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第五夢 正しい心の悪
猛烈と言っていいほどの反応を見据えながら、ランスと細田は先頭を歩いている。
「あ、マックス以外は帰って。
今すぐに」
ランスは殺気を感じていた。
まだ巨大な悪までは5キロ以上ある。
動き始めて逃げたとしても追いつかれることはないだろう。
「さっさと逃げろっ!!」
ランスは前方に巨大な闘気を放った。
ランスの仲間たちは一斉にあわてて引き返して行った。
モニターを見ると、悪の気配が消えているように見えたが、しかしそれはすでにランスの目の前数センチの場所にいた。
今にもランスは悪に取り込まれそうだ。
「すっげえはええんだね、あんた」
ランスは黒い影を見上げて言った。
黒い影はランスを食らわんとばかり、ゆっくりと大きくなっているように見える。
ランスは気づいている。
大きくなっているわけではなく、全体的に上方へと移動しているだけだ。
ランスはどうするか思案した。
あまり攻撃的なことはしたくないのだが、どうやらランスの仲間の後を追おうとしているようだ。
そのついでに、ランスを確認しておこうとランスのまとっている今の闘気を避けているようだ。
「みんなが外に出るまで間にあわねえ…
さて、こいつどうしてやろうか…」
このままでは追いつかれてしまうので、仕方なくランスは少しずつその身を上昇させた。
すると悪の動きが止まって今度は下に移動を始めた。
「あんた、横に移動すればいいじゃん。
何でオレの上下を抜こうとするの?」
ランスが言うとそうすることにしたようで、ゆっくりと左に移動した。
「あ、結界が張られました。
全員外に出たようです」
細田が言うと、ランスはほっと胸をなでおろした。
それと同時に、悪は動きを止めた。
「カノン、いたっけかな?」
ランスは無防備にマキシミリアンに首を振った。
「ああ、いたぞ。
娘に対して妙な気を起こしたかこいつ…」
マキシミリアンは黒い物体をにらみつけている。
「そうだと思ったんだけど、どうなんだろうなぁー…
あんたって、案外融通きかねえのな。
マックスはきちんと人型をとって話しをしたそうだぜ」
黒い物体はうねうねと動いて、ランスによく似た姿になった。
「それ、オレじゃあねえかよ。
おまえ自身になれよ」
黒い物体はピクリとも動かなくなった。
ランスは頭だけ細田に向けた。
「細田さん、こいつどうやってオレに来いって意思を伝えてきたんです?」
「ここから10キロ先にメダルで、『ランス』と書いてあってこの人がいたんだよ。
どうやらわざわざ悪討伐までしたようなんだよね」
「なるほど…
こいつの目は見えている
だがまだ成長しきってねえ。
よって表現が難しい。
だが、記憶などは持っている。
最近の記憶もだ。
…麗子さんにメダルを吸収させた方がよさそうですね。
そうすれば、コイツも成長すると思います。
極力ゆっくりと」
「わかったよ。
覇王君に伝えるから」
早速麗子にメダルが吸収され始めたようで、黒い物体の形が人型になり始めた。
まだまだ不安定だが女性のように見える。
数分後、ランスはどれほどメダルを吸収させたのか聞くと、100万枚を越えたと返事があった。
「まだ5箱ほどある。
きっとそろそろ安定すると思うんだが…」
ランスの予想は大当たりで、ほぼ麗子のシルエットのように悪が変形した。
「あ、メダルの吸収をゆっくりと」
ランスが言うと細田は結城に連絡した。
「話せます?」
「話しちゃいけないのかと思っていたの」
ランスは少し笑った。
「細田さん、もういいようです」
細田は笑みを浮かべてランスを見てから結城に連絡をいれた。
「麗子さん、覚えてますか。
ほんの数十分だけ、オレと麗子さんはある関係があったんですけど」
「師匠と弟子ね。
自分自身が悪いのに弟子に当たるなんて最低だわ」
ランスは笑いたいところを堪えたが、「今のところ笑っても怒りません?」と聞くと、「私が笑われているわけじゃないから構わないわ」と答えたのでランスは笑った。
「あなたの方が優秀に感じますけど、
本体の麗子さんもかなり優秀になったと思います。
あなたから感じてどうでしょうか?」
「まだまだね。
できれば私は私で生きてみたいんだけど…
その方法もあるようね」
「はあ、あるんですけどね…
できれば元に戻って欲しいんですよ。
でもね、すぐにとはいいません。
あなたが納得してからでいいと思います。
そして、麗子さんと話もしてみてください。
色々と考えることがあると思うんですよ」
「私は麗子に捨てられた存在。
どうせまた捨てるんでしょうからもう戻りたくないわ」
「ああ、その件ですけどね。
まだオレにはよくわからないのですが解決したかもしれないんです。
その辺りも確認して欲しいんですよ。
オレがとやかく言うよりも、直接話していただいた方がわかりやすいはずです。
そしてあやふやなことを言ったら怒ってください。
特に、結城覇王」
ランスがいい終わると、細田が大笑いを始めた。
それにつられて、マキシミリアンも顔を下に向けて肩を揺らしている。
「あなた、すごいのね。
私が覇王が好きなことを知っているのに」
少々不穏な畏れがランスを襲ったが、ランスは抵抗することなくその畏れを高揚感ポケットに収めた。
「すげえ優柔不断ですよ。
あなたが好きになった結城覇王…
セイントとは別人かもしれません。
それも確認して欲しいんですよ」
「それほどまでに…
わかったわ。
私が見て聴いて判断した方がよさそうね」
「あ、その時にですね。
できれば暴れて欲しくないんです。
人間は弱いですから。
あなたほど強い者はいません。
できれば、弱い者イジメはして欲しくないんです」
「それもわかったわ。
でもね、腹が立ったらどうしましょ?」
「今のところは極力抑えて欲しいんですよ。
難しいかもしれませんけど…」
「いいわ。
あなたのために我慢しましょう。
ここから出る手立てを」
ランスは細田にバトンタッチしてまずは十分に説明してから、そのシミュレートを見せて、納得してもらってから機械の体に入り込んでもらった。
「あら?
壊れないのね?」
ランスは大声で笑った。
「壊れそうでも壊さないでくださいね。
あなたが死んでしまいますから」
「そうね、それだけはしっかりと守るわ。
覇王を気に入らなかったら、私のパートナーっていないのよね?
それってすごくさびしいんだけど…」
「ああ、ここにいますよ。
今のあなたほどではありませんけど」
ランスはマキシミリアンを丁重に悪の麗子に差し出した。
「おいおい…」
「嫌がってるじゃない…
でも、覇王に似てるし、いいかもしれないわね。
それに、なかなか強いじゃない。
あなたでいいかもしれないわ」
「あ、今は決めないでください。
まずは、結城覇王に会ってからです」
悪の麗子は納得したようで、ランスたちとともにトンネルまで移動した。
結城がすぐさま結界を解いた。
「そっくりさんが三人になったな…」
結城が言うとランスが、「そんなこたあどうでもいいだろっがぁー…」とランスの持つ全ての闘気を放った。
結城は簡単に寝てしまった。
「おいおい…」
ランスもマキシミリアンもかなり困ってしまったようだ。
ランスは悪の麗子に申し訳なさそうな顔を向けた。
「こんなおちゃらけたやつなんですよ。
あなたの知っているセイントはもういません。
その理由があって、転生すると弱くなってしまうんです」
「あなたが一番強いじゃない」
「今の強さはあなたの強さでしたから。
さっき一度だけ殺気に似た闘気を放ったでしょ?
それを溜め込んでいたのでそれをこいつに浴びせたんですよ。
ですので純粋にオレの強さというわけではないのです」
「…そう。
十分に理解できたわ。
だけど、あなたが強いことには変わりないわよね?」
「そうですね。
あなたをエネルギータンクにすれば、
あなたとオレは時間制限はありますが同等の力で戦えます。
そういった意味では強いかもしれません」
「困らせちゃったようだから、これくらいにしておくわ。
あなたは勇者だから永遠の時間がある。
急ぐ必要もなさそうだし。
だけど覇王…
セイントには興味がなくなっちゃったかも…」
「今はそれで構いません。
食事とか、どうですか?
味などもきちんとわかりますよ」
「いいわね。
行きましょう。
…説得、お上手ね」
悪の麗子が言うと、ランスは苦笑いを浮かべた。
そして今のところは、マキシミリアンにエスコートさせて腕を組ませている。
ランスたちは城の一階の店に来た。
「あら?
麗子さん、すっごく強いわね」
「あなたもね。
私、あなたと添い遂げようかしら…」
メリスンと悪の麗子は意気投合したようで、ランスはほっと胸をなでおろした。
麗子と結城たちも店に入ってきた。
「てめえ、気合入れねえと強制的に転生させるぞ…」
ランスは結城をにらみつけて言った。
「そうならないように努力する」
結城はあまり見せない真剣な顔をしている。
ぴりぴりとした空気が店内を覆っている。
「さあ、オレたちはいつも通りに。
緊張したいやつはしておけ」
ランスは言って、いつもの席に座った。
とは言ったものの、ランスも結城たちのことが気になる。
何かいい術はないかと探って、勇者の能力にある悪魔の地獄耳を発動して、マキシミリアンたちと今後の予定について話し合った。
「…機械の麗子さんは強力だな…
星ごと壊しそうだ」
ランスが言うと、「おいおい…」とマキシミリアンがかなり困った顔をしている。
「堂々としてくんねえと、友達解除。
絶交っていうやつ?」
「わかったよ…」
マキシミリアンは普段はしない苦笑いを浮かべた。
「オレはな、一度死んでるんだ。
結城さんに殺してくれと言った時にな。
だからどうなってもオレは後悔しない。
もう全てやり遂げた後だと思っているんだ。
オレはセイラの中にいる人たちとあまりかわんねえんだよ。
マックスだってそうだろ?」
「そうだ。
そういえばそうだったな…
オレはさらに堂々としておこう。
そういった意味でも、ランスとは分かり合える仲だったんだな」
マキシミリアンは友に向ける笑みをランスに向けた。
ランスたちは夕食を済ませたが、大人たちはまだ眠らないようだ。
ランスは蓮迦を誘って夜のデートを楽しもうと、小さな遊園地に行った。
照明機材などもあるので、ごく普通に楽しめる。
小さな蓮迦はいつもよりもはじけんばかりの笑顔をランスに向けている。
しかし今はどう見ても仲のいい兄と妹だ。
すると、黒い影がいきなりランスに飛んできた。
ランスは気合を入れずにやわらかく受け止めた。
「なんだよ。
もう寝る時間だろ、魔王」
「遊びたいんだっ!」
魔王は満面の笑みをランスに向けた。
「まあ、オレはいいんだけどな…」
ランスは蓮迦を気にしたが、蓮迦は快く魔王を受け入れて、魔王の妹のチェニーを抱き上げた。
「もう眠いんだろ、チェニー」
「お兄ちゃんと一緒に…」
チェニーはついに睡魔に勝てず、ランスの腕の中で眠ってしまった。
「大人の話は長引いているようだな…
今日は天使の夢見に参加しようか。
蓮迦、魔王、帰るぞ。
チェニーが寝たからみんなも寝るんだ」
ランスが言うと素直に言うことを聞くようで、魔王は眠っているチェニーをランスから受け取って抱きしめた。
「いいお兄ちゃんだ」
ランスが言うと、魔王は満面の笑みを向けた。
住居のリビングにみんなで雑魚寝した。
もう天使たちは眠っている。
純粋な天使と堕天使はフィンとティロル、そしてアリスだ。
フィンとティロルは、結城とセイラが夢身から連れ帰ってきた堕天使で、アリスは御座成功太の世界から単身やってきた天使だ。
ほかの天使モドキは結城と悦子の娘の青空。
あとは蓮迦の友達の美奈世と皐月。
このふたりは夕方からこの星にやってくる。
そしてトンネル内で天使修行をしている、人間で大人の変り種天使だ。
早百合も時々天使姿のことはある。
天使服は強烈だなと、ランスが思っていたところで夢に移行した。
「うっ!
子供になった…」
ランスはどう考えても子供だった。
それは視界。
地面がやけに近いのだ。
その地面は芝で覆われている。
そして辺りを見回すと、見覚えのある高い山がある。
その山肌は美しく、五合目までは緑で覆われている。
頂上付近には万年雪があるようで、妙に幻想的な山だった。
標高は3000メートル以上はあるだろうと、ランスは思った。
「いつもここなの?」
ランスは手をつないでいる蓮迦に聞いた。
「うん、そうなのっ!」
ランスの顔は赤くなったという自覚があった。
ランスは蓮迦に恋をしてしまったようだ。
目の前には山小屋がある。
「あそこって…」
「行こうよっ!!」
蓮迦はランスの手を引っ張って走った。
木造の、お世辞にも立派なものではないが、なぜだか神の息吹をランスは感じた。
玄関に入るとすぐにリビングだった。
人が住んでいる形跡がある。
天使の夢見だが、こんなことがあるんだろうかと、ランスは怪訝に思った。
「あら、いらっしゃい」
―― うっ! イザーニャ先生っ!! ――
ランスは驚きのあまり一歩引いた。
幼稚園と児童保護施設の職員であるイザーニャが顔を見せたのだ。
「先生、まさかだけどここに住んでるの?」
ランスが言うと、イザーニャは、「おほほほほ」と笑い、「設定上はそう」と、興ざめするようなことを言った・
「ここって、現実世界でも同じ場所がありますよね?」
「ええ、あるわよ。
このイルニー国の北にある山すそよ。
とってもきれいな場所だから、夢見に使わせてもらってるの」
―― と言うことは、イザーニャ先生に誘われたようなもの… ―― などとランスは考えたようだ。
「巌剛先生は…」
「おほほほ…」
イザーニャは意味ありげな笑い声を上げた。
そしてランスは見つけた。
イザーニャの足にしがみついている子供が巌剛だったのだ。
「何をやってるんですか…」
ランスが言うと、蓮迦が巌剛の手を取った。
「あ、浮気…」
「あはははは」
蓮迦は意味ありげに笑ったが、巌剛の手を放すことはなかった。
ランスはおかしいと感じた。
体は小さいのだが、子供の考え、子供の心をあまり持っていないのではないかと感じたのだ。
確かに、ランスは子供でいたいはずだったか物心ついた時にはもうすでに能力者だった。
遊ぶことは能力を使うこと。
楽しんでもいただろうが、辛いことの方が多かったはずだ。
―― 楽しみながら能力を使おうっ! ――
ここにはおあつらえ向きの人形などがたくさんある。
ランスは持てる力を全て発揮して、人形を操った。
それを見た蓮迦が外に飛び出してみんなを呼んでいる。
巌剛は信じられないのもを見たように、口を半開きにしている。
大勢の天使たちが集まって、動物園のようにぬいぐるみなどを操った。
ランスは、今は楽しいと思っている。
子供の心にはなれないが、楽しければそれでいいと思ったようだ。
気づくと蓮迦を抱いていたことに気づいた。
天使姿なのでいいだろうと思っておくことにした。
背中には柔らかいクッション。
どうやら夢から目覚めたようだとランスは思った。
朝のようだがまだ早い。
しかし、身支度をしてから、訓練場に行った。
爽太がもう基礎体力訓練をしていた。
「早いですね」
「あ、おはよう、ランス君」
「おはようございます。
いつもこの時間なのですか?」
「大体そうだね。
ボクは天使の夢見派だからね。
比較的あっさりと終わるんだ。
でも、気分爽快だよ」
「今日はオレも家のリビングで天使の夢見に。
イザーニャさんだけが大人の姿でした」
爽太は少し笑った。
「あ、ハイビームの訓練始めようか」
「はい、よろしくお願いします」
ランスはかなり楽しみにしていたはずなのだが、平常心だったことに驚いている。
「どうしてよろこばないの?」
「それが不思議です。
オレ、気づいたんですよ、夢見で…
体は小さくなったんですけど、心は今のままでした」
「うーん…
いいたくないんだけどね、師匠もそうだったんだよねぇー…」
爽太が言いたくなかった理由は、ランスが嫌悪感を見せると思ったからだ。
だがそれはなく、ランスは平常心だった。
「だけど克服した。
そして、今のように優柔不断になってしまったのかもしれない…」
「ううっ!!
その通りかもしれないっ!!」
ランスと爽太は笑いあった。
「だけどそれは正しいことだったのかもしれない。
ただただ、オレが厳しすぎるだけ。
だけど今の局面は、厳しいことこそ自然…」
「それもその通り。
甘い顔を見せると、悪の麗子さんに簡単にやられちゃう。
切り替えが重要…」
「多分ですけど…
オレが寝かしつけた時点で切り替えていたと思います。
もう子供心を持った結城さんはいないような気がしますね。
今は結城さんとも、気があうと思いますよ」
ランスが言うと爽太は笑みをランスに向けた。
ハイビームの訓練は、まずは爽太を使って体験することから始まる。
手本を見せると、素質によっては爽太を使わなくてもすぐに使えるようになる。
ランスはまずは体験した。
集中し、イメージし、そして放つだけ。
爽太を使えば簡単なことだった。
勇者はほとんどの者が高いイメージ力を持っている。
そうでないと、サイコキネッシスを使うことは不可能だからだ。
重要になってくるのは集中力。
さらには己の肉体が持つ体力と精神力を弾として込める。
ランスの場合、高揚感ポケットの高揚感などをエネルギーにすることも可能なはずだ。
ふたりは一旦休憩することにした。
ランスの頭の中を整理するためだ。
「高揚感ポケットの中身を使う場合は、白のハイビームにならないと思う。
悪霊や悪を浄化できる強い闘気が練りこまれるはずだから。
これって、かなり便利な武器になるね」
「ああ、細田さんの造った、例の銃…」
ランスが言うと爽太は笑顔を向けた。
「そう。
どんな悪でも即降参だよ。
だけどね、ハイビームのような強いものは撃っちゃダメだよ。
簡単に死んじゃう。
イメージ的には、素早く柔らかい感じ。
風船と弾丸の中間…
かなり矛盾してるけど、誰にもできないことだと思う。
そんな訓練、見たことないし、
ボクだってできるとは思わないけど、やらなきゃいけない気もするね」
ランスは何度もうなづいた。
「それに、別に悪相手じゃなくても、
普通の人間でも悪魔でも天使でも、殺さずに脅すことが可能だよ。
暴力には変わりないんだけど、かなり平和的に解決できるって思うから」
「細田さんの銃を体に埋め込むイメージだけど、平和利用には大いに役に立つ」
「そう。
それにはふたつの意味があるよ」
爽太は言葉を止めた。
ランスはすぐさま考えた。
「…ああ…
暴力的なものの抑制と、改心…」
爽太は笑顔でランスを見た。
「そうだね。
今までにね、誰にもできなかった、画期的な平和をつかむ武器となるんだよ」
ランスにいいようのない高揚感が沸いたので、高揚感ポケットに収めた。
これを弾丸にして飛ばす。
「…ああ、イヤなことを思いついてしまいました…」
「あははっ!
ランス君はやっぱり優しいねぇー…
でもね、必要になることだから、今すぐにボクも協力しよう。
安全な弾丸を放つ修行。
あ、だけど、本題が先だよ。
ハイビームを使いこなさないと、宇宙空間では戦えないから」
ランスはひとつ思いついた。
「敵の船に、エネルギー状のものをぶつけた場合…」
「あははっ!
改心しちゃうかもねっ!!
でもね、シールド張られていると無効化しちゃうと思う。
できれば素通りしてもらいたいんだけど…
でもね、反射じゃない場合、多少は効くと思うんだよ。
反射は今のところボクたちしか持っていないから。
これは細田さんの技術なんだよ」
ランスは何度もうなづいた。
「細田先生、やっぱすげぇーっ!」
ランスと爽太は時間を忘れ、訓練に集中した。
ランスがふらふらになったところで、まだ朝食を食べていないことに気づいた。
「食事に行こうっ!
エネルギー充填だっ!」
「オッスッ!!」
ふたりが訓練場を出ると、セイラたちにばったりとでくわした。
早速セイラとカノンが、絡みつくようにランスを挟み込んだ。
まるでごろつきがうまそうなエサに飛びついたように見える。
だが素早くまずはダフィーがランスを守った。
そして、サヤカと早百合がセイラとカノンを見据えた。
「あはは、みんなありがと。
三人はボクにとって日常生活の盾だ。
敵のふたりは、さらによく考えて欲しいね」
ランスに敵と言われて、セイラもカノンも一瞬憤慨したが、ランスの邪魔にしかなっていないことに気づき、反省を始めた。
「言葉が優しい…
これも考えなきゃいけないなぁー…
セイラとカノンには敵意ではなく、しつけるような感覚で…」
ランスが言うと、ダフィーと早百合がセイラとカノンに敵意を向けた。
「仲間割れは好まないからね。
今まで通りを維持する必要もあるよ。
だけど、大きなケンカをすることも、成長につながるかもしれない。
そうすればさらに仲良くなれるかもしれない。
今の場合、セイラとカノンが悪いと思うから、大いに攻撃していいと思う。
それで壊れる程度の友情だったら、
薄っぺらいものだったって確認することができるからね。
あとはみんなに任せるから。
いってらっしゃい」
「ああっ!!
仏様がいらしたわっ!!」
サヤカが芝居っぽく言って早百合が、「うっ! その通り…」と言って絶句した。
「オレはそんな高尚な存在じゃないよ。
だけど、そう思ってくれるのならそれでいいよ。
否定はしないよ。
否定は後ろ向きになるだけだ。
まずは肯定して、前向きに考える。
そうした方が先に進めるからね。
停滞は諦めを生むかもしれない。
諦めも後ろ向きだ。
そうならないように、充実した日常生活を送ることが重要だと思うんだ」
「はいっ!
仏陀様っ!!」
サヤカがいい声で叫んでから、四人を学校に誘い始めた。
「自然に出ていることが一番いいことだと思うんだ。
悪の麗子さんに攻撃しないで諭せる可能性も出てきたよね」
爽太が笑顔でランスを見上げた。
「はい、それが一番うれしいかもしれません」
爽太とランスは城の一階に足を踏み入れた。
ここは精神的な戦場だったはずだとランスはすぐに気づいた。
「何事も程々。
だけど今回の場合、そうも言っていられなかった」
ランスは機械の体を持った悪の麗子に歩み寄った。
「何が気に入らないんですか?
あ、その前に食事をさせてください。
腹ペコなんですよ」
悪の麗子は少し拍子抜けしたようで、苦笑いを浮かべた。
ここにいる大人たちは精細を失くしている。
メリスンですらかなり疲れきっている。
ゼンドラドとエラルレラのふたりだけが平然としていた。
「やはり長く生きると肝も据わる。
麗子さんはそれも気に入らない。
自分はこれほど強いのになぜ折れない。
それほどの存在だからに決まっています。
今は認めることが慣用。
だが、気に食わなければぶん殴る。
…まずはワンクッション置いた方がいい。
そうすれば無駄に人を殺さなくて済みます。
麗子さんは残虐行為は望んでいないはずです」
悪の麗子は何も言わなかった。
「ランス君ごめんね…
いつも通りの味じゃないかも…」
メリスンが申し訳なさそうに料理を持ってきた。
「いえ。
戦場で食べる食べ物に味はないと思っています。
味があれば、それはかなりうまいものだと思いますよ」
ランスがメリスンに言うとメリスンは、「そうかもね、たくさん食べてねっ!!」といきなり元気になった。
きっと、どんな料理を出してもメリスンのエネルギーにならなかったはずなのだ。
ランスはひと口、口に入れた。
「おっ!
うめえっ!!
おいしいですよ、メリスンさんっ!!」
ランスが満面の笑みで言うと、メリスンは一気に回復した。
そして、悪魔のメリスンに変わった。
「おまえら、風呂に行って来い。
少しはしゃきっとするからなぁー…」
結城たちは苦笑いを浮かべて、メリスンの指示に従った。
ゼンドラドとエラルレラは残ったので、悪の麗子も好き放題するわけにはいかないようだ。
ランスは黙々と料理を食べ、ひと心地ついて、ゆっくりと食べ始めた。
「麗子さんも食べた方がいいですよ。
自然な笑みが出てきますから」
「ああ、そうしよう。
オレは、おまえだけを信じよう」
すると、ゼンドラドとエラルレラも席を立った。
そして、結城たちの後を追った。
「おまえを信じてよかったと思ったな」
「ああ、床にメダルでオレの名前を…」
「あのロボットは優秀だ。
武器を持っているのに使わない。
まさしく平和を感じたな」
「はい、敵ではないことを知っていましたから。
経験がなせる業だったと思いますよ」
「ああ、マキシミリアンか…
そうだったな…
それを忘れていた。
簡単なことだったのに思い出せなかった。
オレは未熟だと思ったな」
「さあ、食べてねっ!
口に合えばいいんだけど…」
元気になったメリスンは、声が1オクターブ上がっている。
「ランスがうまいと言っているからうまいに決まっているっ!!」
悪の麗子は豪語して、そして軽く料理をつまんで味見した。
「うんっ!
うまいっ!
うまいぞ、ランスッ!!」
悪の麗子は満面の笑みをランスに向けた。
「オレに言ってもそれを認めるだけです。
作った人に感謝を込めて言ってあげて下さい。
そうすれば、次の食事はさらにうまいものになるかもしれませんよ」
「うっ!
叱られた感覚…
メリスン、うまい料理を、ありがとう」
悪の麗子は叱られた子のように、途切れ途切れに言った。
「ほほほっ!
はい、本当にうれしいわっ!!」
メリスンはさらに高揚感をまとった。
「あ、ランス君、お願いがあるんだけど…」
爽太がランスに少し困った顔を向けた。
悪の麗子が、爽太をにらみつけた。
「爽太さんはオレの師匠ですから。
そして友達でもあります。
それほどにらんでもらっては困ります」
ランスが言うと麗子はランスに驚愕の顔を見せた。
「うっ!!
わかったぞっ!!
爽太、すまなかったな…
ああ、申し訳ないが、ランス…
またやってしまいそうなんだが…」
「にらむことだけはやめてください。
それを言葉でオレに伝えてください。
それ相応の言葉でオレが説明しますから。
それが人間というものです。
あなたはある意味神なので、
オレたちの生活にはなじめないと思いますけど、
強い者ほど弱い者を守るべきだと思っています。
そこは譲歩してもらって、少しだけ考えを曲げて欲しいんですよ」
「ああ、その程度なら何も問題ない。
オレの強さが、邪魔をしていたんだなぁー…」
「ある意味そうですけどね。
ですが腰が引けている方も悪いんですよ。
これは経験不足だと感じましたね。
だからこそ、
最後に出て行ったゼンドラドさんとエラルレラさんは強敵だと感じた。
そうですよね?」
「ああ、その通りだ…
テコでも動かん考え…
胸糞が悪かった…
今すぐに潰してやろうと思ったんだがな…
ゼンドラドの方もエラルレラの方も、オレと対して変わらんと思ったな」
「戦わなくて正解ですよ。
あなたは傷ついて、また暗い地獄に逆戻りしたはずですからね。
人に敵意を見せることは、あまりよくないことだと思いますよ」
「おう、理解したっ!
なんだ、ランスがいれば簡単なことだったじゃないかっ!!」
悪の麗子は大笑いした。
「ですけどね、オレは子供ですから。
大人の話しに首を突っ込むわけにはいかないんですよ。
どれほど強くてもね」
「おっ!
おおー…
それも理解したな…
…マ、ママ…
マキシミリアンのやつはどこに行ったんだ?」
悪の麗子は大いにマキシミリアンに興味があるようだ。
それに、本体の麗子と同じで、かなりわかりやすい性格のようだ。
「学校ですよ。
知ってますよね?」
「あ、ああそうか、学生か…」
麗子は少し落ち込んだ。
「昼休みは別の場所でうまい飯を食いますからあとで行きましょう」
「そっ!
そうかっ!!
…あ、無理にとは言わないからな…」
悪の麗子はかなり恥ずかしそうに、もじもじと身をねじり始めた。
「オレも昼食はそっちで摂ることにしていますから。
自然なことですよ」
「そうかっ!!
それはうれしいなぁー…」
悪の麗子は本当にうれしそうな顔をランスに見せている。
それとは反した顔の爽太がランスを見ていた。
「あ、ああ、お話しの続きを…」
「もうわかっちゃったって思うけどね、きちんと会話をするよ」
爽太が言うとランスは笑顔でうなづいた。
「ボクもランス君の戦士になりたいんだけど…」
「なんだとぉ―――っ!!」と言って、悪の麗子が一声叫んだ。
「麗子さんの話は後で聞きますから、
今はオレたちの話しを聞いておいてください」
悪の麗子はでしゃばってしまったと思って、叱られた子供のように背中を丸めた。
「姿勢は堂々と」
「おうっ!!」
悪の麗子はランスの言葉に従った。
メリスンは微笑ましそうな視線でふたりを見ている。
「爽太君の場合は少々答えあぐねてしまいますから、
順を追って説得に回ってください。
爽太君のいる場所が、いつも最強ですから」
「あははっ!
今はそれほど思わないよっ!
でも、順に説得してくるよ。
そうしないと、ランス君に迷惑をかけちゃうからね。
あっちの世界はダフィーちゃんを借りていいかな?」
「ええ、その方が確認も取りやすいですから。
ですけど…」
「あ、友梨さんは影のボスだから。
ここにいるから、先に言っておくけどね。
できれば言いたくないんだよねぇー…」
「はあ、納得しました。
オレはまだ話したことはありませんけど、
爽太君の話に食いつくと思いますね」
「あはは…
ゴメンね…」
「いえ、いいんです。
強い力はどれほどいても邪魔にはなりませんから。
でも学業と戦い、どっちを取るんでしょうか…
それも気になるところですね」
「戦う方に決まってるっ!!!
あっ…」
悪の麗子はすぐに口をつぐんで、申し訳なさそうな顔をランスに向けた。
ランスは今始めて気づいた。
セイランダがランスをプールに誘った感覚…
今の悪の麗子にもそれを感じているのだ。
「では爽太君の話は終わりです。
オレは受け入れますので、ほかを平和的に解決してください」
「あはは、そうするよ。
ありがとっ!!」
「オ、オレも参加する…
したいぃー…」
悪の麗子は小さな声で言うと、ランスは悪の麗子に顔を向けた。
「いいんですけどね…」
「いいのかっ!!
うおおおおおおおおおっ!!」
悪の麗子は高揚感に満たされている。
「人の話は最後まで聞いてください。
後で落ち込むことにも怒ることにもなってしまいますよ」
「うっ!!
…ダ、ダメな条件、とか…」
ランスは無言でうなづいた。
「学校の昼休みにきちんと説明しますから。
その時にもう一度答えを聞かせてください」
「何があろうともランスとともに戦うっ!!
…だが、条件がある…
今すぐに昼休みにしろっ!!
うっ!!
申し訳なかったっ!!!」
ついにメリスンが大爆笑した。
ランスも思わず笑ってしまったようだ。
悪の麗子は今までの話しを思い出して、ひとりだけで大反省した。
笑い終わったランスは、笑顔で悪の麗子を見た。
「それでいいと思いますよ。
まったく心に止めたものがなくストレートに伝わりましたから。
これほど話しやすい相手はいませんから」
「おっ!
そ、そうか…
笑われてしまったが、ほめられたような…」
悪の麗子はただただテレている。
「それほどに人付き合いは難しいのです。
ですが今は心の葛藤を全てオレたちに伝えてくれた。
そうすれば活路は簡単に見出せるんですよ。
それに、親近感も沸きますから」
「おっ!!」
悪の麗子は何かを勘違いしたようにいきなり身をねじった。
「オ、オレはマキシミリアンに興味がある…
あ、もちろんランスにもだ…」
「今オレがいった親近感に恋愛感情はありませんよ。
仲間といった感情ですから。
その違いもきちんと把握しておいてください。
理解できるようにきちんと聞いてください。
オレもここに来てから、そうすることに決めたんですよ」
「…おっ!
おおー…
よくわかったが、かなり残念な感情も沸いたな…」
「あとでオレのつきあっている彼女を紹介しますよ。
ある意味、麗子さんにとって天敵です。
ですが構えないでください。
できれば仲良くしてもらいたいので」
「うっ!
おっ!
おう…」
悪の麗子の短いうなり声だけで全ての感情が理解できたと、ランスは思ったようだ。
午後からは爽太は学校で授業があるので、午前中はランスの修行に付き合うことにしたようだ。
そして当然だが、悪の麗子もついてくることになる。
よって悪の麗子はランスに、「手を出すな」と厳しくいい付けられている。
本気で殴らなくても、悪の麗子の破壊力は計り知れないものがあるからだ。
訓練場に移動した三人は、射撃ブースに移動した。
ランスの修練の続きをするからだ。
悪の麗子は何度も驚きの声を上げている。
そして当然、体験したいと言ってきたのだ。
今は受講者はトリガーの役目だけなので、とんでもないものをぶっ放すことはない。
悪の麗子はハイビームが杖から出ていたことに、大いに驚いて感動していた。
「…麗子も、できるんだよな…」
悪の麗子はかなり悔しがっている。
「人は人、自分は自分。
もちろん性格的に適応性があるのなら修行を受けてもらいますから。
あまり破壊にこだわっている場合は、
たとえ殺されたとしても教えないというルールがあります」
ランスの言葉は悪の麗子にスムーズに染み渡った。
「これは記憶にある。
殺さず武器だけを壊す。
まさに、悪を消す行為、だよな」
この点はあまり説明する必要がなかったようだと、ランスは笑顔で悪の麗子を見た。
ハイビームの修練は一旦切り上げて、気分転換にランスと爽太は型通りの組み手を行った。
悪の麗子は笑顔でふたりを見ている。
もちろん、戦っているなどとは微塵も感じていない。
これも修練だと理解しているだけだ。
「オレの打撃が当たってしまうと…」
悪の麗子は思わずつぶやいた。
「あ、これ、殴ってみてください」
いつの間にかいた細田一号が、かなり頑丈そうな装置を悪の麗子の目の前に置いた。
「ボクが試しにやってみましょう」
細田は説明を加えながら悪の麗子とコミュニケーションを取った。
悪の麗子は理解できたようで、まずは思ったよりも軽く叩いた。
「普通の人間だったら、普通に死にますね」
「うっ!!
やっぱりそうだったのかっ!!」
悪の麗子は驚愕の顔と言葉を細田に向けた。
「普通の人などには、羽に触れる感覚で十分です。
恐る恐るといった感じで」
悪の麗子はその気持ちを持って、打撃部分に触れた。
「まだ強いです。
その半分で」
「ううっ!
猛烈な修行のような気がしてきたっ!!」
騒ぎながらも悪の麗子は、楽しい時間を過ごしたようだ。
ランスたちは昼食にすることにしたようで、学校に移動した。
悪の麗子は早速マキシミリアンを見つけて少々豪快に寄り添った。
悪の麗子と入れ替わりに、ランスには蓮迦が寄り添ってきた。
爽太は火檀友梨と話しを始めた。
友梨はランスをにらんでいるように見える。
だが友梨本人にはそのような自覚はない。
ごく普通に、ランスを見ているだけだ。
友梨は爽太との話しを終えて、食事を再開した。
ランスは友梨が何も言ってこないのでほっとしたようだ。
爽太はランスに寄り添って、「いいわねって言われちゃったよ!」と陽気に告げた。
―― そんな風には見えなかったな… ―― などと思いながら、蓮迦に誘われてカウンターに並んだ。
するとまた不良のふたりがランスに迫ろうとしたので、蓮迦が素早く天使服を脱いで、今度は一瞬だけ本来の姿をさらした。
「おいおい…
無謀だぞ…」
「大丈夫。
この程度なら死後の世界の住人たちも慣れているの」
セイラとカノンは、すごすごと自分の席に戻って行った。
「本当はね、本来の私でお話ししたいんだって。
その方がますますランス君が安全だって…」
蓮迦の言葉にランスは大笑いをした。
「それは言えるなっ!」と言って、超山盛りのトレイを持って席に移動した。
蓮迦は何も持たずに戻ってきて、それにランスは気づいたのだが何も言わなかった。
ランスはトレイを、蓮迦と自分の真ん中に置いた。
「うふふっ!
ありがとうっ!」
「食べ過ぎるんじゃねえぞ。
量がわかんねえからな」
「あはは…
やっちゃいそうで怖いわっ!!」
まさに幸せ絶頂の蓮迦をスケ番のふたりが見据えている。
「あれが私のはずだったのに…」
カノンは悔やんでも悔やみ切れないようだ。
「今の自分を失くすのと同じ行為になるのよ。
そんな妙な欲を張らない方がいいわよ」
早百合が言うと、サヤカも同意して激しくうなづいている。
「ううっ!
今の私じゃなくなっちゃうから、変わったとしても別人っ?!
だから今の私のこの恋心はないにも等しいっ!!」
カノンは今更ながらに驚いている。
「それ、わかってたんじゃないの?」
「わかってなくてごめんなさい…」
カノンの返答に、早百合はため息をついた。
「ふふふ…
ライバルが減ったわ…」
セイラが含み笑いをしてカノンを見ている。
「そんなことよりも、気功術切れてるわよ」
早百合に言われて、セイラはすぐに能力を半分に落とした。
セイラは早百合を上目使いで見た。
「お母さん…」
「なんとでも言って。
私もランス君に協力することになったんだから。
勇者でよかったってさらにうれしくなったわ。
…ああ、だんなのコネのようなものだから、喜べないけどね。
夫婦ならいいんじゃないかって。
結婚はまだだけど…」
「それって、勇気さんをつなぎとめておく手立てでもあるんじゃないの?」
セイラが言うと、早百合とサヤカが同時にセイラをにらんだ。
「…カノンちゃん、セイラちゃんに悪意、沸いてない?」
「今のところは大丈夫のようね。
でも、そろそろ気をつけないとねぇー…
でもいいのよ、私がすぐに吹き飛ばしてあげるから。
きっと、すっごく泣いちゃうわよ。
かっこ悪いわよ」
カノンが言うと、セイラは上目使いでカノンを見て、「よく知ってるわよ… カノンちゃんも似たようなもんだったもの…」と言い返して、ふたりして落ち込んだ。
「正社員のダフィーちゃんはどうなのよ。
溶け込んでいるように見えるけど…」
早百合が言うと、ダフィーは苦笑いを浮かべた。
「ランス君とマックス君の間には入れないわ…
私って、セイル君のお守りのようなものになっちゃってるの…」
ダフィーが言うと、セイラとカノンがにやりと笑った。
「今のように言うとね、二人が喜ぶだろうって、ランス君が…」
セイラもカノンもぼう然として、さらに深く落ち込んだ。
「うっそ―――――んっ!!」と叫んでセイラは外に飛び出した。
どうやら、フェルタが出てきてしまうようだ。
ランスと蓮迦はふたりの世界に入っていたので、セイラの異変にまったく気づいていなかった。
するといきなり、建物が音をたてて揺れた。
「地震っ?!」
ランスが叫ぶとすぐに揺れは収まった。
「建物だけが揺れたよね?」
「あはははは…
嫉妬…
フェルタさん…」
ランスはぼう然として、蓮迦の顔を見ている。
そしてランスは、座っている位置から外の扉を見て仰天した。
「…寝転んで出入り口の大扉からこっちを見てるよ…」
「…あはは、すっごく怖いから見たくないわ…」
蓮迦はランスの顔を見たまま言った。
「出て行った方がいいと思う?」
「出て行かなきゃ危険だと思う、みんなが…」
「蓮迦もついてきた方がいいと思うよ。
いざという時には元の姿に戻ったら、引っ込むしかないと思うし…」
ランスが妙に丁寧に言うと蓮迦は、―― それはその通り ―― と思ったようで、食事を済ませてから、ふたりして外に出た。
「あ…」
フェルタはまさか蓮迦も来るとは思わなかったようで絶句した。
そして目の前に指を立て、蓮迦の存在だけを消した。
ランスはフェルタが始めは何をやっているのかわからなかったが、その意図に気づいて、嫌がる蓮迦の後ろに立った。
「えー…」
フェルタはかなり落ち込んだが、ランスの顔だけが見えるように指の位置を変えた。
「蓮迦、強敵だぞ」
ランスは少し笑いながら言った。
「子供のようで助かっちゃったわ…
私をただただ見えないようにするだけでいいみたい…」
「蓮迦とキスでもしようかなぁーっ!!」と、ランスは棒読みで、そして大声で言った。
さすがにフェルタはこの攻撃には耐えられずに、耳と目をふさいだ。
「さて、どうしよう…」
ランスはひとつだけ気がかりなことがあったが、悪の麗子はマキシミリアンに監視されていて、どうやら出るなと言われているようで歯軋りをしていた。
「前にも言いましたよねっ!!」
ランスが叫ぶと、「覚えてるわ…」と大きな体に似合わない蚊の鳴くような声で言った。
「諦めるという修行をしてください。
もしそれができないのなら、強制的に引っ込んでもらいます。
あなたは人に迷惑もかけているんですよ」
「あ…」
フェルタは消えて、セイラが現れた。
「おまえが一番迷惑だ、セイラ」
「はい、ごめんなさい…」
セイラはランスに媚を売るような視線を送っていた。
「私はかわいそうな女…
などと考えている目だよな?」
「ううっ…
鋭いわ…」
「蓮迦とキスしたら諦める?
もちろん、本物の蓮迦だぞ」
蓮迦は落ち着きがなくなって、本物と弱い方の切り替えが始まった。
「ほら、本人も気合十分だぞ」
「うわぁーんっ!!
好きなのにっ!
大好きなのにぃ―――っ!!」
セイラは大声で泣き喚き始めた。
「飽きるまで泣いてろ」
ランスはきびすを返して蓮迦とともに食堂に戻った。
マキシミリアンと悪の麗子が苦笑いを浮かべてランスを迎え入れた。
「きっとな、かなり多くの大好きを持っていると思うぞ」
マキシミリアンが言うと、ランスはかなり納得したようで、「それはあるだろうな」と言って席についた。
「だがこれって、結城さんのせい?」
ランスが言うと、マキシミリアンはかなり困った顔をしたが、ひとつうなづいた。
「後のフォローが、姉ちゃんを変えちまったと思う。
だが、悪討伐には必要なことでもあったんだ。
しかし、覇王さんが姉ちゃんに手を出さなければ、
ここまで重症にはならなかったと思うんだよ」
ランスは無言でうなづきながら、マキシミリアンの話しを聞いていた。
今は作戦タイムといったところだろう。
去勢させることは簡単だ。
ここには考えられないほどの猛者がいる。
だがその手は使うべきではないとランスは考えた。
もちろん自己犠牲も考えたが、これだと結城と同じ結果を生むだけだ。
「…恋以外の…
恋よりも素晴らしいこと…」
ランスがつぶやくと、マキシミリアンがうなづいた。
「今は何でも手に入る、などと思っているはずだ。
それも止める必要がある。
さらには今ランスが言ったさらに素晴らしいものを見つけること。
おいそれとは見つからないだろうけどな」
「…あ、天使の夢見…
セイラのやつ、戦い過ぎてストレスでも溜め過ぎてんじゃねえか?
…蓮迦、天使の夢見に、セイラは?」
ランスが言うと、蓮迦は横に首を振って、「今まで数回かなぁー…」と言った。
「寝ても起きても戦い戦い…
結城さんも、疲れてんじゃねえのかなぁー…
ああ、もちろん回復はしているけど、それとはまた別の、
精神的な安らぎが必要なんじゃねえの?
マックスも気をつけた方がいいかもな。
おめえは全てが強靭だから、隠れているかもしれねえからな」
ランスが言うと、「わかった、週に一度は、天使の夢見で癒されることにしよう」と薄笑みを浮かべて言った。
「…オ、オレも…」
ランスもマキシミリアンもかなり困った顔をした。
「そういえば、オレもゼンドラドも夢見にいたなぁー…
魂はゼンドラドだけしか持っていねえんだがな…」
「それって、神もいなくて吸収される前のこと、だよな?」
「ああ、そうだ。
魂でなくても夢見には参加できるから、
麗子さんも夢見に参加してもらうか」
悪の麗子は、「よしっ!」と言って、ひとつ気合を入れた。
ランスはまたなにやら考え事をしているようだ。
「きちんと日程を決めよう。
今度は天使の夢見ばかりに集中するかもしれねえから、
個人的に指摘、指導する必要がある。
…セイル、何かいい方法はないか?
それがわかる方法…」
セイルは腕組みをして考え始めた。
「脳波。
少し統計を取る必要があるけどね。
ひと月ほどはかかると思うけど…」
「それでいいと思うぜ。
何もやらねえよりはマシだ」
今後の方向性が見えたので、ランスたちにはいい高揚感が流れた。
少し離れてこの様子を見ていたダフィーがすぐに席を立って、ランスに寄り添ってすぐに、ランスが何があったのかをダフィーに話した。
「ううっ!
ダフィーちゃん、うらやましいっ!!」
カノンは本当にうらやましそうに言った。
「ふたつの小さな仲間。
忙しいけど、うれしいことだわ」
早百合が言うと、サヤカはいい笑顔をランスたちに向けていた。
確実に面倒なことが起きると思ったランスは、セイラとカノンをランスとは夢見でぶつからないような予定を立てた。
当然気に入らないふたりがランスに詰め寄った。
「オレは堂々と差別するぞ。
そうしないとおまえら、すぐに面倒なことを起こすだろうがぁー…」
ふたりは顔を見合わせて、何か言いたげだったがいきなり肩を落とした。
何を言っても言い訳にしかならないからだ。
「データを取って、それが正しいと判断されてからだな。
よって、約ひと月後に考え直す。
そして、よこしまな気持ちがないと証明してもらう。
今のうちにその方法を考えておいてくれ。
それからさらに言うと、改善されたあんたたちは、
誰がどうしようが気にしねえようになっているはずだな。
今も気持ちも、覚えておいた方がいいんじゃねえか?」
セイラもカノンも、とんでもないことになったと、ランスの宿題に頭を抱えた。
だがカノンは今ランスが言ったことがよく理解できたようだ。
問題はセイラだが、これまでに大きくハメを外したことはない。
やはりセイラは、マキシミリアンの姉として、ほんの少しだろうが我慢しているようだ。
朝昼夕、そして眠ってまでもの訓練を始めて5日ほど経ったある日、セイルの計っていた脳波に変調が見えた。
それはやはり、少々行きすぎだったと感じていたセイラとカノンの脳波だ。
このふたりには、天使の夢見を多く体験することにしていた。
その効果が一気に現れたといっても過言ではない。
気にしすぎることも程々にと、ランスは夢見の割合を変えなかった。
その五日後には、目に見えて変わったと誰もが思うようになった。
もちろん、セイラとカノン以外にも効果があったようなのだ。
ランスたちは直接的な原因がなんだったのか、検討することにしたようだ。
「羞恥心、理性」
ランスが言うと、この場にいる全員が納得した。
「医学的なことはよくわかんねえ。
だけど、みんなは今はこれがふんだんにあなると思っているんだ。
よって、また理性などが働かなくなったら、すぐに元に戻ると思う。
戦い過ぎは毒でしかねえ。
そうだよな、セイラ」
「ほんとに恥ずかしいわ…
だけどもちろん今でもランスを狙っているわよ」
ランスは苦笑いを浮かべた。
さらにセイラも苦笑いを浮かべた。
「今言ってすごい嫌悪感が沸いたわ。
本当のことを言うなって。
やっぱり人間らしく生きようと思ったら、
きちんと管理する必要があると思うの。
だから油断しないでね。
すきあらば、食いついちゃうから」
「わかったわかった…
さらにめんどくせえんじゃねえのか、おまえ…」
みんなはくすくすと笑い始めた。
「正常な方向に向かったことになったが、大人の方はどうなんだろうな?」
ランスが言うと、セイルがその診断結果を出した。
「…多分ね…
今までよりもかなり厳しいって思う。
特に覇王さん…
正常化しない方がよかったんじゃないかなぁーって思う人もいると思うよ」
セイルは言ってから、ひとつ身震いをした。
「それって普通だと思うぜ。
大勢の弟子を抱える師匠は、それでこそだと思うからな。
ゼンドラドさんとエラルレラさんは何も変わってねえよな?」
「うん、ほとんど変わりなし。
やっぱりね、長年生きてるから、
経験値がものを言ってるって感じ…」
「だが、結城さんが厳しくなることで、
ゼンドラドさんもさらに厳しくなるかもしれねえ。
それに輪をかけて、マックスが持っていた上乗せ分も見え始めたら、
覚悟を決めて、もう甘えられないと思っておいた方がいいぜ。
特にセイラは、色恋を口にしただけで震え上がるかもしんねえな」
「覚悟はできたわよ。
違ったゼンをやっと見られることになるようね」
ランスはセイラがこれほどに変わるとは思わなかったのだ。
しかし、甘えのないセイラはかなり冷たく感じる。
これでいいのか悪いのかは、今は診断できないと感じた。
「よし、いいだろう。
大人の代わりを勤めてくれてありがとうランス。
これからは、表面的にはオレが指示をする。
補佐はゼンドラドさん。
みんなには迷惑をかけたな」
結城は少し笑みを浮かべてこの場にいるもの全員に視線を送って堂々と言った。
「不思議なんですよ。
なぜ今までできなかったんですか?
そうすれば成長…」
とランスが言ったところで、ランスはにやりと笑った。
「いえ、撤回します。
結城さんの口から聞いた方がいいと思いましたから」
結城は苦笑いをランスに向けた。
「おまえには何か罰ゲームでもやってもらおうかな?
頭の回転が速いのはいいが、程々だぞ。
途中で言葉を止めるくらいなら、初めから言うな」
「はい、それも反省しました。
申し訳ありません」
「いや、それでいい。
謝ることは何一つない。
ランスがオレたちの代わりを務めてくれたことは
100年分の修行にも値するからな。
…さて、本題だ」
結城は笑みをもって、大勢の結城の教え子たちを見回した。
「どう考えても君たちの成長が早過ぎるんだよ。
ひとつ大きな出来事が必要だった。
こんな大人にはなるなよとな。
これでいいんだよな、ランス」
「はい。
親父がそうでしたから」
ランスが言うと、結城は笑みでうなづいた。
「経験がものを言うよな。
だがすでに経験は積んだ。
そしてそれがどういうことなのかも理解したはずだ。
この先、また今回のようなことがあるかもしれない。
それはなぜか…
今は平和だからできる修行だからなんだよ」
一部を除いて、あっけにとられた顔をした。
もちろんランスやマキシミリアンはすでに気づいていたことだ。
「戦乱のさなかにこのような大掛かりな修行はしない。
混乱に混乱を呼ぶだけだからな。
君たちが師匠になった時、平和な時にこそ、
こういった修行をするように心がけて欲しいな。
ランス、その理由」
「平和は更なる不幸を呼ぶからです」
ランスが言うとすぐに、結城は次の言葉を止めさせた。
この先の言葉が身にしみてわかった者は、ごく少数だった。
「この先は個人個人で考えておいてくれ。
カンニングは許さんからな」
結城は厳しく生徒たちに言った。
わからない者は頭を抱え始めた。
「ランス、セイラ、カノン、早百合、サヤカ、マックス、セイル、ダフィーは正解。
さすがだよな。
この8人を中心に、ランスの大宇宙の大掃除をやって欲しい。
年寄りたちは高見の見物としゃれ込むからな」
「はいっ!!」とランスたちは大声で返事をした。
種明かしの話し合いは解散したが、ランスの取り巻きは居所を替えていない。
まだ話し合いがあるようだ。
「危険を冒してまで修行をさせる。
おかしいと思ったよ…」
ランスが言うと、マキシミリアンたちは少しだけ笑った。
「宇宙の父が、あんなヘタレなわけはねえ。
と言う大前提があったからな。
だからそれほど驚くことはなかったよ。
だけどみんなはそれに慣れていた。
しかも、みんなはめきめきと実力も上がっていた。
オレがここに来たことで高くなりかけていた鼻っ柱を折るように、、
種明かしをしようとでも思っていたんじゃねえかなぁー…」
ランスが言うと、セイラはランスをにらんできた。
「私が本当に成長しなくなったのって…」
「過去の人に頼り過ぎじゃあねえな。
本当に頭打ちなんだよ」
ランスはセイラに死刑宣告をした。
セイラもわかっていたようで、それほどに落ち込みはない。
「多くの人を抱え過ぎ。
さらには正当な神の一族じゃねえ。
セイラの魂は、セイントが彫った木像から偶然沸いた魂。
この考えに間違いはねえ。
よって、今はトップでもそのうちどんどん抜かれていく。
だから修行方法を変えるべきだと伝えたかったんだろうな。
それがダメならまた別の方法。
ずっと修行を積めと、結城さんは言っているんだよ」
セイラはまるで敵視するようにランスを見ている。
「だが上がるものはあるんだ。
わかるよな、セイラ」
ランスが言うと、セイラは目を見開いた。
そして深く考え始めた。
「わかる人っ!」
ランスが言うと、マキシミリアンだけが即座に手を上げた。
やっとの思いで回答にたどり着いたようで、セイラが顔を上げた。
「経験と精神力」
「はい正解」
ランスは簡単に答えた。
「それ、身体能力が低くてもすっげえ役に立つぞ。
セイラもオレと同じで司令官向きなんだろうな。
それにいざとなれば最大の武器を持っている。
オレなんかよりも最高の司令官だと思うぞ」
「そう、なのかもね…」
セイラは少しだけ笑みをランスに向けた。
「ということで、部隊はふたつできた。
オレとセイラが司令官、ということで、この先、
所属するメンバーを決めなきゃなんねえな」
「グッ!!」とセイラは言った。
ランスは少しあきれた顔をしていた。
「うなっただけだから何を考えていたのかよくわかんねえから合格」
ランスが言うと、マキシミリアンが大声で笑った。
「オレはランスのとなりが定位置なんだがな…」
マキシミリアンはイヤと言うほどランスに顔を近づけた。
「わかったわかった…
だが、時にはセイラについてもらうと思うぞ。
オレの部隊がおとりの場合、とかな」
「ふんっ!
その時だけ我慢してやるっ!!」
マキシミリアンは大いに憤慨した様子だけ見せた。
当然、そういった作戦もあるだろうと感じていたからだ。
ランスはダフィーに顔を向けた。
「ダフィーはどっちがいい?」
「どちらでも…
ああ、今のところ悪魔はふたりなので、カノンちゃんとは別行動が効果的」
ランスは笑みをダフィーに見せた。
「そういうこと。
きっとどちらも大いに役に立つ。
…さて初戦は小細工は使わねえ。
司令官だが、オレとセイラ、どっちがいいと思う?」
当然のごとくほとんどの者がランスを見た。
「オレを見た人不正解。
正解はセイラ。
理由は、混乱目的だから。
初戦はセイラは戦わせない。
だがいつになるかわかんねえけど一番効果的な時に大いに暴れてもらう。
相手の戦う意志を根こそぎはぐためにな。
それって楽って思わね?」
「それでいいわよ…
結局はあんたが司令官じゃない…」
セイラが言うとランスは少し笑った。
「それに、オレの初戦は大いに張り切る。
また妙なやつが出てくるのではと思わせるためにな。
相手にも臆病になってもらおうかぁー…」
ランスが言うと、マキシミリアンは大いにうなづいた。
セイラは恋心を持った乙女の目を一瞬ランスに向けた。
―― 恋をするなという方が間違ってるっ!! ――
だがセイラは、言葉も、そして態度も元に戻した。
「セイラちゃん色目使ったよ?」
蓮迦がマックスを見上げて笑顔で言った。
「今の場合は、黙っておくことが最高の仲間想いだと思うぜ、蓮迦」
ランスが言うと、蓮迦は、「言って損しちゃった…」と言って、ホホを膨らませた。
「オレは絶対に仲間に手を出さねえ。
オレの戦いが終わるまではな」
「蓮迦ちゃんにだけに関係のあることだから、
ここで言うことじゃないじゃない」
カノンが少し怒った顔でランスに言った。
「そういう顔だけしておけばいいとオレは思ったんだがなぁ、カノン」
「うっ!
くっそっ!
ほんとに憎たらしい…」
カノンは悪態をついたが、―― 話せてよかった… ―― とも思っていたようだ。
「あっ!
あー…
やっぱりいい…」
蓮迦は上目使いでランスを見た。
「蓮迦はいちいち反応するな。
今度反応したら離縁…」
「しないよ?」
ランスの言葉は蓮迦に簡単に拒否された。
「ちなみに蓮迦はメンバーじゃねえかんな。
…天使、どうすっかかなぁー…
必要だが、かわいそうな時もあるからなぁー、多分…
あ、カノンは天使修行もよろしく」
「くっそっ!
知られてたわっ!!」
カノンは言葉とは裏腹で笑顔だった。
カノンは、―― よっしゃ、ほめられたも同然っ!! ―― などと都合よくランスの言葉を受け止めたようだ。
蓮迦はカノンを少しにらんでいた。
「うーん、となると…」
ランスは考え込んだ。
セイラは確実に自慢げな顔をしているはずだ。
しかし、天使の掟がある。
死に関わる怪我などの場合は、ひとりだと延命にしかならないので、天使が二人以上必要なのだ。
できればセイラとカノンを別部隊にしたいところだが、やはりコミュニケーションは一番取っているのでわざわざ分ける必要はない。
となると、セイラの部隊はセイラの持つ天使さんとカノンの天使。
ランスの部隊はこれから募る天使をあてがう。
さらにはできれば、セイラの過去の能力者はセイラのために使いたくないとランスは思っている。
やはりまだまだメンバーは必要だとして、メンバー集めにだけ集中しようと思ったようだ。
「御座成功太さんの世界、出張しようかなぁー…
あ、今じゃねえぞ。
オレがもう少し成長してからだ。
そうじゃねえとなめられっちまうからな」
条件は違うが、セイラもカノンも、ランスのような考えを持ったことがなかった。
二人とももう何度も行き来しているが、気にもしていなかったことを新鮮に思った。
「私、協力したいんだけど。
あいにく天使じゃないけど」
―― ついに重鎮、出たぁ―――っ!!! ―― とランスは半分喜び半分困った。
口を開いたのは火檀友梨。
御座成功太の宇宙の裏のボスだ。
メダルを多く吸収して、心にはほぼ悪はない。
このまま鍛え上げれば、セイラにも匹敵する強さを誇ることになる。
友梨はここの学校が気に入ったのか、三年ほどこの星の世話になっているそうだ。
「いきなりコミュニケーションを取るのは厳しいわよ。
特に天使はね。
悪魔はいいの。
のけ者にさえしなければ文句はいわないわ。
口が立つ者は多いけど、比較的従順よ」
姿に似合わない威厳をもって友梨が言った。
身長はそれほど高くないのだが、かなり魅力的な少々大きめのバストが一番のチャームポイントだと、ランスは今更ながらに気づいた。
蓮迦はランスをにらんで、またホホを膨らませた。
「なんか入れてんの?」
ランスの問いかけには友梨は答えなかった。
「見たい?」
―― なかなかの切り返しだっ!! ―― などと思いランスは笑った。
「私のこの年齢当事の一番の自慢だもの。
1000年前に人間だった時、
今のこの年齢から大人になって行ったのよねぇー
初体験、誰にしようかしら…」
友梨は表情は変えないが、ランスを見据えている。
「オレはイヤです。
友梨さんを好きになった人と関係をもってください」
「…まあいいわ…
戦場って危険よ…
敵は敵だけじゃない部隊もあったりするのよ。
怖いわよねぇー…」
「あはは…
そうならないように人選を誤らないように気をつけますよ。
ということで、友梨さんにはオレの部隊に入ってもらうと困ります。
あまり執拗にケンカを売るべきではないと思いますよ」
「今すぐに、潰しちゃおうかしら…」
友梨はとんでもない畏れを吐き出した。
ランスは必死に耐えて、高揚感ポケットに収めたのだが、もうほとんど隙間がない。
今ここで吐き出すわけにも行かない。
かなり困ったランスはすぐさま外に飛び出そうとしたが、友梨がすばやく移動して出口をふさいだ。
友梨はさらに畏れを強く流してきた。
―― 底なしだっ!! ――
ランスはさらに、高揚感ポケットに畏れを入れ込んだ。
もうポケットは破裂寸前だった。
「外に出て吐き出してきなさい。
人に迷惑かけちゃダメよ」
友梨がう言うと、ランスは無言で頭だけを下げて外に出て、「友梨のばっきゃろぉ―――っ!!!」と大声で叫んだ。
ランスはゆっくりと戻ってきて、「あーすっきりした…」と言って席に戻った。
「あ、友梨さん、修行、ありがとうございました。
おかげで限界を知りました」
「ふんっ!
よかったわねっ!!」
友梨は本気で怒ったが、ランスは友梨に目もくれなかった。
しかしランスは考えた。
友梨の言った通りで、まずはコミュニケーションが第一だと考えたのだ。
そして、友梨を頼るわけにはいかない。
ランスは爽太を見たが、なんと、知らん振りをされて、かなり笑ってしまった。
さすがに友梨に楯突く行為はしたくないのだろう。
「仕方ないね。
予定通り結城さんにお願いしよう。
実は友梨さんとちょっと話しをしたかっただけなんだよね。
ちょっとケンカのようになっちゃって、みんなゴメンね」
「…おまえ…」
今度の友梨は本当に怒っていた。
「友梨さん、大人げないですよ」
ここで結城が口を挟んだ。
さすがに見かねたといったところだろう。
「天使のアリスを頼ればいい。
堕天使なら、五六人は簡単についてくるぞ。
その許可はイザーニャさんにお願いすればいい。
それが一番の正攻法だろ…
わざわざ友梨さんにケンカを売るんじゃない。
面白かったけど…
いいイベントだったっ!!」
結局結城はほとんどランスに説教もせず、喜んでいただけだった。
「最後の最後の手段がイザーニャさんでしたから。
できればちょっと遠慮したかったんですよね、イザーニャ先生…」
「その理由」
「悪魔が見えるからです」
結城は笑顔で大きくうなづいた。
この件を知っていた者はごく少数だ。
ほとんどの者が目を見開いたまま固まっていた。
「まあ、見えてしまうのは仕方ないよな。
始めのころと比べてどうだ?」
「はい。
意識を上げれば、さらにはっきりとわかるようになりました。
あ、もうひとりは…」
ランスは名前を伏せていった。
「忘れろ」
「はい、承知しました」
今の結城には威厳がある。
くどくどと言葉を重ねることはやめにしたようだ。
「たまにはオレに毒ついてもいいんだぞ」
「今回はその要素がありませんでしたから。
きっと、この先も…」
「本当に、つまらんやつめ」
結城は苦笑いを浮かべてカウンター席に戻って行った。
「怖い学長になったよなぁー
みんなも気をつけた方がいいぞ」
ランスが言うと全員が一斉に身震いをした。
~ ~ ~ ~ ~
敵はいつまで経っても襲ってこない。
その兆候もない。
軽く見られたもんだと、ミューラ・ダインは苦笑いを浮かべている。
少々臆病になってしまったのかと思い、厳戒態勢を緩めることに決めた。
半数の能力者と勇者を、戦場に送ることも同時に決めた。
「こいつはいらんな」
その書類はデゴイラ・ハリアークのものだった。
デゴイラは今までの威厳をさらに落とし、大人しくなってしまったのだ。
ミューラはデゴイラを戦闘の一番激しい、カラルカ星に送ることに決めた。
ここは人員が薄い。
増員は決めていたのだが、デゴイラひとりに行かせることに決め、さらに黒くなったマスクがますます黒さを帯びていた。
デゴイラはカラルカにすぐさま異動させられ、なんとたった2日で戦争を終結させた。
誰もが信じられない思いだった。
しかも、デゴイラは武器だけを破壊していたのだ。
よって早期終戦がかなうことになった。
当然、デゴイラの活躍ぶりがミューラの耳に入ってきた。
ミューラはまた次の戦地にデゴイラを送り込んだ。
今回もデゴイラひとりだ。
デゴイラは疲れを癒やす時間を与えられたが、命令されて即赴任し、なんと日帰りで帰ってきた。
これはどういうことだとミューラは考え、様子を見るために、デゴイラに監視をつけるように指示した。
そして週に一度は戦地に向かわせることに決めた。
これはまずいのではないかと、ミューラのマスクは震えが止まらなくなっていた。
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