるのだろうか、ここから見ると圧迫感を感じた。 その城の影に隠れるように、巨大な訓練施設と思しきものがある。 結城の案内で中に入った。 しばらくは気にもならなかった。 ランスが辺りを見回すと、大勢の者たちが基礎トレーニングや組み手をしている。 そして驚愕した。 ランスがどうあがいても勝てないと感じたからだ。 それはスピード。 目で追えない者に勝てるわけがないのだ。 しかも戦っている者は笑っている。 向かい合う者通し、この組み手が楽しいとしか思えない笑みを浮かべている。 「あんたよりもつええんじゃねえの?」 「オレの弟子だぞ」 結城が言うとランスは絶句した。 「弟子が師匠を上回るってこともあるからな」 「そうだな、それは大いにある。  オレもそれを望んでいるからな。  だが、オレの相手は誰もいないんだ。  これほどさびしいものはないぞ」 結城から少しだが悲しみが見えた。 「ふんっ!  このさびしがりやがっ!!」 「人の欠点をけなす言い草…  それって楽しいものなのかい?」 「悪かったな、オレのクセだ」 「そうか、だったらいい。  それは治すな。  だがもし治した時、オレは本気でお前をぶん殴ってやろう。  …一瞬で死が訪れるはずだぁー…」 ランスは死ぬことは怖くない。 だが、今の結城が異様に怖い… これほどの恐怖は味わったことがないと感じた。 「お師匠様…  みんなが…」 組み手をしていた少年たちが困った顔を結城に見せている。 訓練中の者たちが全員意識を失っていたのだ。 「ああ、すまんなっ!  ランス・セイントを連れて来たっ!  ランスはちゃんと起きてるぞっ!!」 結城は満面の笑みで言った。 「そんなの当然だよ…  覇王さんの孫だもん…  生意気そうだから去勢していい?」 ランスはこの少年の存在自体に震えた。 本当に殺されると思ったからだ。 ランスは震え、失禁してしまった。 「なんだよ、つまんないなぁー…  改心して強くなるまで100年ほどかかるんじゃないの?」 「肉体的には一年で何とかなるだろうな。  精神的には…  よくわからんっ!!」 結城が大声で笑うと、少年はかなり困った顔をした。 ランスに近づいてきた者がいる。 飲食店にいた小さな少女だ。 その少女はランスを見て微笑んで、汚してしまったものを一瞬にしてキレイにしてしまったのだ。 「おねしょの証拠隠滅…」 少年が言ってから、少年と結城が噴き出した。 ランスは、これほどの辱めにあったことはない。 しかし、何を言ってもランスが上位に立てるとは思えない。 今は黙っておくことにしたようだ。 「そしてお礼も言わない…  本当にダメだよ、お師匠様ぁー…」 「あ、それはそうだな。  ランス、礼だけは言ってやってくれ。  この蓮迦のためになることだからな」 蓮迦という少女はランスを見上げて笑みを浮かべている。 「ふんっ!  余計なことを…」 ランスが言った途端、ランスの意識は途切れた。 「おいおい…  乱暴だな…」 なんと、ランスの頭を背後からこっぴどく殴りつけたのは、離れて見ていたカノンだった。 「もう、殺しちゃう…  こんな人間に育ったら簡単に死んじゃうって魂に刻み込んじゃう…」 カノンはランスを見下しながら言った。 「まあ、それもいい手なんだがな…  改心したという証拠が見えないからな。  できればやりたくないんだよ」 小さな少女がランスに癒やしを放ち始めた。 ランスははっと我に返った。 何があったのかはまったくの不明だ。 「あ、それ、リプレイで…」 「…えっ?」 結城が驚くべきことを言った。 ランスは耳を疑ったように結城を見据えた。 ランスの目の前にまた映像が流れて、ランスが意識を失っていた時の一部始終が流された。 「おまえが殴ったのか…  あの距離から、一瞬で…」 ランスはカノンをにらみつけて、今映像を見て確認したことを口にすることが精一杯だった。 「…見た通りのこと言ってんじゃねえよ…」 ようやく目覚めたランスだが、また意識を失った。 ただただ、カノンがにらんで少し言葉を放っただけだ。 ようやく起きられた者たちがまた、地面に腰を落としてしまった。 カノンは急いで、その者たちに謝りに行った。 「カノンはスパルタだよなっ!!  でも、それでいいとも思うけどなっ!  …蓮迦、ありがとう」 結城はカノンに言ってからすぐに、蓮迦に優しい眼を向けた。 「ううん、いいのっ!」 蓮迦は笑顔で言ってから、みんなに手を振って、小さな子供たちがいる場所に走って行った。 しばらくして、ランスは目覚めた。 辺りを見回すと、となりに結城が腰掛けていた。 「強烈なにらみ。  兵の存在感。  そしてその言葉。  そういったもの全てに恐れと言うものがある。  今まで体験したことは?」 「…いや…  親父が時々雷を落としたが、体が萎縮する程度のものだけだ。  意識を失うことなんてありえないと思っていた…」 結城はランスの言葉を聞いて、『ほうっ』という顔を見せた。 「ということは、君の親父さんはそれを知っていたか体験したことがある」 「そうだと思うが、聞いたことはない…」 「これからは疑問に思ったことは全て聞け。  それが精神修行となる。  知っておくことで、心の準備ができる。  何事も普段から心がけておくことが重要だ」 ランスは答えなかった。 まだまだ素直になるには程遠いと、結城は思ったようだ。 「おまえの親父さん、探しに来ると思うか?」 さすがにこの質問にはランスは答えづらかった。 きっと今頃は荒れ狂っているだろうと感じている。 それは、ランスが若干14才で勇者となったことだけにある。 そのランスがいなくなったことで、ランスの父親であるデゴイラ・ハリアークは、今の地位を失脚させられるかもしれない。 デゴイラはランスにひと欠片の愛情も持っていないのだ。 ランスはデゴイラの出世のために利用されているだけの存在。 つたない言葉でランスは結城に話した。 「なるほどなぁー…  ランスがこうなったのも、デゴイラと言う親父のせいでもあるよなぁー…  …ほかの勇者たちもそんな感じかな?」 「まあな、似たり寄ったりだろう。  勇者の一族は特にそうだ。  勇者になれない能力者の一族も同じようなものだ」 「一般人はどうだろうか?  親兄弟への愛情…」 「目もくれなかったから知らねえ」 実はランスは知っていた。 ここにいる者たちのように、仲間同士は信頼し合い、家族は愛し合っていることを。 結城はランスの表情と雰囲気から、ランスは愛情に飢えているのではないかと感じ取った。 もっとも、思考を読めば簡単なことなのだが、結城はそれを嫌っている。 「さて、これからの予定だがな。  ランスを鍛えて、元いた星に帰ってもらう。  それでオレの役目は終了だ」 結城がかなり大雑把な予定を話すとランスは目を見開いた。 てっきり、仲間にさせられると思っていたようだ。 ランスは一瞬だが、さびしい思いがした。 しかし、ここは気丈に自身を保つことにしたようだ。 「ありがてえ。  その日が楽しみだっ!!」 結城は見抜いている。 ランスが今までにない正しい高揚感に包まれていて、しかも、わずかばかりだが悲しみを帯びていたことも。 「さらにだな、はっきり言って、ランスを簡単に正常化する術はある。  だがそれはオレが好まない。  そうなった場合ランスは、オレたちを仲間だと信じてしまうからだ。  オレは、そんなランスは好まないんだよ。  それは本当のオレの言葉で腰抜けだと言ってしまいそうでな」 「今のまま鍛えろと…」 ランスは戸惑った。 結城の言った通り育った場合、自分自身がどうなってしまうのか見当もつかなかったのだ。 「そう。  だが、鍛えるには色々と条件があるからな。  それをクリアしない限り先には進めないと思っておいて欲しいな。  特に、オレが見せたオレ自身から放ったレーザー。  危険極まりないこの能力は簡単に教えるわけにはいかない。  オレたちはそれから身を守るすべはあるが、  一般人には耐えられる代物ではないからな。  正しく使えると判断してからの修行になるから、  ここから出て行くのは数年先だと思っておいた方がいい」 ランスはまずそれを知りたかったのだ。 だが結城の言った通り危険なおもちゃを持たせてくれるはずがない。 だがここでひとつ気になったことがランスにはあった。 「どうやって身を守るんだ?  あんなものぶっ放されて守る術がねえだろ…」 「あるぞ。  今おまえの周りにな」 ランスは辺りを見回した。 だが何もない。 結城が腕を伸ばした。 このポーズをしろとでも言っているようだ。 ランスはごく自然に腕を突き出した。 『ボンッ!!』と言う音とともにランスの腕がはじき返されたのだ。 「何だこれはっ!!」 ランスは殴ったり蹴ったりして、何もない場所を攻撃した。 「反射の結界。  術も通さんぞ。  オレを縛り付けてみろよ」 ランスは信じられないと言った表情で結城を見た。 そして結城を緊縛したつもりが、ランス自身が緊縛されていた。 「なぜだぁ―――――っ!!!」 ランスは少し錯乱したが、楽しいとも思い始めた。 知らなかったことを次々と知る。 今までにこれほど楽しいと思ったことはない。 「おまえのかけた術だろ…  自分で解け」 結城の言葉にランスは冷静さを呼び起こされてすぐに緊縛を解いた。 「…笑えよ…」 ランスは結城をにらみつけた。 「別に。  おかしくもなんともないからな。  これが実戦だったらと考えてみろよ。  恐ろしいものが見えてくるはずだ。  かけても、かけられてもな」 そう。 結城は何もしていない。 していないのに結界が張られていた。 ランスの知っている結界師は長い呪文を唱えて始めて結界を張れる。 まったく気づかないうちに結界を張っていることはありえないと思ったのだ。 だが体験した。 こういう者がいると、ただただ覚えておくことにした。 「さて、立てるかな?」 結城は笑みを浮かべて立ち上がった。 ランスが乱暴に腕を振り回すと結界は解けていた。 そして立ち上がろうとしたが無理だった。 結城が右手を差し出してきた。 ランスは躊躇なく右手を出した。 結城がランスを引き上げたが、ランスは立っていられなかった。 今は結城の手を握っているので、なんとか立っていられるだけだ。 「…なぜだ…」 「それほど疲れているはずはない。  だが、足腰がいうことを利かない。  という、なぜだ、でいいんだよな?」 「くっそぉー…  ムカつく…」 ランスは悪態をついたが、なぜだか笑っていた。 ランスはいつの間にか、結城に頼っている。 さらにはランス自身、―― オレは楽に成長しすぎたんじゃないのか… ―― などと考えたようだ。 「この室内は、通常の星の1.3倍の重力がかかっている。  体が重く感じるはずなんだよ」 ランスはまた驚愕した。 「ここに入ってきてもう30分ほどになる。  ランスはある程度鍛えられたことになる。  外に出れば、その違いがよくわかるぞ」 結城は手を放そうとしたが、さすがにまだ歩けそうにない。 「手を放すんじゃねえっ!!」 ランスは横暴に言った。 「そうか」 結城はランスに笑みを向けた。 そして結城は、ランスを幼いわが子のように外まで誘った。 「…軽い…  重さを、感じねえ…」 「だが暴れるなよ。  すぐに体力が尽きるからな」 「…お、おう…」 ランスは素直になっている自分を責めた。 結城は笑顔でランスを見ている。 甘えてもいいのだろうかと考えてしまったが、すぐに打ち消した。 「思ったことは口に出した方が得だぞ」 「…し、師匠になれ…」 「ああ、そのつもりだったからな。  いいぞ」 ランスは笑みを浮かべていることに気づいて、「くそっ!!」と悪態をついた。 だが、この笑みの呪縛からは逃れられなかった。 ランスは結城のことが好きになってしまっていたのだ。 「最近オレは暇になったからな。  以前は弟子をとってもほったらかしだったが、最近は大いに面倒を見る。  しかし、指導をしてもそれほど今までと変わらん。  ほったらかしでもきちんと成長してくれていたことがうれしいんだよ」 ―― なんてやつだ… ―― とだけ、なぜか頭に浮かんだ。 指導なしでも弟子は育つ。 それほどに弟子の潜在能力が高いともいえるが、全てがそうではないはずだ。 あまり面倒を見ないということはまったく見ていないわけではない。 その時々の指導が的を得ていたと言えるだろうと、ランスは考えたのだ。 そして驚いた。 これほど意味を深く考えたことはない。 よってこれも修行だったと思い、ランスはうれしく思った。 「少し休憩しよう。  飯を食ったらさらに元気になるからな」 「…お、おう…」 ランスは腹ペコでもあった。 不味い食事だがを宇宙船で夕食を取り損ねていたのだ。 「…う、うまいんだろうな…」 「味は食った人それぞれの好みだからな。  だが、オレはうまいと思いながらいつも食っている」 「…そ、そうか…」 ランスは食事に期待した。 ランスと結城は城の一階に戻ってきた。 今は店は少し閑散としている。 食事時ではない時間帯のようだ。 「メリスン、オレはいつものものを。  ランスにはお勧めを」 「はーい。  今すぐにっ!!」 ランスはこのメリスンという名の女性が恐ろしいものに見えた。 なぜすぐに気づかなかったのか不思議だった。 何かが重なって見える。 それは黒いものだった。 しかし、メリスンは陽気だ。 てきぱきと調理をしている。 「…ど、どういうことだ…」 「あ、今のだけでは答えにくいから、少し具体的に言ってくれ」 それもそうだと思ったランスは、事細かに結城に話した。 結城は笑顔で何度も何度もうなづきながらランスの話しを聞いている。 結城はメリスンに顔を向けた。 「メリスン、黒い方」 「おうっ!  なんだっ?!」 ランスは怯えたっ!! まさに悪魔がここにいたのだっ!! 悪魔には散々な目にあったと、師匠から聞かされていた。 その悪魔が眼の前にいたのだ。 「怯えなくていいぞ。  だがランス、すごい目を持っているな。  感心したぞ」 ランスは結城が言葉を重ねるたびに笑みを浮かべていることに気づいたので、「そっ! そんなことは当然だっ!!」と少し笑って言い放った。 今までは怖くて身震いしていたが、それが治まっていたことにランスは気づいた。 ―― ここは、安全 ―― とランスは考えた。 「数年前に、この星にも悪魔が沸いた。  メリスンの悪魔はその生き残りだ。  しかも、人間と悪魔が共存している。  オレたちの仲間でもトップクラスの強さを誇っているんだよ」 「…だ、だが…  ずっとここで働いているんだよな?  手際、すごくいいし…」 結城はランスの言葉に大きくうなづいた。 「その通りだよ。  悪魔はな、人間の魂を食う。  それは知っているよな?」 「ああ、親父が言っていた」 「メリスンはそれと同様の高揚感を客の喜ぶ顔や声、  感情などを食事に変換しているんだよ。  だからここがメリスンの訓練場でもあるんだ」 ランスは理解できたようで、何度もうなづいた。 「言っておくぞ。  メリスンを怒らせるなよ。  特に言葉使いが悪いと、石にされてしまうぞ」 ランスは驚愕の顔を結城に見せた。 「石化…  魔法…  伝説でしか聞いたことがねえ…」 「オレはもうひとり知っているぞ。  その人もかなり強い」 「覇王さん、悪者にしないで欲しいわ…  はい、お待たせっ!!」 ランスは笑みをメリスンに向けたが、石化魔法をかけられたように笑顔が固まってしまった。 すると結城は肩をすぼめた。 「虚勢、張らないの?」 「張るわけねえっ!!  石になるじゃあねえかっ!!」 だが結城は喜んでいた。 ―― なんだ、こいつ… ―― と、ランスは思いながら結城を見た。 「あ、メリスンさん、ありがとうございます」 ランスは言葉だけだが、丁寧にメリスンに礼を言った。 メリスンはランスに笑みを向けていた。 「石化、されなくてよかったな」 ランスは結城の挑発には乗らないことにした。 もし、料理を落とそうものなら石化確実だ、などと思ってしまったようだ。 やっとにおいをかげるようになって、ランスは驚いた。 そして、軽く一口食べた。 その途端、猛烈に食欲がわき、あっという間に目の前の食事を平らげた。 「あら、まあ…」 メリスンが言うと、ランスは身構えた。 そして体が石化したように硬直した。 「おかわり、どう?」 「はっ!  いただきますっ!!」 ランスは今までしたことのない、頭を下げると言う行動を取った。 この行動はランス自身を驚かせた。 ごく自然に頭を下げていたからだ。 メリスンの石化魔法が怖いということもあるが、料理が本当にうまいということもある。 ランスは、メリスンだけは信頼しようと思ったようだ。 「はい、おまたせっ!  お代わりが欲しかったら遠慮なく言ってねっ!」 「はっ!  本当にうまい…  おいしいですっ!!  ありがとうございますっ!!」 「うふふ…」 メリスンは今まで以上の笑みをランスに向けた。 結城が、「ぷっ」と噴出したので、「…笑ってんじゃねえぞ…」とランスは虚勢を張った。 すると結城が、『ほうっ!』という顔をした。 「今のいいな。  忘れるなよ」 「…具体的に…」 ランスは食事をしながら笑みを浮かべて言った。 「笑ってんじゃねえぞと言った言葉だよ。  うまく畏れが乗っていた。  同レベルの者が相手ならビビッていたと思うな」 ランスは箸を止めた。 「…お、おう…」 ランスは笑みを浮かべた。 師匠にほめられたといううれしい感情がわいたのだ。 さらにお代わりを聞きにきたメリスンに、ランスは緊張しながらも丁寧に断った。 だが修行に行ってきてからまたたらふく頂くと言うと、メリスンは大いに喜んだ。 「…はあ…  緊張したぁー…」 「まあな。  本当にメリスンが怒った時、全員が凍りついたからな。  息子を馬鹿にされたことが、よっぽど腹に据えかねたんだろう。  その時に、石化魔法を放ったんだよ」 ランスは戦慄が走った。 そして、その息子を今すぐに紹介しろと、結城に迫った。 ふたりは訓練場を通り過ぎ、広い場所に出た。 突き当たりには木製の芸術品のような建物がある。 右手には、集合住宅らしきものもあり、こちらもまるで芸術品だ。 壁や柱に細やかな彫刻が施されている。 しかも離れて見ると、大きな模様が見えている。 何を表現しているのはよくわからないが、ランスは懐かしいものを見たような気分になったようだ。 「ここがオレが学長をしている学校だ」 「おまえっ!!  学校の先生もやってるのかっ?!」 ランスは大いに驚いている。 そして、妙なモニュメントがある。 ランスの先祖である石でできた恐竜が、宿舎と思しき建物のとなりにある。 高さは軽く10メートルはあるはずだ。 ランスは見入ってしまった。 まるで生きていたようだと。 そして気づいたのだ。 さらには冷や汗が流れた。 「…まさか、これ…」 ランスは恐る恐る、石の恐竜に指をさした。 「ま、そういうことだな。  これがオレたちへの戒め…」 ランスは体が震えたが、なぜ恐竜を石化したのかがわからない。 結城に聞くと、息子を尻尾で跳ね飛ばされた怒りだと話した。 「…だったら、メリスン様の息子様は…」 ランスは少し落ち込んでいた。 「ちゃんと生きてるし、誰よりも強い3才児だぞ。  身長は…  ランスとあまり変わらん」 「えっ?」 ランスは絶句した。 結城の案内で、幼稚園らしき施設に来た。 ランスはまたここで緊張した。 「学長」 結城と同じほどの背丈だが、こちらはかなり逞しい男が、結城に声をかけた。 「巌剛先生、お疲れ様です。  魔王の顔を見に来ました。  今はお昼寝ですよね?」 「はい、今眠ったところです。  では、どうぞ」 ランスはこの巌剛と言う男にあこがれた。 とんでもない強さをもっていると感じたのだ。 そして、見えている腕などの傷。 修羅場をくぐってきた証だと感じたのだ。 一方の結城にはまったく傷がない。 巌剛の方が上だと、ランスは思ったようだ。 部屋に通されると、大勢の子供たちが眠っていた。 そして、ランスは驚愕した。 三才児には違いないが、どう見ても大き過ぎる。 まさにランスと身長の変わらない幼児だったのだ。 「…驚いた…  魔王、様…」 そして、まさにメリスンが悪魔に変身した姿と同様に悪魔だったのだ。 「もし抱きつかれそうになったら気合だけは入れてくださいね。  押しつぶされますので」 「…あ、はい、十分に気をつけます…」 起こしては大変と、ランスはかなり小さな声で言った。 そして敬語で巌剛に話したことに喜びを感じた。 結城は意味ありげな笑みを浮かべている。 「…おまえが巌剛様に勝ったら敬語で話してやる…」 するとランスはいつの間にか外にいた。 どういうことなのかまったく理解できなかった。 目の前には巌剛が仁王立ちで、ランスを見据えている。 「私が学長に勝てるはずがありません。  あなたの目は節穴のようです」 ランスはさらに驚愕した。 どう考えても、巌剛の方が強いに決まっている。 今の移動方法もまったくわからなかった。 「巌剛先生、組み手でもやりますか?  そうしないとランスには理解できないようですから」 結城が外に歩み出てきて言った。 「はい、そうした方がよさそうですね。  …私の腕などの傷は弱いからです。  強い者ほど、体に傷はないのですよ」 ―― その通りだっ!! ―― と、ランスはいまさらながらに気づいた。 「いいえ、しかし…  臆病者なので逃げてばかりだと…」 「逃げられないはずの相手からも逃げる。  弱いでしょうか?」 ランスは驚愕の顔を巌剛にさらした。 「…い、いいえ…  強いからこそ逃げられる…  ですが、勝てる相手と戦わない」 「戦えない事情があった時、逃げるしかないのですよ」 ―― これもその通りっ!! ―― 延命だなどと思っていたランスは急に恥ずかしくなってきたようだ。 「あ、オレが勝っても、敬語じゃなくていいからな。  敬語を使ったら破門」 結城の言葉にランスはさらに驚愕した。 ここはどうなっているんだと、考え込んでしまったのだ。 「それにな、免許皆伝になったらいいものがもらえるぞ」 結城は一枚のプレートをどこからか出した。 「これは免許皆伝証。  オレはまだ数枚しか出していない。  ランスに渡す日がくればいいなと思っているんだよ」 結城が言うと、ランスの目の前にまた映像が出た。 見たことのある女が、『ぴったんこっ!』と言うと、なんと防具に変わったのだ。 「…ああ、すっげぇー…  これ、欲しい…」 「おもちゃならやるぞ」 「いらねえよっ!!」 ランスが怒鳴ると、結城も巌剛も大声で笑った。 だが、無性に興味がわいた。 「…お、おもちゃでいいからくれ…」 結城は笑顔でさらにプレートを出した。 「一枚だとかっこ悪いからな、7枚。  これだと変身気分が味わえるぞ」 結城はどこからか大きな鏡を出した。 ランスはかなり恥ずかしかったが、「ぴったんこっ!」と叫びながら、プレートを装着した。 ランスは鏡を見入った。 「…おお…  カッケェー…」 金属質に見えるが、かなり軽量化したような、体にフィットしている黒い鎧だった。 どことなく、伝説の生き物のように見えた。 「それはただの映像だからな。  本物は本当に防具だ。  師匠からの弟子を思う愛だ。  簡単には死んで欲しくないからね」 「…お、おう…」 ランスはなぜだか泣いていた。 悲しいわけではない。 もちろん、悔しいわけでもない。 だが、無性に涙があふれて止まらなくなったのだ。 「さあ、巌剛さん、いきましょうか?」 結城が言うと、巌剛は、「ほんとにやるんですか?」とかなり気弱になって言った。 「あっ!  ご迷惑なら無理にとは…」 ランスが言うと、巌剛はほっと胸をなでおろした。 「なんだ、師匠のかっこいい姿を見たくないのかい?」 「…見た方がいいのか?  だが、巌剛さんがほっとしたじゃないかっ!!  迷惑なことはしない方がいいだろうがっ!!」 ランスが言うと、結城は意味ありげな笑みを向け、ランスに顔を近づけた。 「…今の言葉、忘れるなよ…」 ランスは仰天した。 結城の雰囲気が、一瞬にして兵に変わった。 「…お、おう…  人に、迷惑をかけない…」 ランスは言ってから、さらにその言葉をかみ締めた。 「いい勉強になったよな。  これでオレも一安心だ。  約束を違えた場合、もちろん破門。  いいな、ランス」 「…お、おう…」 この言葉を言わされた感満載だったが、善の正しい行いだろうと、ランスは理解した。 「巌剛さん、試合形式でない組み手を」 結城が言うと、「はい、でしたらお付き合いします」と簡単に言ってのけた。 ランスはこのやり取りの理解ができなかった。 「見ればよくわかりますよ」 巌剛がランスに気さくに言った。 要は、決められた手順で攻撃防御を繰り返しているのだが、そのスピードが異様だったのだ。 ランスは結城の実力を認めざるを得なかった。 それは組み手をする表情、そして汗だ。 巌剛は半分必死だ。 しかも汗が飛び散っている。 その反面結城は笑顔だ。 汗はまったくかいていない。 実力差は歴然と、ランスですら簡単に理解できたようだ。 ほんの10分ほどで組み手が終わり、結城も巌剛も向き合って礼をした。 そして巌剛は、地面に大の地になった。 「修行をサボっていた罰ですなっ!!」 巌剛は寝転んだまま大声で言った。 「いえいえ。  相当なものだと思いますよ。  爽太がうずうずとしています。  オレよりも、巌剛さんに」 ランスは結城の視線の先を追った。 ランスを、「去勢する」といった少年がいた。 そして、ランスにとっては兄弟子となった。 その程度の知識はランスにもある。 兄弟子は威張っているものだと。 だが今は、そんな気配は微塵も感じさせなかった。 「ではオレが代わりにランスの兄弟子の相手をしようか」 すると、ランスは目がおかしくなったのかと思った。 結城の見上げるほど高かった身長が縮んでいるように見えたのだ。 そして、少年のような姿に変わっていたのだ。 今は爽太と同じ年頃の結城がいる。 「師匠、手抜き?」 「ううん、何なら本気で…」 「あはは…  ごめんなさい…」 あの恐ろしい爽太が今はただの子供だったことにランスはさらに驚いた。 組み手が始まると、巌剛とは違いさらにスピードが上がっている。 しかも空中戦もあり、よく力が入るものだとランスは感心仕切りだった。 かなり楽しかったようで、巌剛と組み手をした倍ほどの時間、結城だけは楽しんだようだ。 爽太は巌剛の隣で眠ってしまったように見えた。 「強くなったよ、爽太君っ!!」 「あはは… どうも…」 爽太はこの言葉だけを何とか吐き出して、寝入ってしまったようだ。 結城はランスに顔を向けた。 「やってみる?」 「やんねえよっ!!」 結城は大声で笑った。 「ボク、多分疲れているって思うんだよねぇー…  勝てたら免許皆伝証…」 「やってやろうじゃねえかっ!!」 ランスは大いに後悔したが、覚悟を決めて結城の前に立った。 勝てるわけがないと知りつつも、隙あらば攻撃を繰り出した。 ただただその繰り返しだ。 組み手がこれほど楽しいものだとはまったく知らなかった。 弱い者は殴られるだけ。 ランスは勇者になれたので抜け出せはしたが、なっていなければ今でも殴られ続けていたはずだ。 だが、なぜこれほど隙が多いのか。 ―― 本当に疲れているのか? ―― ランスは乗せられているとすぐに気づいた。 だが楽しいので、乗せられたままでいようと、隙のある部分に攻撃を重ね続けた。 ランスの掌底が結城に阻まれた。 これは初めてのことだ。 「もう終わりだよ。  明日、起きられなくなっちゃうから」 「えっ?」 その途端、ランスは地面に崩れ落ちた。 もう、まったく動けないとランスは感じている。 「さあ、ここからが試練だよっ!!」 結城は、金属質の曲がりくねったものをランスに渡した。 「これは知恵の輪だ。  破壊しないで外して欲しいんだよね」 ランスは言葉すら出せない。 だが、手は何とか動く。 結城は同じものを出して、簡単に外した。 それを手本のように、はめては外しを繰り返した。 ランスはその要領がやっと理解できて、知恵の輪を解くと、「やったっ!!」と一声叫んで眠りに落ちた。 「うっ!  ボク、その余裕なかったよ…」 起きていた爽太が言った。 「久しぶりの試みだったからね。  次はまた考えておくよっ!」 結城は爽太に笑みを向けた。 「師匠、本当に化け物だね…  猛者レベルでも数千人は倒せた時間だよ」 「そお?  でも強い人はたくさんいるからね。  ボクもまだまだだと思うよ」 「…ありえないよ…  でも、ボクも、もっとがんばるよっ!」 訓練場に結城の弟子たちが姿を見せた。 学校を終えてすぐにやって来たようだ。 どうやら誰かが結城が組み手をしている事を知らせたようだ。 「あはは…  ちょっとだけ休憩、いいかな?」 「はいっ!  お師匠様っ!!」 少年たちは師匠を囲んだ。 そして学校での出来事を話し始めたのだ。 ~ ~ ~ ~ ~ そのころ、一報を受けたデゴイラは怒り狂っていた。 宇宙開放勇者軍の本部ビルの35階にデゴイラのオフィスはある。 窓の近くに立つとここ一帯の景色が一望できる最高の部屋である。 やはり兵はこのような場所を好む。 誰よりも高い場所を。 だがこの地位も風前の灯となっている。 いきなり現れた正体不明の大男に弟子を奪われた。 しかもまったく抵抗せずに、連れ去られたというよりもついていったと言うことらしい。 これでデゴイラは今の地位から滑落してしまうことになる。 どうしてやろうかと思っている時に、上役であるキンスがにやけた顔でデゴイラの部屋に入ってきた。 「息子を奪われてさぞかし悔しいだろうな。  取り戻してこいとの命令だ。  少し宇宙をさまよって来い。  どこにいるのかは知らん」 デゴイラは通達状を乱暴に受け取った。 キンスは高笑いを残して、部屋を出て行った。 ―― あの大宇宙しかない… ―― めぼしはつけていたのだが、そこからが問題だ。 その中のどこの宇宙、どこの星にいるのかはわからない。 派遣期間は5年。 確実に左遷の通達のようものだ。 さらには自身の修行もできない局面となる。 こうなれば実戦で実力上昇を狙うしかないと、デゴイラは決心した。 ~ ~ ~ ~ ~ ランスが目を覚ますと、柔らかい床の上にいた。 昨日会った小さな少女がそばにいた。 ランスはこの少女の名前を聞いたはずだが忘れてしまっていたようだ。 「疲れちゃったんだねっ!  ご飯、食べられる?」 「…あ、ああ…」 ランスはボディーチェックをした。 痛む場所はなく、ごく普通に立ち上がれた。 「あ、お風呂先に入った方が回復は早いよっ!」 少女が言うとランスは、「そうするよ」と言って、小走りに走って部屋を出た少女を追いかけた。 ―― 一体、なんなんだ… ―― とランスは考えた。 あふれんばかりの笑顔。 そばにいるだけで安らぐこの感覚。 今までに味わったことのない感覚だと、ランスは感じたようだ。 浴室に案内され着衣を脱いでから扉を開けると、とんでもなく広い風呂だった。 しかも、ここにいるだけでさらに安らぐのではないかと思い、少女に感謝した。 こんなことなど考えたことはなかったとランスは思って、苦笑いを浮かべた。 浴室内には今は誰もいなかった。 軽くかけ湯をしてから、ゆっくりと湯船に浸かった。 ―― なんだこれは… ―― みるみると力がわいてくる感覚。 今までよりも数倍強くなったのではないかとランスは感じた。 ―― この風呂に入っているから、あいつらは強いんだっ! ―― と、一応嘯いたようだ。 それだけで強くなれば何も言うことはない。 しかし、効果があることは否めない。 訓練のあとには必ず入ろうと、ランスは決めたようだ。 長湯は禁物と思い、湯船を出ると、なんと少女が待ち構えていたのだ。 「おいおい… 襲うぞぉー…」とランスが言うと、「いやぁーん…」と言って少女は体をねじった。 あまりにもかわいらしいので、ランスはついつい笑ってしまった。 「背中、流すねっ!!」 「まさか、いつもこんなことさせられてるんじゃねえだろうな」 「ううんっ!  初めてっ!!」 「えっ?」 ランスはどういうことなのかよくわからなかったようだ。 「言われてとか…  命令、とか…」 「ううんっ!  私がお世話したかったからっ!!」 「ふ… ふーん…」 ランスは意味不明のまま体と頭を洗ってさっぱしりてから浴室を出た。 少女はまだいた。 「背中ふくねっ!」 「…あ、ああ…  ありがと…」 「ううんっ!  いいのっ!!」 背中が拭き終わって、少女はランスに手を振ってから、脱衣所から立ち去った。 ―― あ、名前… ―― 「君っ!!」と、ランスは少し叫んだ。 すると、小気味いい小走りの足音がして、「なあに?」と、少女が更衣室をのぞき込んだ。 「オレはランス・セイント。  君は?」 「私は蓮迦。  よろしくねっ!!」 「レンカ…  キレイな名前だね」 「うふふ…  ありがとっ!!」 ランスはそそくさと着替えて、少女とともに廊下に出た。 「君はなんだか不思議だ。  子供じゃないって思っているんだけど…  …ああ、なんとなくだけど…」 「あはは、ばれちゃったっ!」と、どう考えても少女の言葉に、ランスはかなりどぎまぎした。 「…ウソ、だよね?」と、ランスは戸惑いながら言った。 すると蓮迦は、なんと服を脱ぎ始めた。 「おいおいっ!!」 ランスはすぐに背中を向けた。 「ランスさん」 女の声がした。 ランスは、―― まさか、だろ… ―― などと思いながら、恐る恐る振り向いた。 ランスよりも少し背の低い、少女よりも大人に近い女がいた。 手には白い布を持っている。 「レンカ… さん?」 「うん、蓮迦です。  私、あなたのお嫁さんになろうと思ってるの」 「えっ?」 ランスは戸惑いを隠せなかった。 そして、結城の言葉を思い出した。 「オレはそのうちここを追い出されるんだけど…」 蓮迦はこの話は知らなかったようで、ランスの手を取って、ランスが目覚めた場所に連れて行ってお互い床に座った。 ランスに全ての事情を聞いた蓮迦は深く悲しんだ。 「あっちには連れて行きたくないんだ。  きっと、とんでもない目にあうと思うからね。  だから、できれば諦めて欲しい」 「その日まで、考えさせて…」 蓮迦は悲しげな顔をランスに向けてから、白い服を着た。 そして、少女の姿に戻って、ランスにかわいらしい笑みを向けた。 ランスは蓮迦にどうなっているのか色々と事情を聞いた。 まずはこの不思議な白い布。 蓮迦は天使服だと答えた。 天使は癒しなどを得意とする種族で悪魔の弱点でもある。 今はその修行中だと話した。 そして、ランスの嫁になると言う話。 結城がお気に入りの古い神の一族の誰かと婚姻したいと願っていたと話した。 もちろん誰でもいいわけではなく、蓮迦が気に入ったから世話を焼いているとかわいらしい言葉で話した。 話としては納得したので、ランスは蓮迦とともに城に向かった。 そしてランスに緊張が走った。 メリスンに対して粗相がないようにと。 「気をつけてね。  まずはみんながランスさんを見る目。  できれば気にして欲しくないのっ!  できる?」 「…あ、ああ…  何とかがんばるよ。  …蓮迦ちゃんを頼ってしまいそうで、ちょっとイヤかな…」 「うふふ…  ありがとっ!  もう私的には合格だもん、ランスさんっ!」 「…あ、あははははははは…  ありがと…」 ランスはどちらかと言えば照れ笑いをして、蓮迦を見つめた。 大人の姿に戻ると、かなり不思議な女性だと感じた。 いるのかいないのかよくわからない存在。 きっと今のランスでは手を出せないと感じていたのだ。 「いいのっ!  奪って欲しい、かなぁー…」 「えええええっ!!」 ランスは何も言っていないのに、完全に心を読まれていたと感じた。 「…申し訳ないんだけど、できれば、思考を読まないでもらいたいんだけど…  かなり驚くし…  できれば、嫌われたくないから…」 蓮迦は歩みを止めて、妙にかわいらしく小首をかしげてホホに指を当てて考え始めた。 「がんばってみるのっ!!」 蓮迦は元気よくランスに答えた。 「…ああ、ありがと…」 ランスはさらに初体験をした。 女性とこれほど長く話したことはなかったのだ。 城に入ると、ほとんどが好奇の目をランスに向けた。 そして、ついに来たっ!! 黒い三才児が満面の笑みでランスに駆け寄ってきたのだっ!! ランスは全身に力を込めた。 吹き飛ばされるのは構わない。 だが、転倒させないことだけを考えたのだ。 「よしっ! こいっ!!」 ランスは気合を入れた。 魔王は勢い込んでランスに抱きついた。 ランスはさらに足を踏ん張り、魔王を受け止めた。 「うりゃっ!!」 ランスの気合は、全身を柔らかく保ち、魔王を楽々と受け入れた。 だがその重量はずっしりとランスの両腕にかかっている。 相当な重さだと、ランスは感じたようだ。 魔王は笑顔をランスに向けて、ランスの左手を握った。 「おおおー…」と、低いどよめきが聞こえ、この場にあった好奇の目が歓迎の眼差しに変わっていた。 「どうして受け止められちゃうのよっ!!  おかしいわよ、魔王っ!!」 ここで、ランスが始めてここに来て目にした女が騒ぎ始めた。 その言葉は無視することにして、ランスの左手をつかんでいる魔王に誘われて席についた。 ここには、妙ににやけた男と、少々派手な感じだが美人の女がいる。 「今日は大変だったようだね。  オレはゼンドラド・セイント。  この宇宙の責任者を任されているんだ」 ゼンドラドは、まだ正体をさらしていない。 背中にある剣が、この男の象徴だと、ランスはすぐに見抜いた。 ―― この男が一番恐ろしい… ―― と思い、ランスは少し身構えた。 「今日は疲れているだろうから、  明日からは相手をして欲しいね」 なんでもない言葉だが、ランスに挑戦しているように思ったようだ。 「いえ、オレはまだまだですから。  基礎訓練からじっくりと。  ああ、当然師匠の命令であれば…」 ゼンドラドは気分を害することはないようで、笑顔でうなづいている。 「なるほどね。  弟子入りは初めてではない。  きっと誰よりも大成するだろうね。  さすが、覇王さんだ」 「師匠の弟子入りをして、かなり後悔しています。  師匠の下は天国ですが地獄でもあります」 ランスが言うと、ゼンドラドは大いに笑った。 「覇王さん、もう大丈夫なんじゃないですか?  …オレと、戦いさえすれば…」 猛烈な畏れが、ランスを襲った。 だがランスは簡単に踏ん張った。 この程度の畏れは、今日一日で何度も体験したからだ。 「オレと戦うまでもないようですが…」 ゼンドラドはかなり困った顔をしている。 「ここの全てを見て体験してからです。  あの大宇宙はランスに任せるつもりですから。  ですのでそれ相応の修行を積んでもらいます」 ―― オレがっ!! まさか… ―― ランスは驚愕の顔を結城に見せた。 「かなりいい子になってきたようだからね。  だが、今日の修行はまだ終わっていないぞ。  ランスは一日中、オレとの修行だ」 「…オ、オッス…」 ランスが答えると、例の女が火の出るような勢いでランスをにらみつけた。 「あんた、本当に生意気ね。  …私が泣かしちゃいたいんだけど…」 更なる畏れがランスを襲ったが、もう何度も経験したのでもう慣れたと言わんばかりにランスは女を見据えた。 「あんた自身は、大したことねえんじゃね?」 「…なっ!!  なにおうっ!!」 ランスはひとつため息をついいた。 「師匠はどう思ってるんだ?」 ランスはきちんと言いつけを守っている。 ぞんざいな言葉を使いできる限り、結城の言いつけを守ろうとしているようだ。 できれば今の場合、『お師匠様のお考えをお聞かせ願いたく』などと言おうと思っていたようだ。 「ランスの言う通り。  セイラ自身は大したことない」 結城が言うと、セイラという女はふくれっつらを見せた。 「おまえ、ほかの人と全然違うんだよ。  持っている能力に頼り過ぎだろ…  おまえ、その能力に押しつぶされているように見えるぞ」 「なっ!  なんだとぉ―――っ!!  あ、マズいっ!!」 セイラは外に飛び出して行った。 結城とゼンドラドは大声で笑った。 「セイラをやり込めるとはなっ!  あいつもオレの弟子だが、さらにセイラ自身を鍛えよう。  オレたちが言っても言うことを聞かなかったんだよ。  だからああして、飛び出す必要があるんだ。  ここ、壊れてしまうからなっ!!」 ―― 何に化けるんだ? ―― と思い、ランスは興味がわいた。 だが、食事にしようと思った時ランスが振り向くと、メリスンが手招きをしたので、ゼンドラドたちに一礼してからすっ飛んで行った。 「…セイラはね、私の妹で娘でもあるのよ…」 ランスに戦慄が走ったっ!! ―― 石化されるっ!! ―― だが、メリスンは人間のままだった。 「なのにね、言うことを聞いてくれなかったの…  ランス君、ありがとっ!」 「あ、ああ、いえ…  お役に立てたのならば光栄です…」 ランスはほっと胸をなでおろした。 メリスンの礼なのか、大量の料理が運ばれてきた。 ランスはこれも修行とばかりに、うまい料理に食いついた。
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