第三夢 平和への道しるべ

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第三夢 平和への道しるべ

ランスが店に戻ると、まだカウンター席に女性が群がっていた。 その中にカノンを見つけたランスは真っ先に近づいた。 「なにやってんだ?  淫乱二号」 「淫乱っ?!  …否定したいけどできないこの辛さ…」 カノンは苦汁を飲んで下を向いた。 ランスはふと思い立って、顔をカノンから結城に向けた。 カノンはほんの少しだがふくれっつらをランスに向けている。 「なあ師匠…  あ、違った、覇王」 結城はランスに名前を言い換えられて苦笑いをランスに向けた。 「デクの棒よりはマシだっ!」 結城は大声で笑った。 「カノンはあんたら親が監視してたんじゃねえのかよ」 ランスが言うと、カノンはまるで花が咲いたように、その美しい顔がさらに美しくなった。 「それが一生の不覚だった…  実はな、異星間テレポテーションをすると悪に取り付かれ  魂を改ざんされる事実をまだ知らなかったんだよ。  知ったのはカノンが生まれてひと月ほどしてからだ」 「へ?」 結城の言葉にランスはぼう然とした。 「カノンは今4才だ」 ランスは驚きの顔のまま振り返ってカノンを見た。 「4才が淫乱ぶっこいてんじゃねえっ!!」 ランスはまずはここに突っ込みを入れて、結城を大笑いさせた。 カノンは首を振りながら耳をふさいでいた。 「イヤだが…  それじゃあ、生まれつきの勇者…」 ランスが言うと、結城はうなづいた。 「成長する勇者。  伝説の勇者と言うらしい。  ランスは勇者になってから身長、伸びたか?」 ランスは驚きの表情を結城に見せた。 「…い、いいや、伸びてねえ…  それ、すっごく気になっていたことなんだ…」 「普通の勇者は、成長も精神的な部分も止まってしまうんだよ。  だから、大人になってから勇者になった方がお得だ。  さらにいえば、イレギュラーなことがなかったとしても、  悪の勇者にはなりにくいと思う。  ランスの言った通り、特に男女間のトラブルなどにより、  悪意が沸きやすいからな」 「…うう…  やっぱり損してたような気がする…」 ランスはかなり落ち込んだ。 しかし結城は笑みを浮かべたままだ。 「勇者の術の区分と種類は?」 「…あ、ああ、区分は8、種類は103」 結城は満面の笑みでうなづいた。 「それだけあれば上できた。  後はそれぞれの術が上がればいいだけだな。  個別の術の上昇は可能だが、さらに術が増えることはない。  そうだろ?」 「ああ、増えてねえ。  そういったことがあったんだな…  ああ、カノンは赤ん坊だったから、できることだったからした。  そして、悪に心を改ざんされた。  …ああ、それで…  一部修復した」 ランスの言ったことは的を得ていたようで、結城は苦笑いを浮かべた。 「狂ってしまう部分だけを修復した。  あとは悪が改ざんした魂のままで修行をさせている。  そしてカノンの魂を元に戻してしまうと、こうなる」 結城が言うとランスの目の前に3D映像が出た。 「全然別人?!」 ランスが言った通り、ごく普通に成長したカノンは大人しく優しく育ったはずなのだ。 どちらかと言えば、どこかの令嬢といったような立ち振る舞いのリアルな映像だ。 「カノンは願いの子と言ってな、オレと麗子が願って生んだんだ。  これは神の子の宿し方だ」 ランスはこの件は、一番初めの映像を見て知っていた。 「だが、どうやって成長したんだ?  オレ、もう少しだけ身長が欲しいんだけど…  リーチが長い方が得だからな」 ランスの言葉を受けて結城は何度もうなづいた。 「天使の特殊な技に肉体と精神の一致というものがある。  それの少々変形したものを使える術師がいるんだよ。  その施術を受ける時に、  実際の精神年齢が肉体と一致するように成長するんだが、  ある程度の願いも聞き入れてくれる。  特に、少し体を小さくしたい場合も有効なんだよ。  大きくする場合は、精神年齢に従うので、少々わからんな。  だがランスの精神年齢は18才だ。  何も願わなくても、さらに大きくなれると思う」 「…オレの精神年齢、どうしてわかっちゃうわけ?」 「オレの神の術にあるんだよ。  ランスの実年齢は15才、精神年齢は18才。  総合的な年齢は17才。  肉体は精神と一致するので、18才の体になるはずだ」 ランスは納得して、「よっしゃぁ―――っ!!」と言ってよろこんだ。 「修行マジメにするからさ、紹介してくんね?」 「条件なしで紹介する。  ごく普通に修行に励んでくれ」 「…あ、お、おう…  あんた、やっぱりいい人だな…  敬語使いたいんだけど…」 「断るっ!!  理由は虫唾が走るからっ!!」 結城に理由まで言われたが、ランスはひとつ気づいたことがある。 「仏はイヤなことをすることで更なる修行となる…  ですよね? 師匠」 ランスが言うと、麗子は大声で笑って、「そっ! その通りよっ!!」と言って笑い転げた。 結城はかなり不機嫌な顔に変わっていた。 「覇王さん、笑顔笑顔」 結城はひとつ身震いして、「…覇王でいいんだけど…」と言って、ランスを上目使いで見た。 「となると…  覇王さんのイヤなこと…  性欲もないのに女性と交わること…」 ランスはにやりと笑った。 すると、女性たちが一斉に結城に食らいつかんばかりにデートの申し込みをした。 ランスはうまくいったとほくそ笑んで、セイラの弟であるマックスとセイルの近くの席に座った。 「はぁー、なんとかなったぁー…」 マックスは少し噴出して、セイルはずっと笑っていた。 「最高の一手だ。  だけどな、怖いぞ」 マックスが意味ありげな視線を、ランスの背後に送った。 ランスが一瞬だけ素早く見ると、鬼のような顔をした麗子がマックスをにらんでいたのだ。 「…うっわぁー…  すっげぇこわっ…」 「覇王さんと麗子さんは元夫婦で、そろそろ復縁かという段階に来ていたんだよ。  ランスが全てぶち壊しにしたようなもんだぞ」 「あはは…  謝ってきます…」 ランスは席を立ち、麗子を見ないようにして麗子に近づいた。 「あのぉー師匠…  とんでもないことを…」 「破門っ!!」 麗子はひと言だけ言ってそっぽをむいた。 ランスはそこを何とかと言ったが、麗子の機嫌は直らず、ランスは肩を落として席に戻った。 「…師匠がいなくなってしまった…」 マックスとセイルはランスに同情して励ました。 「頭の回転がよすぎるのも考え物だねっ!  程々って言うものを発動した方がよかったねっ!」 セイルが陽気に言った。 「うん、身にしみてわかったよ…  だとすればっ!!」 ランスは行き追いよく立ち上がって、すぐ近くにいたゼンドラドの前に立った。 「無条件で弟子にする。  そして、免許皆伝まで確実に面倒を見る。  ほら、免許皆伝証…」 「えええええええっ?!」 ゼンドラドはランスに7枚の免許皆伝証を手渡した。 「入門即免許皆伝。  まずはありえんことだが、ランスなら大丈夫だ、  とおまえの師匠のオレは判断した。  一人で考え、大物になってみろ。  もちろん元師匠のオレに聞きたいことがあればきちんと答えるからな。  意地悪なことはたぶんしないはずだ」 ゼンドラドは少し笑ってランスに言った。 「はあ…  それだけでもすっごくうれしいです。  ありがとうございます」 ランスはゼンドラドに丁寧に頭を下げて、席に戻った。 「いいのだろうか…」 ランスは言ってから、免許皆伝証を眺めた。 「オレはいいと思うぞ。  それだけの力は十分にある。  さらに基本を磨けば、ごく普通に戦力となる。  あまり師匠弟子にこだわることもないと思う。  もうオレたちは仲間だからな」 マックスの言葉をランスはうれしく受け止めた。 「ひとつ聞きたいんだ。  右拳、痛めてないのかい?」 マックスはランスの右手に視線を移した。 「えっ?」 ランスは右拳のチェックをしたがなんともなかった。 「あの硬い覇王さんを打ち抜いたんだ。  普通なら骨が砕けていたはずなんだよ」 マックスが言うと、ランスはすぐに納得した。 「相手の闘気などを吸収して、身体強化もしていたということだね。  あまり言ってはいけないが、ダイゾとも戦えたかもしれない」 ゼンドラドは穏やかに言った。 「うっ!!」 ランスは答えに困った。 そして思い起こしてしてみて、セイラがフローラに変身した時点でどうだったのだろうかと考えるとそれは否だった。 「覇王さんと戦った後なら可能だったかもしれません。  フローラの後に、カノンと爽太さん、  覇王さんと戦って闘気と殺気を吸収していたものをまとっていれば、  逃げずに戦っていたかも…」 ゼンドラドは納得の笑みを浮かべた。 「だったら間違いなさそうだ。  強くなった君自身を冷静に把握しているようだ。  だが過信はいけないと思うから、程々も考えておいた方がよさそうだ。  傷つきそうであればやはり逃げる」 「はい、ダイゾはかなり危険ですから。  あ、でも…」 ランスは免許皆伝証7枚を素早く装着した。 「おおっ!!  やっぱ、カッケェーッ!!」 ランスはこの近くにある大きな鏡にその姿を映してよろこんでいる。 ゼンドラドたちは笑顔でランスを見た。 「なるほどな。  勝てる可能性は十分にある。  まあ、戦わない方がいいけどな。  特にセイラのダイゾは君が壊してしまいそうだ」 「そうあってもらいたいです」 ランスは7枚の免許皆伝証をはがした。 すると、結城にフラれたといって、女性たちがまたランスを囲んだ。 ランスはどうしようかと考え、「蓮迦、正体を見せてくれたら、明日一時間だけ遊園地デート」と言うと、蓮迦は目の色を変えて天使服を脱いだ。 女性たちはすぐさま蓮迦とランスに謝って退散した。 「よかった、軽症で…」 ランスが言うとマックスは含み笑いを、セイルは大笑いして喜んでいる。 蓮迦はすぐに天使服を着て、ランスのとなりに座って、デート時間の延長を申し出てきた。 「正体を見せていないから本当は無効でもいいんだぞ。  これはオレの善意ある行動だと受け止めて欲しいね」 ランスが言うと、ついに大声で笑うことのないマックスが大声を上げて愉快そうに笑った。 その時、仲よし5人組と席をともにしていたセイラが熱い視線をランスに向けたいた。 「…ああ、マックスがすっごく楽しそう…  やっぱり、ランスと結婚した方が…」 セイラが言うと、カノンがその顔を軽くにらみつけた。 「母である私が寝取っちゃうっ!!」 カノンはセイラに対抗意識をあらわにした。 「あんたたち、もうやめなさい。  いいかげんにしておかないとさらに能力落ちちゃうわよ。  ランスさん、みんなのことを一生懸命考えて言ってくれてるのに…」 早百合が困った顔をして穏やかな声で言った。 「でも、いい男はいい女がつくもんだよねぇー」 ダフィーがうらやましそうにランスと蓮迦を見ている。 「デッダさんのお友達ですものっ!!」 サヤカが陽気に素晴らしい声で豪語して、満面の笑みを浮かべた。 少々乱暴に城の大きな扉を開けて入ってきた者がいる。 そしてまっすぐにランスに向かって歩いてきた。 「お兄ちゃんを諦めたからランス君が私のお婿さんになりなさいっ!!」 「えっ?」と言って、ランスは目の前にいる満面の笑みの女を見た。 「えっ?」と言って、少し離れて座っている麗子を見た。 「分身の術…」 「違うわよっ!  別人だけど、同じ顔と体なのっ!!」 ランスの目の前の女は腕組みをして、ランスをにらみつけた。 だが多少の芝居くささはあるのだが、サヤカの持っているものではなく、多少幼稚だとランスは見たようだ。 「あ、ランス君、結城悦子さんだよ。  今は宇宙の母をしているんだ。  覇王さんは宇宙の父」 ランスは意味がよくわからないようで、教えてくれたセイルに詳しく事情を聞いた。 「宇宙全体の総括者…」 ランスはぼう然として言った。 「そっ!  そういうことだね。  そしてふたりが交わっても、この宇宙は消えるんだよっ!」 セイルは恐ろしいことを陽気に言った。 ランスはセイルに丁寧に礼を言った。 「オレは蓮迦に決めているから。  ほかを当たって欲しいんだけど…」 「…あなたの大宇宙、壊しちゃう…」 悦子はかなり恐ろしいことを恐ろしい口調で言ったが顔は普通に笑っている。 悪意のかけらもない、まさに子供の笑みだ。 ―― どういった人なんだ… ―― とランスはかなり困ってしまっている。  ランスは、「作戦タイム」と悦子に言うと、悦子はかなり困った顔をした。 ランスはその顔色から察して、「お兄ちゃんを諦めたから…」と言ってにやりと笑った。 「覇王さんのお古はいらない」 ランスの言葉はかなりの破壊力があったようで、悦子は泣き崩れた。 だがすぐに復活した。 「蓮迦ちゃんだってそうじゃないっ!!」 ランスはにやりと笑った。 「当然知ってるよ。  だけど、蓮迦は全然満足していないし、  覇王さんもいやいやだったんだ。  悦子さんとはかなり条件が違うんじゃない?  それに、オレの恐竜人の血が、蓮迦は合格、  悦子さんは不合格と言っているからね。  これはオレのルールで決めさせてもらう。  オレの人生だからなっ!!」 悦子は半歩引いて体をのけぞらせた。 「…うっ!  知ってたの…  言うはずないって思ってたのに…」 「オレは悪の勇者だったんだ。  そういった相手にウソをついたら二度と信じるわけねえだろ?  あんた、宇宙の母の資格、返上した方がいいんじゃね?」 「仕方ないじゃないっ!!  セイラちゃんがへタレなんだからっ!!」 悦子は笑顔でセイラに指を差した。 「人のせいばかりにする人はオレには必要ないね。  オレのルールでは人間的に不合格という診断が出た」 ランスに全てを否定された悦子は、結城に泣きつきにいった。 「あー、よかった…  でもね、すっごく面倒だけど、楽しいよ」 ランスが言うとマックスもセイルもランスを笑顔で見ていた。 … … … … … ランスはごく普通に7日間修行に励んだ。 やはり高重力での修行が功を奏し、皮膚が硬くなり、骨まで強化されていることがよくわかった。 朝食の席で結城がランスに近づき、「今日は地獄に行くから」と不機嫌そうな顔で言った。 「そろそろ機嫌なおしましょうよ、覇王さん」 ランスが笑顔で言うと結城は、「おまえはオレに最高の幸せをくれるはずだったんだよっ!」と言って、怒り狂った。 ランスは、―― すばらしい高揚感だ… ―― と言って、この高揚感を無駄にしないように仕舞い込んだ。 ランスにとって今の結城の言葉ほど、うれしいことはなかったのだ。 麗子の機嫌は治っていたが、ランスを弟子に取ることはなかった。 もうすでにゼンドラドが免許皆伝を申し渡していたので、その必要はないと麗子も結城も判断したからだ。 そのゼンドラドに、ランスは洗礼を受けるはずだった。 訓練場でゼンドラドはドラゴンスレーヤーを抜き構えたが、ランスはまったく畏れを抱かなかった。 そればかりか、「折ってもいいですか?」と真顔で言って、ゼンドラドを喜ばせた。 この件はランスの言った通り、ランスが本気になれば折れていたと、結城もゼンドラドも認めている。 ドラゴンスレーヤー自体の闘気を、ランスが吸収していたからだ。 よってドラゴンスレーヤーを創った結城ことセイントの父、カミサンをランスは越えていると断定した。 そのカミサン自身は大きく能力を下げているので、そうなっていても不思議ではない。 カミサンも、セイント同様に優柔不断なところがあり、神の始祖であるにもかかわらず、さまざまな失態をしていた。 さらには怠け癖もあり、転生していない純粋な神であるにもかかわらず、息子のセイントに大きく水をあけられているのだ。 カミサンがドラゴンスレーヤーを造った理由はふたつある。 ひとつは神である龍の氾濫を沈黙させるため。 もうひとつはセイントに託してある神の盾を叩き斬ること。 これを行うことでのみ、カミサンは転生できるのだ。 今はその必要がないので、ゼンドラドと結城はそれぞれが持つ神具を保管、管理している。 少し陽気なランスと、かなり不機嫌な結城は、この町の近くにあるエラルレラ山に登った。 その中腹に大きな絶壁があり、そこに地獄への入り口のトンネルがある。 ランスはひとつ身震いをした。 これは怖いのではなく武者震いだ。 結城はランスは確実に悪を食うと感じ、笑みを向けている。 トンネルをくぐり、結城はランスに中にあるものの悦明を行った。 ここに置いてあるものはただひとつ。 悪を倒した証拠であるメダルだ。 悪を消すことで、元の持ち主だけが吸収できるメダルが手に入る。 これは悪を浄化したことになり、わずかだが神の改心された心として洗浄された正しい能力となる。 元の持ち主に吸収させれば能力値が簡単に上がることになる。 さらに強くなった神は、少しばかり改心することにもなる。 このトンネルを創って三年になるが、ここにいる悪は当事の半数となっている。 ひと通りの説明を受けたランスは結城に誘われ、地獄の入り口に足を踏み入れ、悪の出入り口と対面した。 悪の出入り口はそれぞれの神とつながっていて、ほぼ人型を取っている。 もし神が悪の所業を働けば、悪の出入り口から悪が沸いてくるのだ。 悪を倒す方法は二種類ある。 悪の嫌いな浄化である、天使の持つ白魔法による癒やし、もしくは白のエネルギー弾を浴びせることで簡単に倒すことができる。 もうひとつは考えられないほどの闘気。 まさしくランスはこの方法で悪を倒すことになる。 しかし、悪の数は計り知れないほど多い。 ほんの少しサボれば、みるみるうちに増えてしまう。 特に、ランスのように悪の勇者だった者は、際限なく悪を沸き立たせることにもつながるのだ。 「なんだこいつっ!!」とランスは言い放ち、腹を抱えて笑い始めた。 ランスの目の前にいる悪の出入り口は気味が悪い姿なのだが、正座をしているのだ。 「火檀友梨さん、知ってるだろ?」 「うっ!  妙に怖そうな人…  ああでも、龍の鎧は一番かっこいいって思ったぞ。  黒く赤く光っていた。  一番強いんじゃないかって…」 「かなり強そうに見えるし、実際強いんだよ。  彼女も勇者で、千年ほど生きている」 「うっ!  大先輩…  あいさつ、軽めにしかしてねえから、  帰ったらきちんとあいさつしねえとシメられるっ!!」 ランスは本気で友梨を畏れた。 彼女にはそれほどの恐れがあるのだ。 結城は、「普通にしていないとさらにシメられるぞ」と笑顔でいい、ランスは、「そうかもしれない…」と言って納得したようだ。 「そして、この悪から沸いてくるメダルがこれ。  もうほとんど沸かないんだよ」 ランスはケースに入った友梨のメダルを手渡された。 「はあ…  なんだか安物っぽい…」 ランスが言うと結城は大声で笑った。 「ちなみにこれが麗子のメダルの模様の移り変わり」 結城はサンプルをランスに見せた。 「ああ、改心するから模様が変わっていくんだ…  始めころは、怖ええな…」 ケースの一番左にあるメダルはおどろおどろしい模様が刻まれているのだが、右にあるものほど、メダルの模様がすっきりとしている。 「側面の記号のようなもの、読めるか?」 ランスは結城に言われたとおりケースの側面を見た。 「セイレス…  …なぜ読めた…  こんな字、しらねえのに…」 結城は笑顔をランスに向けた。 「読める者こそ、古い神の一族の証拠だ。  ランスはオレたちと家族ということになるな」 ランスは結城の言葉をくすぐったく感じた。 そして、高揚感に包まれた。 さらには声を上げずに泣き出し始めたのだ。 「…ああ、うれしいなぁー…  オレ、今までのオレが恥ずかしい…  だがっ!  もう違うっ!」 結城はランスを温かい目で見ている。 ランスはさらにおどろおどろしい悪の出入り口を見ている。 「何であんたをにらんでるんだ?  しかも、なんか沸いてるし…」 ランスの言った通り、結界の中にいる悪の出入り口は黒い霧のようなものを吐き出している。 ある程度濃くなると玉のようになり、その球が塊となって悪となっていく様子が見て取れた。 「本人が改心しようとはしないんだ。  この持ち主はここにこない。  メダルを吸収すると、自分が弱くなるように感じているそうだ。  しかし、それでは強くなれないんだがな…  最近はそれを気にし始めたので、そろそろここに来ると思う。  爽太と同じで、悪魔の眷属という種族。  元の姿は杖で、優秀なものだけが人型を取れるんだ」 ランスはこの件ははっきりとは知らなかった。 しかし爽太が魔法の杖に変身することは知っていた。 よって爽太のことを、「棒やろう」と呼んでいたのだ。 「この悪の出入り口はキューティーと言う人のものだ。  まさにオレを虎視眈々と狙っているんだよ。  かなり魅力的な人で、しかもその能力はどんな能力者にも負けない。  操られたら最後、術が解けることはないだろうな」 結城が言うとランスは苦笑いを浮かべた。 「だが、あんたは解けるんだよな?」 結城はランスに苦笑いを浮かべた。 「まあな。  オレは術にキャンセルを持っているからな。  気合次第で解くことができる少々反則じみたやつだ」 結城が少し笑って言うと、ランスはにやりと笑った。 「だが、かからねえ方法はある。  もらった盾と移動スピード」 ランスが言うと結城は大いにうなづいた。 「それが一番懸命だ。  よってオレはサボることになり、  オレよりも強い術者が現れると簡単につかまるかもしれないな」 「そうならねえように誰よりも鍛える。  オレもそうするぜ」 結城は何度もうなづいた。 「オレのように、誰も持っていないものを、  能力が高い勇者たちはひとつだけ持っていたりする。  それが勇者の特色だな。  特別な勇者、見たことがあるか?」 「いや…  知っている術ばかりだったと思うな…  もっと見ておけばよかった…」 ランスはかなり反省した。 だが、反省もほどほどにしたようで胸を張った。 「意図的に見せなかったかもしれない。  それがその勇者にとって、最後の切り札にもなるからな。  オレの場合なら、術はかからんとしておいた方がいいかもしれんな」 「ああ、その方がいいと思う。  隙がねえと思っちまう…」 ランスの言葉に答えて結城は笑顔で大きくうなづいた。 「ランスと話していると大いに修行になる。  これからも、オレの話し相手でいてくれ」 ランスにまた高揚感が生まれた。 今は結城は師匠ではないが、師匠にほめられたと言う高揚感だ。 ランスはその高揚感もそっと自分自身に収めた。 天使たちがやってきて、結界に包まれている悪の出入り口が吐き出した悪の退治を始めた。 そしてメダルの回収も始めた。 さらに、それぞれのコインを決められた場所に持って行った。 「ランスのコイン。  少しだけ吸収して行け。  かなりあるんだよ。  名前を知りたければ見てもいいぞ」 「ああ、興味はあるな。  だが今は見たくないから、後ろを向いているから吸収させてくれ」 ランスの申し出を結城は快く引き受け、100枚ほどのメダルを吸収させた。 「…何にもかわんねえ…」 「能力が高い者は、この程度では何も変わらん。  だがランスの場合、性格が変わってしまうほどの枚数があるんだ。  この箱の山が全部そうだ」 結城が指を差すと、ランスは少し怯えたしぐさをした。 ランスの背丈以上の巨大な箱が六段積まれている。 「オレ、大悪人じゃねえか…」 ランスは堆く詰まれた箱の山をぼう然として見た。 結城は大声で笑った。 「ここの退治を始めてからずっと出てきていたんだよ。  その悪の出入り口の居場所も判明した。  だがまだまだ遠い。  そして日に日に、取れる枚数が減ってきていたんだ。  悪い心がわかなくなった証拠でもあるよな」 ランスは神妙な顔をしてうなづいた。 「迷惑をかけちまったな。  だが、麗子さんに言われた通り、やりすぎは禁物だ」 ランスはついに、本格的に地獄に足を踏み入れた。 その目の前の少し上にはモニターがある。 このモニターは歩くとついてくるのだ。 「それが悪のエネルギー反応。  この先一キロ地点に少しだけたむろしているな。  おあつらえ向きなので行こうか」 「お、おう…」 ランスは少し怯えた。 何しろ先は真っ暗闇だ。 しかし討伐者のまわり100メートルほどは少し明るくなっている。 この光だけを頼りに悪を討伐することになる。 地獄の中は平地だ。 歩みを止める妨げになるものは何もない。 「向こうから来たな。  作戦会議をしていたようだ。  よく見ておけ。  悪は心を惑わせる」 「…お、おう…」 しばしの静寂が訪れ、ランスの目の前に数十人の人間が現れたのだ。 「…んなっ!」 ランスが驚いたと同時に、結城は白のエネルギー弾を筒状にして放った。 その大きさは前方にいる人間と思しき者たちを十分に包み込める大きさだ。 筒はそのものたちまで飛んでいくと同時に円形に形を変え始めた。 そして球形となり、今度はどんどん小さくなっていった。 そして、人間の姿をしていたものは消え、メダルだけが残された。 「人間に化けていた…」 ランスは猛然として言った。 「こんな姑息な手はいつものことだ。  さらにはな、少し後ろにもメダルがあるだろ?」 「…ううっ!  まさか…」 ランスは素早く理解した。 少し遠くにあるメダルは悪のはずだと。 そしてランスは低い声で笑い始めた。 「おもしれえ…  …オレに勝ってみろぉー…」 ランスはすぐさま身にまとった畏れを仕舞い込んだ。 結城はランスを笑顔で見ている。 メダルに化けたコインも白のエネルギー弾で簡単にメダルに変えて回収した。 「さて、今度は大勢いるが、かなり広範囲だな。  一斉に襲われると囲まれる。  できれば無謀なことはしたくないが、やってみる?」 結城は少し笑いながら言った。 「ああ、いいなそれ…  ますます高まってきて、抑えられなくなっちまった…」 ランスが言うと同時に、エネルギー反応が素早く変わり、かなりのスピードで悪がこちらに向かってきている。 ランスは冷静に事態を把握している。 そして、悪が見えたと思った時、『はっ!!!』と短く人ならざる声を発した。 ランスから半径100メートルほどの悪は簡単に消え、メダルが散乱した。 「…やあ、蓮迦、いらっしゃぁーい…」 いつの間にかランスのとなりに天使服を着た蓮迦がいた。 「がんばってねっ!!」 「…ああ、おめえが来たから、さらに高まっちまった…  あとで、キスしてやろう…  わりい、ウソついちまった…」 蓮迦は一瞬喜んでからすぐに膨れ上がった。 結城は極力笑い声を納めた。 結城が本気で笑うことでも悪が消滅してしまうからだ。 ランスは丁寧に闘気を放ち、この一体の悪を全て消し去った。 「オレたちの歩んできた道はほぼ安全地帯。  今は蓮迦がやっているが、白魔法が残存しているので、  悪は近づいてこない。  一番困るのが、白のオーラを浴びせたが逃げられたというケース。  こういった悪は、ある程度の免疫力を持つ。  よって極力、丁寧に倒す必要がある。  そして、ランスのやっている闘気で倒す方法には免疫は沸かない。  悪が強くなるどころか、臆病になって襲ってこなくなる。  そうなれば、一網打尽にもでできるんだ。  …この先10キロ地点にそのコロニーがあるようだな。  ほとんど動かず、怯えているという感じだ。  この場所からその怯えを感じたら合格」 「…オ、オッス…」 ランスは目を閉じた。 意識を10キロ先にもって行くイメージをした。 ランスに猛烈に鳥肌が立った。 「よしっ 合格!  すごいな…」 「ああ、総毛立った感覚だ…  かなり弱いダイゾ?」 結城は思わす大笑いをしてしまった。 すると大きな赤い塊がいきなり半分そがれたようになって消えた。 「ああ、しまったな…  笑いすぎた…」 「うっ!  それ、最高かもっ?!」 ランスの言った通りで、この暗い中で大声で笑い、高揚感を高めていくことこそこの場所にふさわしいのだ。 これができて超一流といったところだろう。 このような特殊な場所は誰もが緊張してしまう。 悪にとってそれも、うまいエサとなり際限なく近づいてくるのだ。 そしてただただ笑えばいい訳ではない。 基本的にはランスと同じように、正しい闘気を含んでいる笑い声なのだ。 「半径5キロほどは消えただろうな…  そしてしばらくはこの辺りにはやってこない。  しかし、油断は禁物。  それを知らない悪は平然と立ち入るからな」 「色々と考えるべきなんだな…  かなり成長した気がする…」 ランスは感慨深く言った。 少し急いでメダルのある場所まで行って、蓮迦が大きな癒やしのドームを張った。 「うう…  近くにいるだけで癒されるっ!!」 ランスは言って、少しだけ後ろに下がった。 あまり離れると悪が迫ってくる可能性がある。 よってランスは今は冷静に辺りを警戒している。 三人は今日の作業を終えた。 ランスはいい手ごたえを感じて、薄笑みを浮かべている。 「ランス君、いいね」 トンネルに戻ると、少年のような男がいた。 ランスは初対面なので、丁寧にあいさつをした。 「セイラの父だぞ」 結城が言うと、「うげっ!!」とランスは叫び、「お嬢さんに淫乱女と何度も言って申し訳ありませんっ!」と言って、少年と結城を笑わせた。 「本当のことだもん…  本来なら気にしなくなって正解なんだ。  気にするからこそ何度言ってもその効力があるってことだよね?」 少年が言うと、ランスはやけに冷静になった。 「あ、はい、その通りだって思いました…」 「あ、ボクはルオウ。  セイントもそうだけど、ボクも仏だ」 結城の古名はセイント。 きしくもランスの苗字と同じだった。 ランスの苗字は施設に入れられた時に無作為に選ばれたもので、同じ苗字の者をランスは知らない。 ―― これは運命だ ―― などとランスは思っておくことにしたようだ。 「100枚ほどでは何も変わらない。  何かが変わるまで少しずつメダルを吸収しようか。  そうじゃないとメダルが溜まるだけで時間がもったいないからね。  そこからこれからの方針を決めていいと思う」 ルオウが言うと、「はっ! よろしくお願いします」とランスは丁寧に頭を下げた。 早速蓮迦が、床に座っているランスに少しずつメダルを吸収させていった。 十数分が過ぎても、ランスには変化が感じられなかった。 「遅延効果がある人もいたからね。  今日はこれくらいにしとこう」 ルオウが言うと、ランスはすぐに立ち上がった。 「はっ! ありがとうございました」とランスはルオウに丁寧にお辞儀をした。 「なるほどね…  ランス君、妙な気分じゃない?」 ルオウが笑みを称えたまま言った。 「うっ! やっぱり…」 ランスは腕を伸ばした。 そして、小さな蓮迦を見た。 どう考えてもいつもよりも遠くにいる。 「身長、伸びてる…  やったぁ―――っ!!」 ランスは子供のように喜んだ。 ランスの身長は、結城の身長よりほんの少し小さいだけとなっていた。 「早速組み手をするが、様子を見ながらだぞ。  リーチが長い分、思ったように動けないはずだからな。  むきになることが一番の毒だ」 結城が言うとランスは小躍りをやめ、「おうっ! わかったっ!」と言って、小さな蓮迦の手を取って踊り始めた。 結城とランスがトンネルを出ると、蓮迦もついてきた。 ランスが蓮迦を見ると、「お昼ごはんっ!!」と言って、両手を挙げた。 「ああ、そうだな。  じゃ、学校の学食に行こうか」 ランスは昨日までは城の一階にある食堂でしか食事をしたことはない。 よってランスには一抹の不安が過ぎったようだ。 「ああ、そういったとこって、あんまりうまくないんじゃ…」 ランスは少し尻ごみをしたように言葉尻をすぼめた。 「また違ったうまさがある。  さっき話しに出てきた火檀友梨さんが監修した味になっているから、  また違ったうまさを堪能できるぞ」 「勇者なのに料理好き…  あ、いや…  長期間、戦場に出たら…」 ランスが言うと結城は笑顔でうなづいた。 「食事と入浴、そして睡眠はいいものでないと翌日の活力にならないからな。  そうだ、温泉造りのエキスパートを紹介しよう。  少々驚きの能力を持っているオレの弟子で勇者だ。  未だ彼と同じ能力者は見たことがない。  彼も平和の象徴のひとりなんだよ」 「…平和の象徴…」 結城の言葉にランスは震えた。 自分自身もその象徴になりたいと強く感じたのだ。 「サヤカ君もそうだぞ」 ランスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。 「女優…  演劇…  人々を楽しませる…」 結城は笑顔でランスを見た。 「彼女の場合はさらに広範囲で人々の心を平和にするんだよ。  特殊能力的な数多くのスキルを持っている。  学校に行けばごく自然にそれがわかると思うぞ」 「ああ、楽しみだぜっ!!」 ランスは自分自身が平和の象徴となる足がかりを探ろうと考えたようだ。 学校の学生食堂に行くと当然のことながら見知った顔が多くいた。 残念なことだが、マックス、デッダ、ダリルはいない。 セイルはいたが、セイラの隣にいた。 さすが姉弟でよく似ているとダリルは感じたようだ。 結城とランスはセイラたちとほんの少し離れた空いた席に座った。 するといきなり、ランスたちの席の周りが満席となった。 ランスは結城と蓮迦にはさまれていたのでほっと胸をなでおろしているが、その真正面にはなぜかセイラとカノンがいる。 余計なことは言わないでおこうと思い、ランスは蓮迦を見てから席を立って、食事をもらうカウンターに並んだ。 「…あいつら、なに企んでんだ?」 ランスが言うと、蓮迦は笑みを曇らせた。 「空いている席に行ってもついてくるんだろうなぁー…  だが、イヤなことも克服するために修行としようかっ!」 ランスが言うと、蓮迦は薄笑みをランスに向けていた。 大盛の食事をもらって、ランスと蓮迦は席に戻った。 トレイをテーブルに置いて、となりの結城のトレイを見ると、ごく少量しか料理がない。 食欲を抑えるための仏の修行だと察したので、ランスは何も言わなかった。 もちろん蓮迦も結城と同じほどしか食事をしないようだ。 ランスは早速食事を摂り始め、「これもうめえっ!!」と一声上げてさらにもりもりと食べ始めた。 一瞬だが友梨の顔を見た。 表情が固まっているようにその顔からは感情を読み取れなかった。 「…あ、そういえば…」 友梨の顔をひとつの種類としてランスは思い出したようだ。 「ここにはいねえな、仮面かぶったやつ…」 ランスのつぶやきはこの場にいるものを大いに驚かせた。 結城はランスの顔をのぞき込んだ。 「仮面を持ったやつの特徴を教えてくれないか?」 結城がかなりマジメな顔をして聞いてきたので、何かあるとランスは思い、その顔を思い受けべた。 「もう死んでいるやつが3人…  生きているやつが5人…  死んだやつのひとりは、何かヘマをしたらしい。  そして上官に殺されたそうだ。  ある日気づくと、その上官も仮面をかぶっていた。  あの時は伝染病かと思ったな。  …生きているやつは妙に明るいんだ。  だから逆に気味が悪いんだが、ほかの者はそれほど気にしていない。  そして輪の中心にいることが多いんだ。  そして気づいた。  それは写真。  顔がまるっきり違っていた。  写真の方は好感の持てる顔だった。  しかし肉眼で見ると仮面をかぶっている。  特に妙なことはしねえから気にもしなくなったんだがな」 結城は真剣な目をランスに向けている。 「…悪意の仮面…」 結城が言うと、ランスは簡単に受け入れた。 「納得した。  気分が悪いからこの話は終わりだ。  みんな、悪かったね」 だが、この場にいる者はランスとカノンを見て、納得の笑みを浮かべている。 ランスは気になったが、この話は終わるといった手前聞けるはずもなかった。 「…カノンはマスクをかぶっているように悪意が見える…」 結城はつぶやくように言った。 正面にいるセイラたちには聞こえないほどの声だ。 ランスは無言で、納得の笑みを浮かべた。 「少し軽いけど、オレの平和への道しるべを見つけた気がするな」 ランスが言うと、結城は笑みを向けた。 「全然軽くないわっ!!」と、かなり芝居がかってサヤカが言い放ち、席を立った。 「ああ、あなたは伝説の勇者とともに、この宇宙を守るお方…」 サヤカがさらに役にのめり込んだ。 「愛する私も、ついてきたい…  だけどっ!!  あなたの足手まといにはなりたくないの…  私はこの星を見守るわ…  だから、絶対に生きてっ!  生きて帰ってきて…  デッダさん…」 ランスは最後の最後で吹き出してしまったが、それを打ち消すようにサヤカに拍手を送った。 サヤカは薄笑みを浮かべてランスに軽く頭を下げて着席した。 かなり遅れてから、万雷の拍手がサヤカに送られた。 ランスは素早くこの高揚感をしまいこんだ。 この量はなんだと感じた。 そしてまだまだ増える。 できれば今日中に使ってしまおうと思い、今日は少しハードに組み手をしようと決意した。 ―― オレには仲間が必要 ―― ランスの脳裏にこれが浮かんだ。 ランスの吸収の能力は、ひとり切りでは役に立たない。 連れて行ってもいいランスの仲間を募ることも決めたようだ。 ランスはこの場で話そうかと悩んだ。 早い方がいいだろうと思ったが、まずは結城に小さな声で話した。 「…ランス自身、みんなのことがまだよくわからんよな…」 結城はランスの意思を継いで小さな声で言った。 「…まあな。  オレとしては女性よりも男性の方がいい。  だが今の場合、切欠は女性。  だから独身で身持ちが硬くて陽気で明るい女性は大歓迎だ。  仲間同士の恋愛はご法度としたいからそれを無理せず自然に守れる者。  もちろん、大きな戦いが終われば好きにしてくれていいんだけどな」 「ああ、だとすると、蓮迦は連れて行けんな」 「それも覚悟の上だ。  蓮迦にはオレから話す。  ごねたら離別」 ランスの言葉は蓮迦にも聞こえている。 蓮迦はサヤカの芝居を自分自身に置き換えたのだ。 よって、サヤカから説教を受けたと感じているようで何も言えなかった。 しばし休憩をした後、ランスと結城は蓮迦に別れを告げて訓練場に行った。 どこから沸いて出たのか、今日は妙に大勢の猛者がいる。 ランスなどよりも数段強いと一目でわかった。 「ほら、連れて来た張本人の皇源次郎さんだ。  どうやらランスの映像を見たようだな」 ランスは皇源次郎と言う男を見据えた。 結城よりもほんの少し優男といった感じだが彫りが深く古代の彫刻のように見えた。 身長は結城と同じ二メートルほどはある。 だが、ボスが強いのは当たり前だと感じたランスは視線をほかに移した。 その周りにいる者もかなり半端ないとすぐに感じ取った。 今は巌剛がいるので、比較するのは簡単だった。 妙に結城に似た男がいる。 結城と同じで体に傷はない。 しかし、とんでもないものがランスを襲った。 それは闘気の器の大きさだ。 これは半端ないと感じ、結城の顔を見た。 「オレの実の兄ちゃん。  皇一輝と言う」 ランスは軽くうなづいて納得した。 大勢の者が結城とランスを見ているが、誰も動こうとはしない。 動いた者は、結城か源次郎にすぐに止められ、後方に押しやられた。 「…ダメだ。  候補者は源次郎さんの取り巻きだけ。  これからの人と言っても時間もねえことだし…」 「今ここにいるほとんどの者は、世界の騎士団という軍事組織のメンバーだ。  誰一人として連れて行ってもらっては困るんだが、例外はあるぞ。  まだまだ修行中の者。  そしてアタッカーではなくサポーターの者。  長期になるだろうが必要ならば精神間転送で連れ戻したり増員も可能だ。  稼動人員と待機人員枠も設けておいてもいいとオレは思うな」 結城が言うと、ランスは明るい笑みを向けた。 「だがまずは一手っ!!」 ランスは溜め込んだもの全てを結城にぶつけた。 結城は一瞬遅れて気合を入れたが遅かった。 一瞬にして数十メートル吹っ飛ばされて二転三転してようやく止まった。 「よしっ!  一勝っ!!」 ランスは溜め込んだもの全て使い果たしたが、惜しくも何とも思わなかった。 しかも、体力も精神力も減っていないので、修行には何にも影響はない。 さらには勝った高揚感を溜め込んでおくことで、また後で使うことも可能だ。 「覇王君、さっさと起きて」 ランスが言うと、結城は苦笑いを浮かべた。 そして素早く立ち上がった。 「今のは効いたな…  そして気力は十分。  いい修行になっていると納得だ」 結城は言ってからランスとの間合いを簡単に詰めて止まった。 ランスは妙に低い体制を取った。 この体制は飛び上がると誰もが思うことだろう。 だが、見えていて飛ぶという行為はまずはありえない。 大いに隙が発生するからだ。 だがランスは空を自在に飛べるのでこれには値しないのだが、確実に力は落ちる。 結城が考えあぐねている隙に、ランスはまだ結城が見切っていない足さばきで結城に一気に詰め寄り、その視界から消えた。 と思った途端、結城は宙に飛ばされていた。 ダメージはないが、背後からの尻への攻撃だった。 結城はかなり大きく吹っ飛ばされていて、「場外だよなっ!!」とランスに言われて、「その通りだっ!」と結城は返した。 「二勝目、ゲットッ!!」 ランスはさらに高揚感を上げ仕舞い込んだ。 結城は素早くランスの目の前に戻った。 お互いの間合いぎりぎりのところにいる。 ランスはふと気づいた。 今溜め込んでいるものをまとえばランス自身の防御力は上がる。 もし表面ではなく内側にまとえば、気功術のような効果があるのではないかと感じた。 ランスはほんのわずかの高揚感を体にしみこませるように使った。 すると、体が大きくなった錯覚をした。 だが、強くなったと確信した。 そして、スピートに変換できないかと考え、実行するとうまくいったようだ。 結城は今はランスは作戦を立てているところだろうと考えている。 そしてランスはその間合いを一気に詰めて、型通りの攻撃をかなり素早く結城に放った。 型通りだが、あまりの速さに結城は対応できない。 結城は下がらず回りこんだが、簡単に追いつかれる。 結城はランスは気功術を使ったと決め付けの判断をした。 結城はそれを上回る速さで移動した。 作戦を読まれてしまったランスは、かなり残念そうな顔をしていて、すでに間合いを取っていた。 「気功術、使えないよな?」 「使えるのかもな」 結城の問いかけにはランスは答えなかった。 ランスは気功術の真髄はもうすでに聞いていて、全てを信じている。 よって、小さくてもいいので常に使い続けることも怠っていない。 しかしこの術は成長させるには時間がかかる。 よって次は、気功術と重ねて高揚感を取り込んで、スピードに替えた。 ランスは実力がどれほど上がったのか知りたくなったので、極力飛び上がらずジャンプをした。 感覚的には5ミリほどだ。 だがなぜか、10セントほどは飛んでしまっていたのだ。 すかさず結城が攻めてきたので、宙を飛んで回り込み、地面に足がついた途端、結城の目の前を一周して右後方からわき腹に掌底を当て素早く引いた。 「隙を作り出すのは難しいよな」 「…おまえ、とんでもないよな…」 結城はうれしくてうれしくてしかたがなかった。 これほど普通に組み手ができる相手ができて喜びに打ち震えた。 そして結城は、通常の組み手モードに移行した。 これは相手に合わせるわけではなく結城の自然体だ。 これで追いつかなければさらに上げようと高揚感に打ち震えた。 ふたりはゆっくりと間合いを詰めた。 お互いが手の届く範囲内にいる。 「…あっ…」 ランスが何かを思い出したように言った時、結城は猛攻を開始した。 ランスが声を上げたのは作戦でもなんでもなく、効果が切れたと感じただけだ。 とんでもない猛攻に、ランスは受ける手立てがなく、受身だけを取った。 ―― 大失敗だぁ―――っ!! ―― だがランスは、この失敗をも高揚感に替えていた。 これほど楽しい組み手はない。 ランスは冷静になって、今上げられるぎりぎりのスピードだけに集中して上げた。 「ふっ!!」と、ランスは細く強く息を吐いた。 その風圧が、結城の視界を覆った。 ほんの一瞬だがこれは隙になった。 ランスは型通りの攻撃を結城に放ち、その半数が命中した。 ここから先は追いかけっことなり、どちらも決め手がないまま、源次郎に間に入られた。 「ハードワークだぞ、兄ちゃん」 源次郎は結城に言った。 結城は少し源次郎をにらんだ。 だが、結城ではなくランスにとってハードワークだったと大いに反省して、結城は苦笑いを浮かべて源次郎に頭を下げた。 「怪我、ないだろうな?」 「あはは、足が痙攣…」 源次郎と結城がすぐにランスの両足のマッサージを開始した。 肉離れでも起こすと簡単には元に戻らない。 その術はあるのだが、できる限り使いたくはないのだが、これは結城のせいなので、ネコのミーにランスの体を修復させることも考えている。 しかし、マッサージの甲斐があって、ランスの足はごく普通のだるさに変わったようだ。 「今日はこのまま夕食まで待機だな。  ダイゾの水槽でものぞいておくかい?」 結城が言うとランスは、「それもいいな」と言って笑みを浮かべた。 「今日の反省と次の攻略法を。  精神鍛錬としてな」 「ああ、そうするよ。  考えること満載だ」 ランスは結城に笑みを向けた。 「…あいさつもさせないつもり?」 源次郎が言うと、「その時間も惜しいんですよ」と結城は簡単に返した。 「オレが普通以上で相手ができるのはランスだけです。  自分の体をかなりうまくコントロールしている。  今日は試しといったところなので、  明日からはもう手も足も出ないかもしれない。  あのスピードは普通ではありえない」 結城が言うと源次郎は納得はしているようだ。 「気功術で上げたんだろ?  確かに体の使い方はうまいと思ったな」 「ランスは気功術を持っていません。  ここに来て始めて修行を始めましたら。  使えてもわずかなものです」 結城が言うと、源次郎は絶句した。 「だったらどうやって肉体の強化とスピードを上げたんだ?」 「だからオレはこれは気功術と決め付けて戦いました。  そうやって納得しないと隙ができるのでね」 「うっ! その通り…」 源次郎はランスへのあいさつを断念して、仲間の元に戻った。 そして仲間にも、ランスに近づくなと命令したようだ。 ランスはまだ考えながらも、足の曲げ伸ばしをして歩くだけなら問題ないと感じて、ゆっくりと歩いて隣のプールに移動した。 さすがにここには誰も足を踏み入れない。 そして残念ながら、プールには何も泳いでいなかった。 気になったランスは、右手にある出入り口に近づいた。 「…黒いな…」 黒い扉があり、ドアノブはなかった。 触れてみたが、ごく普通に壁だと感じた。 だとすると、セイランダと言う少女とあの海洋生物の少年はどうやってここに来て、どうやって帰ったのかを疑問に思った。 するとなんと、朱雀源次がこの扉から出てきて、ランスは大いに驚いた。 「おっとっ!!  ん?  足、故障かい?」 源次はランスの足さばきを不信に思ったようだ。 「あはは、普通に疲労です」とランスはいい、源次に笑みを向けた。 ランスはこの扉の事を源次に聞くと、許可制で行き来できるようになっていると話してくれた。 さらにはこの訓練場と同じ条件の星に出ると聞かされ、少々興味がわいたが今は必要はないと思って、源次に礼を言って別れた。 ―― とんでもない科学技術の差があるよな… ―― などとランスは思いながら、今日の反省と次回の攻略を考え始めた。 するとセイランダがいつの間にかランスのとなりにいた。 「おっと、素早いね、こんにちは」 「うふふっ!  こんにちはっ!  ランスさんは変身できないの?」 ランスは大声で笑った。 「できる人間の方が少ないと思うよ」 「あはっ!  それもそうだわっ!」 セイランダは普通に少女だった。 あの恐ろしいダイゾのはずがないと誰もが思うだろう。 そしてセイラとの違いに気づいた。 「あ、ほくろがあるんだ」 「これってね、希望って書いてるんだってっ!!」 ―― 猛獣に希望って… ―― と思いながらも、何気なくだがランスは納得したように感じた。 確かに弱い動物を襲うだろうが人間のように乱獲はしない。 無駄な命を奪わない。 誰がどれほど強くなろうともダイゾには勝てない。 こういった理由のある希望なのではないかと感じた。 「あ、ほくろだけど、じっくりと見ていいかな?」 「うんっ!  いいよっ!!」 ランスはほくろを凝視した。 そしてすぐに、『希望』と言う文字… と言うよりも記号のようなものが見えた。 「ああ、ありがとう。  確かに希望って読めたよ」 「えーっ?!  読める人だったんだぁーっ!!」 セイランダはランスをプールに誘い始めた。 これはどう考えてもおかしいとランスは否定したが、セイランダはついにダイゾに変身して、わしづかみにしてランスをプールに投げ込んだ。 ―― とんでもないなっ!! ―― とランスは思ったが、思っただけだった。 まずは足をいたわることにした。 そしてその様子をセイランダが確認してしまったようで、かなり強引にプールからランスを放り出した。 ―― 今度は何だろ… 洗ったから食う… ―― ランスの背中に冷たいものが走った。 セイランダもプールから上がって変身を解いた。 「足、怪我していたのね…  ごめんなさい…」 「いや、わかってくれたのならいいよ。  何か拭くものないかな…  あ、いいよ。  風呂に行ってくるから」 「あ、私が」 セイランダはまたダイゾに変身してランスを抱え上げ、『キンッ! ギリッ』と嫌な爪音を鳴らしなから、訓練場にいる者たちに恐怖を植え付けて外に出た。 「嫌な音だが、耐えられるな」 言葉が通じたのか、ダイゾは少し弾むように歩き始め、『ガキッ! ゴリ』と嫌な牙鳴りが聞こえた。 「ああ、これの方がやっぱり、食われている感満載だな…  そういった意味で怖いな…」 だがランスは特に嫌がってはいないので、ダイゾの機嫌はいいままだ。 家の玄関に入って勝手知ったる我が家のようにダイゾは上がりこんだ。 そしてぐるりと廊下を回って、ダイゾはランスを廊下に下ろしてからダイゾはセイランダの姿に戻った。 「楽に移動できたよ。  どうもありがとう、セイランダちゃん」 「うふふっ!  いいのっ!!」 ランスは脱衣所に入って、着替えを忘れたと思ったが、バスタオルで廊下をうろつこうと思い、服を脱いで浴室に入った。 「ここが男湯なんだぁー…」 「なんでぇーっ!!」 セイランダがいたことにランスはかなり驚いたようだ。 「男湯に入ってきちゃダメだよ…  襲われちゃうぞぉー…」 ランスは蓮迦に言ったことと同じようなことを言った。 「あははっ!  大丈夫っ!  襲われたら食べちゃうっ!!」 ―― うっ! 現実になりそうだから冗談でもしない… ―― とランスは念じるように思った。 ランスはかけ湯をして湯船に浸かった。 するとセイランダはダイゾに変身して、湯船に浸かってきた。 ランスと同じような姿勢のダイゾがいることに、ランスはこのダイゾに親近感を持った。 だがこれは、―― セイランダだからだっ! ―― と強く念じておいた。 全てのダイゾがこうであるはずがないのだ。 ランスが動かないからなのかダイゾも動かない。 だが違うとランスは思った。 ダイゾは目を閉じていたからだ。 癒されていることがわかってるように感じる。 もっとも人間よりも動物の方がこういったことには敏感だとも思い、ランスは納得した。 長湯は禁物と思い、かなりリフレッシュして湯船を立つと、ダイゾも立ってきてセイランダに変わった。 ふたりして脱衣所に移動してセイランダと体を拭きあってから、ランスは腰にバスタオルを巻いて外に出た。 「あ、オレの部屋に行くから。  着替えがないんだよ」 「あ、そうだった…」 セイランダはかわいらしく少しだけ舌を出した。 すぐ近くにある階段を上って、ランスは難なく自分の部屋にたどり着いた。 部屋に入って下着と服を着て外に出た。 足の具合を確認したが、走れるほどにはなっているようだと感じた。 リビングまで移動すると、結城がソファーに座って待っていた。 「不純異性交遊?」 「わかってて言ってんじゃねえぞ」 ランスはごく普通に言った。 結城も訓練場にいたので、何があったのかは知っていたはずだ。 「だが、セイランダがプールに誘ったのはランスが初めてじゃないのかい?  …ああ、もちろんオレとセイラは誘っているが。  理由、あるのかな?」 結城はセイランダに聞いた。 セイランダはかなり恥ずかしそうな顔をしてランスを見ている。 「襲って欲しかった…」 ランスは今言ったセイランダの言葉は意味不明だった。 もちろん結城も怪訝そうな顔をしている。 「襲ってくれたらね、食べちゃったのに…」 これは物理的に食べたかったと言うことでいいのだろうかと、ランスはかなり深く考えた。 「ランスは人間で動物だが食べてはいけない」 結城は普通に言ったが、どうやら違うようで、何度も横に首を振っている。 セイランダはさらに恥ずかしそうな顔をランスに向けた。 「お母さんがね、ぱっくりとくわえる込むことを食べるって…」 「…あんのやろう、なに考えてんだ…」 ランスは猛烈に怒り狂った。 「あ、待ってくれ、ランス」 結城は外に出て行こうとしたランスを止めた。 「今のはセイラが言ったわけじゃなく、  セイラの思考…  考えていたことを読んだんだよね?」 結城が言うと、セイランダは満面の笑みを結城とランスに向けた。 「あはは…  うん、そうなのっ!  私もね、できるようになったのっ!!」 結城はさらに困った顔をした。 もちろんランスもだ。 「あの淫乱女、死刑だな…」 ランスが言うと、結城は大いに笑った。 「オレから伝える。  これでセイラも多少は心を入れ替えるはずだからな。  だがな、さらに困った問題があるよな」 「…まっ まあな…  断ったら、マジ物理的に食われるとか…」 結城とランスで恐る恐る、ランスには今つきあっている者がいると言うと、セイランダは、「食べちゃうっ!」と言ったので止めた。 もちろんセイランダが食べるのは蓮迦だ。 最終的には、結城がダイゾに変身して言い聞かせをして、なんとかランスのことは諦めたようだ。 「宇宙最強の動物から求愛を受けた…  その相手であるランスは宇宙最強」 「棒読みだが、最高に高揚感が上がったぜっ!!」 結城の少々投げやりな言葉にもランスは高揚感を上げてゆっくりと仕舞い込んだ。 ランスはここで少々気づいて、高揚感などを用いて足の強化を施した。 痛くはないが気になるので、不安を残したくないだけだった。 ほんのわずかなものなのだが、今からでも組み手ができると思えるほどに安心感を得た。 しかし調子に乗るわけには行かない。 ゆっくりと歩いて訓練場を通り過ぎようとすると、「どこ行くのよ」と言ってセイラが声をかけてきた。 ランスは、―― 本当のことを言えばいい ―ー と思いながら、「腹が減ったから飯」とぞんざいに言った。 すると、かなり強引な気持ちがランスに流れて来たとたんに、結城とセイランダが同時にセイラを止めた。 「一体、なによ…」 セイラは当然のごとく猛者だ。 相手の体調がわからないはずはない。 だが、今のランスは誰が見ても正常なのだ。 結城が経緯を全て話すと、セイラはまた落ち込んだ。 「おまえ落ち込みすぎ。  その性格何とかした方がいいんじゃねえの?  ああ、覇王さん、ここなら…」 結城はランスの言った、「覇王さん」に目をむいて怒り出そうとしたがここは堪えて、ほかに誰もいないこの場で、セイランダが心を読めることを話すと、セイラはさらに落ち込んだ。 「いい加減にしろよ。  本当にメンタルが弱い…  それ、どうなってるんだ?」 結城は少し笑いながら言った。 「なっちゃうんだもん、仕方ないじゃないっ!!」 「そして八つ当たりか」 結城が言うとさらに落ち込んだ。 「ランス、無理にとは言わないが、いい方法ないか?」 ランスはほんの少しだけ考えたが名案は浮かばない。 よって、確認だけしようと思ったようだ。 「メンタルが一番強い人って…」 ランスが言うと結城は笑みを浮かべて、「ゼンドラドさん」と言ったのでランスはさらに考え始めた。 セイラはゼンドラドに免許皆伝を受けている。 それ以上となると、ランスには突破口を見出せない。 「猛者以外で…」 ランスがつぶやくように言うと、結城も考え始めた。 「幼稚園の子供たち。  かなり悲惨な目にあっていたはずだぞ」 「じゃ、聞くことが修行と言うことで。  全員から聞き取り調査。  下位クラスの生徒たちにも聞いた方がいいね。  …あ、だけどなぁー…  ああ、ダメだな。  かなりかわいそうだ」 ランスは言ったが全てを打ち消した。 結城はランスの気持ちがよくわかった。 セイラも当然どういうことなのかを気づいたようだ。 「だけど、戦場にも出ていて、オレなんかよりも百戦錬磨だろ?  何か教訓になること、きっとあったはずなんだがな。  その前に、セイラの中にいる人たちを出して解決。  今のままの修行でいいのかなぁー…  これしかないと思うんだけど、能力を半分にして…」 ランスがつぶやくように言うとセイラは、「うっ!」と言って半歩引いた。 「なんだよ、言ってなかったのかよ?」 ランスは結城をにらみつけた。 「いつになったらするんだろうなぁーと思っていたんだが、結局していないな」 結城が苦笑いを浮かべると、セイラはさらに落ち込んだ。 「人のことは言えねえが、怪我するんじゃねえぞ」 セイラはランスを上目使いで見てきた。 「…うん、そうするの…」 セイラはかなりの恋愛感情を乗せて言ってきた。 これはマズいと感じたランスは、「色目使うんじゃねえっ! この淫乱女がっ!」と言ってさらに落ち込ませた。 「ああ、これもいいかもな。  淫乱女といい続ける。  だがこれはオレにも罰が与えられる。  いいようのない後ろめたさ。  またルオウさんに頭を下げなきゃなんね…  …だがな、おめえが落ち込むたびに誰かが困ってんだ。  人に迷惑かけてんじゃねえ」 ランスが言うと、結城はまた困った顔を見せた。 「なんだよ。  これも気づかせようとしていたのかよ…」 結城は苦笑いを浮かべただけだ。 結城はセイラに顔を向けた。 「ランスはセイラのことを親身に考えてくれているが、勘違いをするな。  ランスはみんなのことを思って言ってくれているんだ。  セイラに向けての感情、愛情はひと欠片もない。  そのことだけは理解しろ」 セイラは唇をかんでから、「…わかったわ…」と言って、気功術で自身の能力を半分にした。 そして振り返って、猛者の群れにまぎれていった。 ランスがふと見ると、セイランダがしゃがんで頭を押さえていた。 「どうしたんだ?  話が難し過ぎたのか?」 ランスが言うとセイランダは、「失恋…」とだけ言った。 セイランダはセイラの思考だけを読み続けていたようだ。 「頭が痛くなるほど思考を読むんじゃねえ。  セイランダちゃんが辛くなるだけだろ…」 「うん、やめるの…  でもお母さん、かわいそうだなぁー…」 「それはオレもわかるけどな。  みんなを満足させることも難しいんだよ。  誰かが少しずつ我慢をしなきゃ、一緒に暮らせないんだ。  それがイヤならひとりで暮らすしかないんだよ。  セイランダちゃんはできないよな?」 セイランダは幼児がするようなしぐさで、首を何度も横に振った。 「もう、ひとりはイヤなの…」 「だったら何かを我慢しなきゃなんね。  だから誰かに話せ。  あの男の子…」 ランスが言うと結城が、「タレントだ」と名前を言った。 「そのタレント君に話せばいい。  タレント君だって大人の知り合いはいるんだろ?  きっと、セイランダちゃんの悩みも聞いてくれるはずだ」 セイランダは上目使いでランスを見た。 まるでセイラと同じ顔だったことにランスは少し笑った。 「オレはまだまだ未熟だからな。  セイランダちゃんと大してかわんねえからあまり相談には乗れねえな」 「そんなことないもん…」 「だがな、こうやって明日時間を取れるとはかぎんねえんだ。  だから約束もできねえ。  それに、蓮迦の相手もしてやりてえから、  ここは我慢してくれないかな?」 「…蓮迦ちゃん、食べちゃう…」 結城がまたいい聞かせをして、セイランダはここで始めていい気かせをすると言うことを覚えたようだ。 ランスは結城とともに城の店に行った。 ランスはメリスンへのいつもの儀式を終えて、カウンター席に座った。 「セイランダちゃんって、ほかの星に住んでるのか?」 「うっ!!」と結城がわかりやすく言葉をつまらせた。 ランスはかなり考えた。 その間結城は知らん振りを決め込んでいる。 「覇王がセイランダちゃんをどこからか連れて来た。  あんたのせいなんじゃねえの?」 「いいな、大正解だ」と結城はランスをほめた。 「全然うれしくねえ…  言い訳、聞いてやるよ、デクの棒…」 結城はセイランダを夢見から連れ帰ったことをランスに話した。 セイランダも、神の一族の関係者だと知っての行為だった。 「…ああ、希望か…」 ランスは結城を責めずに、そのことだけを気にかけたようだ。 「強ええ動物は必要だと思う。  間違った人間を懲らしめるためにな」 「オレもそうだと思っていた。  だから希望の二文字をセイラが託したんだと思うぞ。  宇宙最強の生物であるダイゾに生殖能力はない。  だから恋もしないと思っていたんだ。  だがセイランダはオレを父と呼び、セイラを母と呼ぶ。  これも間違っていたのかもしれないんだけどな」 「ふたりともしっかりしてねえから子供が迷ってんじゃねえの?」 結城は胸を押さえつけた。 ランスは冷ややかな目で結城を見ている。 これは仏のリバウンド。 純粋に罰や後ろめたさで胸に痛みを覚える。 ランスはこれも知っていた。 「強ええからこそ慕われるが、それを背負わなきゃなんねえからつれえよな…」 ランスの言葉が、結城の胸の痛みを和らげた。 「変わってくんない?」 結城はお気軽な言葉をランスに投げかけた。 「今のオレにできるわけねえだろっ!  少しは考えてからものを言えっ!!」 「はいはいっ!  もうお説教はいいからたくさん食べてねっ!!」 メリスンがたくさんの料理をカウンターに並べ始めた。 「今日もきっとうまいはずですっ!  いただきますっ!!」 ランスが最高級のほめ言葉をメリスンに言った。 「何かの計算か?」 結城が言ったがランスは無視した。 だがメリスンは悪魔に変身して、結城をにらみつけた。 「…気分を害することを言ってんじゃねえぞ…  …そういえば、水も石になったぞ」 結城は背筋を伸ばして、「いただきます」と言ってからお祈りを始めて、全宇宙が平和でありますようにと願った。 「ああ、そうだそれです、メリスンさんっ!」 「おお、なんだランス。  いいぞ言ってみろっ!!」 「はい。  錬金術と石化魔法って似てますけど…」 メリスンは満面の笑みをランスに向けて、何度も大きくうなづいていた。 「デス系はな、ほとんどが錬金術の応用だぁー  変えるもの全てを石にしているだけ。  別の術だが水に変えることもできる。  凍らせる術もある。  お手軽だが、通常は生物にはかからんはずなんだ。  だが、オレはそれができる。  その理由はオレも知らんがなっ!!」 「はっ!  貴重なお話し、ありがとうございましたっ!」 悪魔のメリスンは満面の笑みをランスに向けて、「おかわりは?」と、いつもよりも高い声で言った。
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