第二夢 夢修行

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第二夢 夢修行

ランスは眠りにつく前にひとりだけあいさつをしようと、ここに来た時に微笑を向けてくれた少女の左斜め後ろに立った。 すると、少女の右隣にいた少年に近い男が音も立てずにすでに立ち上がっていた。 ―― 素早い… ―― この男も只者ではないとランスは感じた。 今は自然体でごく自然な表情をしているのだが、ランスはかなり怯えてしまったのだ。 ―― なぜ見えたんだぁ―――っ?! ―― どうやら、今は見えなかった方がよかったようだ。 「…あ、ああ…  ゴメン、あいさつは明日で…」 「デッダさんは怖くないわっ!!」 少女は素晴らしい張りのある声でランスに言った。 どう考えてもこの少女は普通ではないとランスは感じている。 ここの兵たちとは違ったオーラが出ている。 今の言葉もそうだ。 さらに、デッタというこの男を怖くないと言った。 ランスはさまざまな思いが錯綜していた。 「あ、いや、ほんとゴメン…」 ランスは少女とデッダに頭を下げてそそくさとカウンター席に戻った。 「…あー、驚いたぁー…」 結城は微笑んでランスを見ている。 「まあな。  サヤカ君にも困ったものだ。  自分本位で考えられても困るんだがな…  それに今の場合、芝居でもなさそうだったし…」 ランスは結城の話しを聞き入り、少女の名前をサヤカと知って少し喜んだ。 「…恐竜が僕…  でも違う…」 ランスが言うと、結城は笑みを浮かべてうなづいている。 「恐竜が恋人、が正解」 「…うっ!!  マジ?」 「ああ、本気だぞ。  付き合い始めて三年だ。  もっとも、デッダ君の方が尻込みしているほどだけどなっ!!」 「あはは…  強いはずです…」 「なにぃ―――――っ!!」と結城はいきなり怒った。 ランスは何事かと思ったが、今自分が放った言った言葉を思い出し、「細かいことをいちいち気にするんじゃねえっ!!」と叫んだ。 「それもそうだな」と結城は笑顔でランスに言った。 ランスはうまくごまかせて、しかも結城も乗ってきてくれたので助かったと感じ、ほっと胸をなでおろした。 あってないような弟子解除命令のようだが、今の怒りは今日一番の本気だったとランスは思ったので、注意だけはしておこうと心に刻んだ。 「…と言うことは、恐竜が人間に変身…」 ランスは自問自答するように言った。 「そういうことだ。  動物も人間と同じように魂を持っている。  しかも人間レベルの繊細な魂の場合、ああいった変身が可能だ。  もちろん術を使って足りない部分を補って発動しているんだけどな。  しかもデッダ君だけじゃないぞ。  そのとなりにいるダリル君も猛獣だ。  セイラもそれに近い存在だが、ベースは人間だ」 ランスは少し振り返りすばやくデッダの隣にいる男子を見て、背筋に震えが来た。 「大型犬のような、猛獣…」 ランスが言うと、結城は深くうなづいた。 「なるほど、猛獣姫…  もっとも思考が動物レベルだけどなっ!!」 「本当のことを言うんじゃないっ!!」 ランスの言葉に結城は大笑いをしながら答えた。 ランスは、――まずいっ! ―― と思ってから素早くメリスンを見た。 メリスンはかなり困った顔をランスに見せている。 「…い、言い過ぎました…  もうしわけございません…」 メリスンはひとつため息をついた。 「正々堂々とっ!!」 「てめえがきちんと面倒見ねえからああなったんだろうがぁ―――っ!!」 ―― ああ、言ってしまった… 石化、けってぇーい… ―― ランスはもう何も怖いものはない。 ランスは、「あははは…」と力なく笑った。 結城は腹を抱えて笑っていた。 『正々堂々と』と言ったのは、結城だったからだ。 「…はあ、やっぱり、そうした方がよさそう…  どうしてもね、子供のために優しくなっちゃってたのよねぇー…」 メリスンは魔王とは別に、二才になる女の子供もいる。 今は魔王のひざの上にいて一緒になって遊んでいる。 「は、はあ…  事情を知らず、暴言を…」 「いいのよ…  悪いのは覇王さんなんだもの…  …石化、そんなに見たいの?」 メリスンはランスから結城に視線を移した。 「いや、今日は、いいよ」 結城は少しメリスンを畏れなから両手のひらを広げて、途切れ途切れに言った。 「少し前はね、きちんとお説教していたんだけどね…  私が甘いことをいいことにしたい放題…  私自身の子供のためにと…  あら?  セイラって子供たちにやきもちやいちゃってる?」 メリスンは大声で笑った。 「それも多少はあるんじゃないのかなぁー…  不本意だろうけど、セイラの面倒も見てやって欲しいね」 「そうするわ…  私はさらにメリハリをつけて子供たちに接しないとね…」 やはり、子供が多いとこういった弊害もあるんだな、などとランスは考えたようだ。 結城が席を立ったので、ランスもそれに倣った。 「さあ、寝るか。  今日も大人数だけどな。  今日最後のオレの修行だ」 「オッスッ!!」 ランスは結城に胸を張って言い、結城の後をついていった。 結城が二階に上がりかけると、爽太がランスのとなりに歩み寄っていた。 そして続々と、結城の後を追い続けたのだ。 ―― なにが… ―― ランスはかなり怪訝に思っている。 結城が入った部屋はごく普通に寝室で、ベッドの周りには白線が引かれている。 正方形で、縦横10メートルほどのものだ。 「ランス、この白線内で寝てくれ。  室内は温度調整されているので、寒くはない。  オレと一緒でいいのならベッドでもいいぞ」 ランスはかなり恐れおののいてから、「気持ちわりいこと言ってんじゃねえっ!!」と叫ぶと、「おおー…」とうなられてなぜか全員から拍手をもらった。 「合格らしいな。  あ、今のうちに自己紹介」 結城が言うとランスは大勢の結城の弟子たちと握手を交わして自己紹介を始めた。 「朱雀さんは弟子ではないんですか?」 「いや、一応まだ弟子のはずだ。  それでいいんだよな、兄貴」 朱雀は仏という存在で、ここにいる弟子の中では一番の古株だ。 結城と同じ身長を持ち、体系も結城に似ている。 顔は少々いかついが、まさに二人が歩けば女は放ってはおかないだろう。 「ああ、いいぞ。  オレが一番愛している弟だ」 「キモイことを言うな…」 朱雀が答えると、結城は大声で笑った。 「友達のような口調。  オレはその方が気が楽なんだよ。  その言葉から本心が見えることもあるからな」 ランスはなんとなくだが理解できたようだ。 敬語だと、作って言っている感が大いにあるが、ごく自然な言葉は、思ったことをそのまま言葉にしていると感じた。 爽太もそうだ。 結城には友達のように接していると感じた。 それぞれの本来のスタンスで付き合えと言うことらしいと、ランスは再認識した。 「なるほどな。  だったらオレも自然体でいよう。  それでいいんだよな?」 ランスが言うと、結城は少し困った顔をした。 「それではダメだな。  そこに虚勢を張って言え。  オレはそれが大好物なんだよ」 ―― これはこれでハードルが高い… ―― などとランスは思ったようだ。 いつの間にか眠っていたとランスが気づいた時に、結城の寝室にいたメンバー全員が夢の中にいた。 「…どういうことだ…」 ランスは全員の顔を見た。 もちろん結城もいる。 「説明は起きてからだ。  ランスは後方で見ておけ。  源次、頼んだぞ」 結城は言ってから、何かに向かって飛んでいった。 今は戦場にいる。 火薬のにおいが立ち込めていた。 ランスと朱雀は、みんなのいるかなり後方にいる。 結城は悠々と戦場を歩いていって、その先にいる男に声をかけ驚かせている。 ほんの数秒で、結城は飛び上がり、ハイビームと言われるビームを放ち始め、面倒になったのか、巨大な光とともに仕事を終えたようだ。 そして、最初に話しかけた男に話しかけると、ランスたちは元いた場所に戻っていた。 「何がどうなってんだ…」 「回を重ねるとよくわかる」 朱雀がランスに素早く言った。 「ああ、はい、そうします」 「オレにも敬語は使わなくていいぞ。  おまえは女か、などと言いそうだからな」 朱雀は少し笑った。 「わかった。  そうするよ」 ランスはなんとなくだが、この源次が気に入っているのではないかと感じた。 できればもっと話しをしたいと思ったようだ。 … … … … … ランスは現実世界に戻ってきた。 もうすっかり、これがどういうことなのかは理解できた。 ランスは戦場での攻撃はしなかったが、戦場にいた民間人の救助は手伝った。 ランス本人は眠っていた。 だが、そこから魂だけが抜け、結城が魂に肉体を乗せ、現実世界で戦っていたという事実を知った。 その多くは途切れ途切れだが朱雀が語ってくれたのだ。 ランスの目覚めは今までで最高だった。 朱雀の説明にあった通り、何もかもが最高のコンディションだと感じた。 ―― これで日々を積み重ねて強くなれなかったら素質はない ―― とランスは自分に言い聞かせた。 「源次の説明で納得して夢見を終えたのはランスだけだな。  初回は誰でも、歓喜や驚きの声を上げるものだ。  ランスは強くなるのだろうか、変わらないのだろうか…」 「理解できたから、驚くことも感激することもねえだけだ」 ランスの言葉に結城は笑顔でうなづいた。 … … … … … ランスたちは身支度を済ませて、一階に降りて朝食を取ることにした。 だがまずはランスは足早にサヤカに近づいて行った。 デッダも結城の部屋でともに夢見にいたので、もうすでに理解はできている。 「昨日は悪かったね。  あまりのことに驚いてしまったんだよ。  それに、驚かない人は少ないと思うよ」 ランスが言うと、デッダは笑みでうなづいていたが、サヤカは悲しそうな顔をした。 「今はほら、こんなに仲よしだっ!」 ランスはデッダに少しだけ頭を下げて、デッダと肩を組んだ。 「…ああ、始めて、見たかも…」 サヤカは祈るようなポーズで、ランスとデッダを見ている。 「肩を組むって初めてなの?」とランスがデッダに聞くと、「うーん… そうだね、記憶にないね」と言った。 「デッダさんはランスさんのお友達になっちゃったのっ?!」 ランスは冷静に分析した。 サヤカの言葉は少々芝居がかっていると感じたのだ。 どう考えても年齢よりも下の役を演じていると思ったのだ。 「見抜くんじゃねえよ…  てめえ、シメるぞっ!!」 ―― サヤカのにらみは本物だっ! ―― と思ったランスだが、そのあとの笑みでこれも芝居だったとようやく気づいたようだ。 「サヤカさんはそういった職業を?」 「うん、ここじゃない星で女優をしてるの。  今はあまり仕事はしていないけどね。  学校が楽しいから」 サヤカの自然な話し方も演技がかっているように聞こえるが、やはり演技をすると声を張っているとランスは感じたようだ。 「最後は本当に怖いと感じたよ。  ほかの役者さん、泣いちゃうんじゃないの?」 ランスが言うとサヤカは大声で笑って、「泣かす役ならいいんだけどねっ!」と言ってからころころと笑った。 かなりのもんだと、ランスはサヤカに向けて笑みを浮かべた。 「ああそうだ、少し聞きたいことがあるんだけど…」 ランスが言うとサヤカは興味津々の眼でランスを見ている。 「蓮迦さんのことなんだけどね…」 サヤカは少しだけ表情を曇らせた。 「…できれば私は答えたくないなぁー…」 「いや、だったらいいんだ。  本当にありがとう。  …本当にうれしいんだよ。  今はオレを冷たい目で見る人は数名だからね。  だけど、昨日ここに来た時すでにみっつも  暖かい視線があったことをさらにうれしく思っているんだ。  それが本当にうれしかったんだよ」 ランスはデッダと肩を組んでいた腕を外し、サヤカに頭を下げた。 サヤカはランスとデッダに笑みを向けていた。 ランスはカウンター席にいる結城の隣に座ろうと思ったのだが、ランスが言ったばかりの少しばかりの冷たい視線の持ち主に捕まった。 「あんた、かなり生意気よね…」とセイラが言い、「またぶん殴ってやろうか…」とカノンが言った。 「好きにすればいい。  いい修行になるかもしれんからな。  勝てたら、うれしだろうなぁー…  もっとも、心だけはてめえらには負けねえっ!!」 ランスはセイラににらみを送った。 『なんだとー…』とまずはセイラの口が動いた。 ランスは勝ったと感じた。 セイラはランスの虚勢の言葉に、引け目を感じたようだ。 「セイラは倒した。  あとはてめえだ、カノンッ!!」 「…調子に乗ってんじゃねえぞ、ごらぁー…」 「ふんっ!  てめえこそなっ!!  子が親をしつけてやるっ!!」 ランスはすっきりした気分だった。 そして今は、―― オレは誰よりも強いっ!! ―― と言い聞かせている。 そしてカノンは行動を起こしたが、ランスは、―― 耐えろっ!! ―― と自分に言い聞かせた。 全身に力を込めた。 だが、カノンは襲ってこない。 「カノンもセイラ病だな…」 結城がすでに、カノンを寝かしつけていた。 「おまえの娘だろうか、きちんと管理しろっ!!」 ランスは涙を飲んでこの言葉を放った。 本当はいいたくなかったが、言っておくのも一興だと感じたようだ。 「ああ、申し訳ないな…  カノンとともにランスも鍛えることにしようか。  …セイラ、おまえもだぁー…」 ランスはよろこびに打ち震えている。 昨日はただただ怖かった結城の畏れが自分に味方していると感じたからだ。 闘志が漲る感覚。 だがランスはゆっくりとその高揚感を収めていった。 これはこのあとの組み手まで取っておこうと思っていた。 当然セイラやカノンに勝てるはずはない。 だがランスが言ったように、心だけは負けないと強く心に刻んだ。 ランスと結城は朝食を済ませて、ランスは結城の後を追って訓練場に足を踏み入れた。 「さて、なかなか面白い見世物だった。  そろそろあのふたりを懲らしめようと思っていたんだよ。  その切欠がランスになるとは思いもしなかった。  今のままでは、ただの不良だからなっ!!」 結城は大声で笑った。 ランスは、暴言を謝りたかったが、ここは何も言わないことにした。 「さて…  オレにはいた暴言のお仕置きだが…」 「そういったずりいことを言ってんじゃねえぞぉー…」 ランスはこれでもかっ! と言うほどの感情を込めていった。 「おっ!!  最高だなっ!!  爽太が震えたっ!!」 「え?」とランスは、背後の射撃ブースで指導をしていた爽太を見た。 その視線はランスに釘付けだった。 「…うっわぁー…  こっわぁー…」 素早く爽太を見たランスは震えが来たようだ。 「爽太までに火をつけたランスは、この修行に耐えなければならない。  そして簡単に耐えた場合、昨日の反省会で話していた地獄に案内しよう」 ―― 地獄… 悪の根源がいる場所… ―― ランスに少し気合が入った。 「今のランスには耐えられると思うからな。  その最終確認のようなものだ。  できればランスも戦力として加えたいんだよ。  仕事を少し急ごうと思ってな。  これはオレの欲。  これからすることはランスは見ているだけでいい。  肉体は痛まないが、体が動かなくなるかもしれない。  大いに気合を入れておいた方がいいぞ」 「オウッ!!」 ランスはあらん限りの気合を込めた。 絶対に耐えるという強い意思を見せた。 だが、ここではなく違う部屋らしく、ランスは結城についていった。 となりの部屋に入ると、「おとうさぁーんっ!」という声とともに、なんと、セイラにそっくりの女の子が走ってきた。 ランスたちの目の前には大きなプールがある。 その右奥の扉から女の子は出てきたようだ。 「やあ、セイランダッ!!」 結城はセイランダを抱き上げた。 「…セイラに、そっくり…」 ランスはぼう然として言った。 「色々と事情があってな。  このセイランダも、セイラの強さのひとつなんだよ」 ランスは拍子抜けした心に活を入れた。 そして、あらんかぎりの気合を込めた。 それと同時に、恐ろしいものを見た! ―― 生物か? なんだ… ―― セイランダは、体中うろこと短いトゲで覆われ、長い角をはやし、長い爪を持ち、口からはあふれんばかりの牙をのぞかせる化け物に変身していたのだ。 ランスはこの恐怖に耐えるよう、さらに、「はあああっ!!」と気合を入れた。 「おっ!  いいんだがな…  さらに気合を込めろ。  そうしないと起きていられないぞ」 「オウッ!! ハアアアアアアアアアアアッ!!」 すると結城は、透明な何かをまとっているように見えた。 そして結城も、セイランダと同じ化け物に変身したのだ。 ランスはさらに気合を込めた。 組み手用に置いておこうと思った高揚感も全てまとった。 あらん限りの闘気をまとった。 そして絶対に倒れない強い意思を見せた。 『ガイーンッ!! ガイィ―――ンッ!!』 「くっそぉおおおおおおおっ!!!」 ―― この音は体がしびれる、耐えろぉ―――っ!! ―― ランスの体の痺れは治まらない。 だがまだ立っていられる。 心が折れたら負けだと、ランスは強く思った。 音の発生源は、化け物の角鳴りや爪鳴りだ。 この化け物は確実に宇宙最強の生物だと、ランスは感じた。 その化け物は目の前にあるプールに飛び込んで、妙に和やかな雰囲気で泳ぎ始めた。 だがランスはさらに気合を入れた。 『ガイィン ガイン』とまた角鳴りなどの音が聞こえる。 「あれ?  君、すごいねぇー…  ここに立っていられる人って、セイラちゃんと覇王さんだけなのに…」 ランスは苦笑いだけ浮かべて、少年を見た。 「あ、ボクも変身するから。  それで起きていたら、覇王さん、君の事すっごく大切にしてくれるよっ!!」 ランスはさらに苦笑いを深めた。 それはもうすでに身にしみてわかっている。 そして少年は、海洋生物の形の化け物となり、プールに飛び込んだ。 角鳴りなどの音が二倍になった。 だが、ランスは耐えに耐えた。 まだ体がしびれる! だが必死に耐えた。 ―― 声、声だ… ―― 「はあああああああ…」 ―― もうこれ以上は出ねえ… ―― だが少し楽になった。 ランスはさらに声にならない声を出した。 さらに体に力を込めた。 化け物がブールから上がってきた。 そしてランスに近づいてくる。 ランスはもうでない声を振り絞った。 出ない力も振り絞った。 「はい、合格っ!!  満点だ、ランスッ!!」 いつの間にか目の前には結城がいた。 「…なんてこたあねえ…」 ランスは虚勢を張ってそのまま地面に大の字に寝転んだ。 まだ体中がしびれている。 よって、意識は断たれていない。 すると、知った足音が聞こえて、ランスの近くで止まった。 「癒やしていい?」 蓮迦の声だ。 「いや、耐えられるから。  ありがとう、蓮迦さん」 「ざんねぇーん…」 蓮迦があまりにも残念そうな声で言ったので、「ほんの少しだけ…」とランスは言った。 「うんっ! ちょっとだけねっ!!」 蓮迦が何をしたのかはよくわからないが、小さなものだと感じた。 だがなんと、完全に回復してしまったのだ。 「えっ?」 体の負担が何もかも消えていた。 だが、術自体は小さかったとさらに思い浮かべた。 「さらに見事だな…  蓮迦の術を増幅したぞ…  …ランスはもうずっとここにいろ」 ランスは上を向いたままなので、結城の表情は見えない。 結城はまるで、わが子を慕う顔となっていたのだ。 「そうはいかねえだろうが…  それに、海洋生物に変身した子も言ってたな。  耐えれば師匠がオレを大切にするってな。  それでいいのかよ、ああん?」 結城は答えなかった。 答えないことが答えだろうと、ランスは思っておくことにした。 「よっしっ!  呼吸も落ち着いたっ!!  蓮迦さん、ありがと」 「ううん…  驚いちゃったの…  本当にちょっとだけだったんだよ」 「ああ、疑ってない。  師匠も言ってくれたからね」 ランスが笑みを向けると、蓮迦もランスに笑みを向けた。 「神の力が戻ったわけじゃない。  しかしランスの潜在能力は一級品だな。  今も角鳴り、聞こえているだろ?」 勇気の言った通り、時々だがこもった音は聞こえる。 「ああ、少しだけビリビリ来るが、動けねえわけじゃあねえ」 ランスはボディーチェックをしてからゆっくりと立ち上がった。 「ああー…  なんだか新鮮だ。  開放感、というやつか…」 ランスはひとつ背伸びをした。 「一度経験すれば、二度目はかなり楽だが、  普通の者はここにいることは叶わないはずなんだよ。  蓮迦の場合はそれを修行で克服したからここにいられるだけだ」 「ああ、あの男の子はセイラと師匠だけだって…」 ランスが言うと、蓮迦は笑みから少しだけ舌を見せた。 どうやら、知られないように独自に修行を積んでいたんだろうとランスは思ったようだ。 「蓮迦さんもすごいね」 「お嫁さんになれるっ?!」 蓮迦が言うとランスは、「誰の?」と言うと、蓮迦はかなり困った顔をした。 そしてランスは結城の顔を見た。 すると、さらに困った顔の結城がいて驚いた。 「どっちも困ってんじゃねえっ!!」 ランスは言って、大声で笑った。 元の訓練場に戻ると、爽太はいなかったので、ランスはほっと息をはいた。 「組み手、やろうか。  ゆっくりでいい。  そして、盗め」 「…お、おう…」 ランスは慎重になり、冷静に結城を見るように心がけた。 きっと何かをやってくると感じたからだ。 ―― 見るための組み手… ―― ランスはほんの少し考えただけで頭に浮かんだ。 それは移動時の足さばき。 猛烈なスピードで移動していたからだ。 あのスピードが欲しいと、ランスに欲が沸いた。 欲を全て目に集中した。 絶対に見切ると自信を持った。 早速結城はその足捌きを使ってきた。 見えた部分だけを少しだけ反芻した。 しかしこれは基礎体力をつけるべきだと、ランスは考えたようだ。 結城の動きに反応すると同時に、その足さばきも使った。 やはり慣れないのでうまく行かない。 だが落ち着いて、順序良く繰り返した。 どれほど時間が経ったのかはわからない。 そして結城は今までにみっつの足捌きを見せた。 ランスはそれを繰り返し行い、奇妙な動きに気づいた。 ―― この方が楽だ… ―― ランスが思った楽な足捌きを使って結城に迫った。 今は打撃は考えていない。 ただただ結城を追いかけているだけだ。 移動方向を変えてもついて行ける。 できれば背中にタッチできればいいとランスは思い、追いかけることだけに専念した。 結城の顔色が変わった。 スピードを上げなければ背後を取られる。 だがこれ以上はランスの体が持たないと思った結城は、今のスピードを保った。 ランスは粘りに粘った結果、やっと結城の背中に触れた。 「よしっ!!  ここまでっ!!  昼まで休憩だっ!!」 「オッスッ!!」 ランスは高揚感に満ちたまま、地面に座り込み足をいたわり始めた。 「あのぉー…  癒やしたいんだけどぉー…」 蓮迦が申し訳なさそうにランスに聞いてきた。 「ゴメン。  できれば今は甘えたくないんだよ。  それに動けるようになれば、師匠が困るんだ。  オレはきっとこの先無謀なことをするってね。  だから普通に休憩して癒やすよ」 「…うん…  我慢するのぉー…」 蓮迦はランスの隣に座った。 「オレも蓮迦さんもお互いのことを何も知らない。  だから話しをしよう」 ランスが言うと、蓮迦ははじけんばかりの笑みをランスに向けた。 「蓮迦さんはここを離れては  いけないんじゃないかって思っているんだけど…」 蓮迦も、そして立ったままで話しを聞いている結城も、かなり困惑した顔を作った。 「サヤカさんに聞こうと思ったんだけどね、言えないって言われたんだよ。  何を言えないのかなぁーって思ってね」 蓮迦は口を開こうとはしなかった。 「オレは普通に蓮迦さんはどういった人なのかを聞こうと思っただけなんだよ。  だけどあの反応は、  サヤカさんにとって言えないこともあるからだろうって感じたんだ。  だから直接蓮迦さんに聞こうと思ってね。  言っておかなきゃいけないことがあれば聞いておきたいんだよ」 ランスは蓮迦の言葉を待つことにした。 結城も口を挟むことはしなかった。 すると蓮迦はゆっくりと天使服を脱いだ。 「…私ね…  覇王君のことが好きだったの…  肉体関係もあるの…」 蓮迦が告白するとランスの考えが一変した。 「ああ…  だったらオレのお嫁さんは諦めて。  当然知っていたんだよね、恐竜人の持って生まれた性格…」 恐竜人は性的に経験のない者同士が必ず添い遂げる。 このような性格をもって生まれてくる。 だが、離縁した者同士が添い遂げることは可能。 ランスはまだ女性関係はない。 だが蓮迦はある。 よってランスは、今の蓮迦にはまったく興味がなくなっているのだ。 「色々とよくしてくれて本当に悪いって思うんだけどね。  オレの持って生まれたものが邪魔をしているだよ」 「知っていたのに黙っていたことを謝るわ…  本当に、ごめんなさい…」 蓮迦はゆっくりと天使服を着て、立ち上がってからとぼとぼと歩き始めた。 「師匠、ひでえなっ!!  と言いたいところだが言えねえ。  事情があることなら聞いてやるっ!!」 「そうか、そうだよな」 結城は穏やかに言って、ランスの隣に座って、順にゆっくりと長い話しを語り始めた。 「ひでえな、おい…」 結局ランスはこの言葉を使った。 「まあな…  蓮迦も限界に来ていたんだよ。  オレが交わってやると言っていたんだが、80年も待てなかったんだろう。  そして三年後の今、オレがランスを見つけた時に蓮迦が食いついた。  もしオレが認める存在ならば、蓮迦はそいつと添い遂げたいって言ってな。  だがオレは当然止めた。  ランスは恐竜人だと知っていたからな。  この星の8割も恐竜人だ。  みんなランスと同じで、ほぼ、未経験者同士、経験者同士の婚姻しかない。  もしそれを違えた場合、確実に刃傷沙汰を起こして離縁している。  嫉妬の渦に巻かれてな。  経験者はお互いがそうだからな、まずそういった不幸な事件は起きない」 「モテる男もほどほどだよな…  オレは、オレの受け持つ大宇宙が平和になってからだ。  それは曲げねえ。  師匠と呼ぶ代わりに色男と呼んでやるよ。  その方が敬語を使いにくいからな、この色男っ!」 ランスが言うと、結城は苦笑いを浮かべた。 「ああ、それでいいぞ。  さて、飯を食いに行くか…」 結城とランスは立ち上がった。 ふたりとも足取りは重いようだった。 だが、店に入った途端、ランスは身構えた。 メリスンの笑みが怖かったようだ。 ランスはまるでロボットのようにかくかくと何とか歩を進めてカウンター席に向かった。 「お昼ごはん、楽しみにしていましたっ!!」 「あら、うれしいわぁーっ!!  蓮迦ちゃんのこともやっと片付いたようだし、気分転換してね。  そうしないと怪我の元になっちゃうから」 「はいっ!!  そのお言葉、必ず守りますっ!!」 ―― この方が自然に出るよな… ―― と、ランスは少し喜んだ。 結城もカウンター席に座った。 「昼からは少し遠出をしよう。  あの化け物、ダイゾの存在を認めた。  この星にはまだ怖いものがいるんだよ。  これも精神修行としてくれ」 「オッスッ!  色男っ!!」 ランスは少し笑いながら言った。 メリスンが大声で笑って、「セイラともやっちゃったのよっ!!」と、陽気に言った。 「…おまえ、さらにダメだろ…  何考えてんだ?」 「いやー、すまんな…  もう女は懲りたところだ…  不本意な交わるはするもんじゃないよな…  オレの性欲が満たされるわけでもないのに…」 この件はさっきの話には出ていなかったので、ランスはさらに踏み込んだ話しを結城から聞き出した。 「…お人よし過ぎるだろうがぁー…  ま、羽目を外した部分もあるけど、あんたはただのオナペット。  だったら条件は少々変わったな。  ああ、同情なんかはねえぞ。  オレの本心、本能から出ている言葉だ。  蓮迦さんはオレが貰い受けるっ!!  …おい、蓮迦さんを呼びだせっ!!」 ランスは勢い込んで結城に言った。 「ああ、そうしよう」 結城の顔にやっと笑みが戻って、ランスもうれしそうだ。 「はいっ!  おまたせっ!!  たくさん食べてねっ!!」 料理が続々とカウンターに並んだ。 「はっ!!  頂きますっ!!」 ランスは敵と戦うように言い放ち、かなり丁寧にだがたらふく食べた。 今、ランスと結城は空を飛んでいる。 そして、ランスの背中には幸せそうな蓮迦が抱きついている。 蓮迦は今は天使服を脱いでいる。 蓮迦も空を飛べるのだが、たった一日鍛えただけのランスに追いつけないので、ランスが気を利かせたのだ。 「鉄道…  これが、例の…」 ランスは眼下を見て言った。 「そう、人力列車だ」 「ありえねえなっ!!  おっ!  はええなおい…」 ランスたちは本気を出して空を飛んでいるわけではないのだが、人力列車は相当のスピードが出ている。 人力列車はあっという間に三人を追い抜いていった。 ランスは前方に目をやった。 「あれがサークリット遊園地か…  すげえな…  オレのいた星にもあったが、あの十分の一もねえぞ」 「私、デートしたいんだけど…」 蓮迦がランスの顔をのぞき込んで言った。 「ダメ。  修行優先で。  無理言うと離縁。  まだ結婚してないけどなっ!」 「マジメ過ぎてつまんないぃ―――っ!」 「別れてもいいぞ、今なら傷は浅い」 ランスが言うと、蓮迦は黙り込んだ。 ふたりのやり取りに、結城は笑みを向けている。 結城の指示で、少し広い空き地に降りた。 その目の前には大きな家がある。 右手に少し大振りな玄関がある。 見た目には木造四階建てだが、実際はニ階建てだ。 学校の校舎と同じように、いたるところに彫刻が施されている。 「豪邸だよな…  この島の持ち主とか…」 ランスの疑問には結城も蓮迦も答えなかった。 家に近づいて、結城は玄関をノックした。 すると青年が姿を見せて外に出てきた。 「グレラス、ランス・セイントだ」 グレラスはランスに笑顔で握手を求めた。 「グレラス・ドラガン16世です」 「は、はあ…  どうも…  やっぱ、王様…」 「まあ、一応、王様のようなものです。  では、早速」 グレラスは大空高く飛び上がり、なんとその身を巨大な龍に変えたのだ。 今は翼を広げていて、その先端はまったく見えない。 ランスにその恐ろしげな顔を向けている。 「…なん、だとぉー…  でっけえな、おいっ!!」 ランスは子供のように喜んだ。 龍の首は長く、胸は雄雄しい。 胴は細いが、足は強靭で太い。 尾は長く、その先端はランスの視界では確認できない。 全身は少し赤みがかっていて、大きな口から炎がちょろちょろと見えている。 まさに火龍だと、ランスは思ったようだ。 「王ではなくこの星の神。  それが龍だ」 結城が言うと、ランスは色々と理解できたようだ。 「あの学校の校舎の模様、やっぱり龍だったんだな」 「そうだ。  この家もそうだが、あれもグレラスが建てたんだよ。  ああ、降りてきたな」 グレラスは苦笑いを浮かべて、ランスのとなりに立った。 「驚いてはくれないんだね?」 「あははっ!  すっごくカッコイイですよっ!!」 ランスは少しピント外れの回答をしたが、グレラスは笑顔でうなづいていた。 グレラスの屋敷で少々長い話しをしてから、サークリット大陸をあとにした。 ランスはかなり陽気に、蓮迦と手をつないで空を飛んでいる。 だが、蓮迦は遊園地で遊びたかったようで、あまりいい顔をランスに見せない。 「そんな顔になって固まるぞ」 ランスが言うと、蓮迦は無理やり笑顔を作った。 「と言っても、デートする場所ってあそこくらいだよな?」 蓮迦は笑顔で超高速でうなづいた。 「気が向いたら誘ってやる。  約束はしないからな。  それでいいよな?」 蓮迦はまたふくれっつらを見せた。 「置いて行くぞ」 ランスは蓮迦の手を放そうとしたが、蓮迦はランスの腕を抱いた。 「免疫ねえからあんまりくっつくな…  今は女と交わっている暇はねえ」 蓮迦はさらに気に入らなかったようだが、その日を夢見る乙女になっていた。 「オレもそうしたかったんだがな…  オレにも十分に、優柔不断さがあった」 結城が言うとランスは今にも噛み付きそうな顔になった。 「それって甘えじゃねえの?  いくら仏だと言ってもやり過ぎだろ…  程ってものを知らなねえのか…」 話の中でランスは仏の存在も聞いていた。 ランスは仏すらも小バカにしている。 「その通りだから、反論ができん…」 結城は苦笑いを浮かべた。 三人は町に戻ってすぐさま訓練場に行った。 すると不良がふたり、ランスを待ち構えていた。 「おい、淫乱娘」 ランスはいきなりセイラにケンカを売った。 セイラは声も出せないようだ。 だが、その体はわなわなと震えていた。 「おまえを今日から、淫乱娘と呼ぶ。  これはオレの法律だっ!!」 セイラは怒りをあらわにしてランスを襲ってきた。 ランスは怖くもなんともなかった。 ただただ、セイラの動きを読んでいただけだ。 そしてさすがに追いつけなくなったので、ランスは例の足捌きを一瞬使い、あっという間にセイラに追いついて、腹に掌底を当て、少しかがんだ頭に上段からのまわし蹴りを入れた。 セイラは激しく地面に叩きつけられたが、―― 起き上がれるっ! ―― とランスは思った。 そう踏んだランスはまだ倒れているセイラの足をつかんで振り回した。 そしてそのまま地面にたたきつけた。 それを何度も何度も繰り返した。 だがまだ足に力がある。 さらに大きく振りかぶった時、セイラが小さな猫になったことを確認した。 ランスは地面に着地する直前のネコを踏みつけ、蹴り飛ばし、施設の壁に激突させた。 ネコは痙攣を起こしている。 「おっと、やり過ぎちまったかな…  だがまあ、いいだろう。  食われるよりはマシだ」 ランスはネコに凶暴性を察知していたからこそ、ひどい仕打ちをしたのだ。 すぐさま蓮迦がセイラの治療を施し始めた。 今はネコではなく人間の姿に戻っている。 「おい、母ちゃん。  来いよ。  …ばらばらにしてやろう…」 ランスが言うとカノンは震えた。 この恐怖は数年前にゼンドラドと対した時以上だった。 「…来いと言ったよなぁー、母ちゃん…」 カノンは恐怖のあまり、その場で立ち尽くし失禁した。 足は振るえ、体の自由は利かない。 「オレから行くぞ、カノン…」 ランスはもう知っている。 悪魔に殺意を見せてはいけないと。 「そうだ、おまえも淫乱娘だよな…  セイラの父に狂った愚かな娘…  そんなやつが、オレの母ちゃんのはずはねえっ!!」 ランスが一歩近づいた時、カノンは崩れ落ちた。 「おいおい、まだ何もやってねえぞ。  おまえには貸しがある。  …ちょっとだけ殴らせてくれやぁー…  さあ、立てよ、淫乱娘…」 カノンは立ち上がろうとしたが、足が震えて何度も何度もひざをついた。 ランスは無防備にカノンに近づいたがカノンは気づいていない。 ランスは手の届くところまで来て、カノンの顔を平手で何度も張った。 倒れそうになったら引き起こした。 さらに顔を張り、カノンの顔はみるみる腫れ上がった。 「つまんね」 ランスはカノンを突き飛ばした。 そしてランスは殺気を感じた。 「兄弟子よぉー…  ここでは殺気厳禁だぜぇー…  この棒やろう…  今日はてめえが失禁しろやぁー… 爽太は戸惑った。 爽太自身から殺気が出ていることに気づいていなかったのだ。 ランスは一切殺気を放っていない。 この気後れがあり、一歩踏み出したところで、ランスの拳が爽太の腹にめり込んだ。 斜め上から突かれたので、爽太の体が地面に埋まった。 「そのまま反省しろやぁー…  兄弟子よぉー…」 ランスは振り返り、結城を見た。 「おい、デクの棒、やるかぁー…」 「そうした方がよさそうだな」 結城に笑顔はない。 ランスは狂ってはいない。 ランスの作戦かと思ったがぎりぎりで押さえている。 さらには悪意は当然ない。 これがランスの本来の姿だと、結城は思い知った。 さらには、今使っているランスの足捌きには対応できない。 結城はここが正念場だと、いつもよりも激しい気合を込めた。 だがそれが逆効果だった。 なんと、ランスがさらに大きく見えた。 相手の畏れを吸収して強くなり始めた。 結城はさらに気合を込め、最高速でランスに向かって行った。 さすがに目に見えない素早さは追えないとランスは思い、足を止めて待つ構えを取った。 だが隙あらば動くと心に決めている。 気配が近づいた時、あらんばかりの素早さを発揮して、めくらめっぽう打ち込んだ。 何発かは結城に当たった。 だがランスは無傷だ。 ランスはまた足を止めて、今まで以上の気合を込め、「はあっ!!!」と凝縮した畏れを流した。 ランスがすぐに移動した。 結城の動きが止まっていたからだ。 ランスは結城の顔面に拳を叩きつけた。 結城はそのまま後方に飛び、二転三転してうつむきで止まった。 「なんだ、よええじゃねえか…  つまんね…」 ランスは結城に近づいた。 「免許皆伝証、くれやぁー…」 「いいや、やれんな。  ランスはまだここの全てを見ていないからな。  それにビームはどうするんだ?」 結城は顔を潰されたが、まだ体力は十分にある。 今のランスの真の強さを知りたかったので、探ることにしたようだ。 「おお、それがあったっ!  爽太を脅して教えてもらおうかぁー…  なんなら、あいつをもらって行ってもいいな…  その方が役に立つ」 「逃げてもつかまるが、言うことは聞かんぞ」 「だったら捨てるだけだな…  それも困ったな…  じゃ、教えてもらえるまで修行を続けよう」 結城はこの解答には困ってしまったようだ。 まったく悪意はない。 自分の強さにおぼれているわけでも横暴でもない。 これが真の強さなのかと、思わざるを得なかったのだろう。 「そうしてもらえば助かるな」 「イケメンを潰して悪かったな、デクの棒」 「いいさ。  そのうち傷は癒える。  オレも怠けていたようだな。  しかし、オレから教えることはもうないな…  しかも、悪意の判定も不可。  さて、どうしたものかなぁー…」 「ふーん…  オレを更生させようとはしねえんだな。  ま、何も悪いことはしてねえし、  来た敵を打ち抜いて動けねえようにしただけだからな。  オレにはまったく非はねえ」 「そういうことだ。  ビームを教えてもいいかもしれんな。  正しく使えるのならオレは何にも言わない。  だが、ビームを使って、敵を打ち抜くのか?  それをすれば、さらに敵は増えるぞ」 「あんたらの方法でやるさ。  武器だけを壊す。  兵器の関連施設とかもな。  それで文句はねえんだろ?」 「その通り。  後は悪の存在。  おまえ、悪を食うんじゃないのか?」 結城は少しだけ笑った。 「そうかもな。  悪には飲まれねえ。  オレが食ってやろう。  オレ、悪よりも悪かなぁー…」 「その強さはある。  おまえが全ての宇宙を守ってくれるとうれしいな。  そうしてくれたらオレは自由に生きられるからな」 結城はダメージが抜けたようで、体を起こした。 「もうやんねえの?」 「ああ、今は休息だ。  おまえを信じよう。  全てを持って帰って欲しい。  そして、死ぬなよ」 「ああ、それは守るぜ。  オレの使命は世界の平和を手に入れること。  さて、そうなったらどうしよう…  戦う相手がいねえとつまらんな…」 「その時は声をかけてくれるとうれしいな。  オレが相手をしよう」 カノンと爽太は、天使たちが治療を終わらせていた。 命には別状ないが、深い心の傷を残すだろう。 ランスの怒りが、恐怖という傷を刻み込んだはずなのだ。 結城の体からネコが出てきて、結城の顔を治した。 そして、爽太とカノン、さらにはセイラの傷も全て治した。 「おおっ!  すっげえなあんたっ!  それ欲しいんだけど…」 「言うことを聞けばもって行ってもいいぞ」 結城は言って、小さな猫をランスに渡したのだが、その身を翻して結城の体に入って行った。 「ちっ!  振られちまった…  蓮迦にも振られるだろうなぁー…」 「さあ、どうだろうな。  鬼人の強さを持った夫…  今の蓮迦はどう思うんだろうな」 すると女がひとり、この施設に駆け込んできた。 「覇王、なにがあったっ!!」 「やあ、麗子。  試合形式の組み手。  行き過ぎて殺意を持った。  やられた方がな」 「…なん、だと…」 「証拠、見る?」 結城が言うと、今あった一部始終の映像が流れ、麗子はランスを見た。 「なるほどね。  ランス君は強いのね。  殺意を持った方が大バカだわ。  平和だからこそ、気を引き締めるべきなのに。  ああ、ランス君。  疲れてなかったら少し組み手をしてくれない?」 麗子は自然体で言った。 ランスは、「ああ、大丈夫っすよ」と言って、お互い礼をして向き合った。 麗子は無防備にランスに近づき、掌底を何発も放った。 ランスは全てを避け切れず、一瞬にしてズタボロになっている。 「あれ?  なんで反応できねえんだ?」 「それはね、覇王も修行不足だったから。  私はずっと修行の中にいた。  みんなは平和におぼれていたのよ。  それに君の秘密もわかったの。  相手に攻撃意思がないと反応できないの。  だから私だけが打ち込める。  君はとんだ不良品なのよ。  さらに悪意や殺意を向けた途端倍返し。  カノンは殺意を向けなくて助かったってところね」 ランスは肩をすぼめた。 「オレ、すっげえよええじゃん…」 「ある意味そうね。  だけど敵は確実に殺意を向けてくるから今のままでも役に立つの。  だけど正常化した方がいいとは思うわね。  それは、私のような者が現れた場合、簡単に負けてしまうから。  それも視野に入れておいた方がいいわ」 「ああ、そうするよ…  修行って…」 「普通にすればいいだけ。  相手を見て普通に反応できれば合格よ。  スピードを落とせばわかると思うわ」 麗子はゆっくりと打って出た。 少しスローなので、ランスにも簡単に見切れる。 「ああ、普通に…」 麗子はどんどんスビー度を上げて、ランスに当ててしまう前に動きを止めた。 「うーん…  弟子見習いからね」 「はあ、そうでしょうね…  スタートラインが遠くなりました…」 麗子は大いに笑った。 「でもね、残虐性がないことが素晴らしいわ。  相手が倒れたらもう攻撃はしない。  殺意を向けられていてもそれを根に持っていない。  悪意を持っていれば、今のような戦いの場合、確実に止めを刺すから」 「はあ、その通りだと思います。  デクの棒は使い物にならないと思うんですけど、  麗子さんが師匠になってもらえませんか?」 「私、仕事があるのよね…  でも、帰ってきてから少しの時間なら。  それまでは自主練してくれていていいわ。  動きを見ればマジメに修行を積んでいたことはわかるから」 「はい、そうしますっ!  あのぉー、デクの棒のような妙な命令とかは…」 麗子はいきなり腹を抱えて大いに笑った。 「ないわよ。  敬語でも何でも好きなように。  思った気持ちで話しをしましょう」 「はあ、それが一番うれしいです。  師匠、どうか、よろしくお願いしますっ!!」 ふたりの様子を見て結城は苦笑いで頭をかいている。 結城もランスに殺意に似たもの、闘気を向けていた。 止めなければ大変なことになると感じていたようだ。 麗子はランスに向けていた笑顔を引き締めた。 「さあ、みんな集まってっ!!」 麗子が大声で叫ぶと、そこらじゅうから人が現れ麗子とランスを囲んだ。 ランスは何事かと思ったようだ。 そして、―― リンチッ!! ―― と思い、素早く身構えた。 「敵意を向けるんじゃないわよ…  今の四人のように簡単にのされちゃうわよ」 麗子が言った途端、ランスを見る目はごく普通に変わっていた。 ―― どういうことだ… ―― ランスはぼう然としている。 ランスは自らが倒した三人、セイラ、カノン、爽太を素早く見た。 見た感じだけで言うと、多少引け目のあるような顔色に感じた。 「さあ、状況検分をするわ。  これは警察としての仕事だからね」 ランスは麗子の職業を知ることになった。 そして、後ろめたさがランスを襲った。 「ランス君は平常心で。  ここで裁くわけじゃないの。  さらに、非はランス君にないはずだけどね。  ちょっと気になるところが多いから君の口から聞きたいのよ」 「…あ、はい、わかりました…」 ランスはほっと胸をなで下ろした。 麗子だけは今は自分の味方だと思ったようだ。 「さて、今日のランス君の一日だけど…  無謀にも悪魔の宴を見せた。  そうよね、覇王」 麗子は結城を鋭い視線で見た。 ランスは思わず何度も何度もうなづいている。 「ランスの正確な実力のほどを知りたかったからだ。  そして知って、手放すを惜しんだ。  ここにいる誰よりもランスは大成すると感じたんだよ」 「質問以外のことは答えなくていいの。  その理由まででいい。  あんたの心境なんて今はどうでもいいの」 麗子は結城に冷たく言い放つと、結城は少し肩をすぼめてから笑みをもってランスを見た。 ―― 信じてよかった… ―― ランスは疑ってはいなかったのだが、さらにこの思いが沸きうれしく思って結城に笑みを向けた。 「さて、ランス君」 麗子に名を呼ばれて、ランスは真顔を麗子に向けた。 「その時にだけど、気づいたことがあったら何でも言って欲しいの。  全ての感情においてね」 「あ、はい。  まずはとんでもないことになったと後悔しました。  だけど、これに耐えなければ先に進めないとも。  とにかく耐えろと自分に言い聞かせました。  何度も何度も意識を失いかけましたが、  もう出せない気合を何度も何度も出しました。  そしてようやく、デク…  ああ、結城さんの合格が出た時は本当にうれしく思って、  体の力を一気に抜いて、大地に倒れました。  すると、蓮迦…  蓮迦さんが癒やしを施してもいいかとと言われたのですが、  ここは今の苦痛も修行と思って、極力丁寧に断りました。  ですが、蓮迦さんがとても残念そうな声で言ったので、  小さな癒やしだけ施してもらうことにしたんです。  なのに、一気に回復してしまったんです。  術の大きさはよくわかりました。  本当に小さなものだったんです。  だけどオレの体の中で膨れ上がるように術が広がったんです」 ランスの少し長い話は、この場にいるものを驚愕の顔にかえた。 さらには疑うものは誰一人としていなかった。 「状況が手に取るようにわかったわ。  ここで神の力の増幅が覚醒したことがわかったのね。  …だけど気をつけるべきだと思うわ。  もし癒やしが大きいものだったら、寝ちゃってたかも」 麗子が言うとランスは、「はい、きっとそうなっていたように思います」と真顔で答えた。 「さらに、ほかの魔法でも同じだと思うの。  体や心にダメージを与えられる魔法は元の数倍になって襲ってくる。  それ、何とかした方がいいわよ。  といっても、かなり難しいことでしょうけどね」 ランスは麗子の話しを聞き入り、話の内容は納得できた。 「その術から必ず逃げないと…」 「そうね。  さらには防御すること」 麗子が言うと、結城が二枚の白と赤のプレートを出して、ランスに渡した。 「これは免許皆伝証のようなものだ。  体に装着することもできるが、『盾』と念じればランスの身を守る盾になる。  白い方は通常の盾、赤い方は反射だ。  赤の方は注意して使ってくれ」 「あ、ああ、すまねえ…」 ランスは言ってから、結城に笑みを向け、白いプレートを手に持って、―― 盾 ―― と念じた。 すると、ランスの体の前方は確実に守れるほどの半透明の盾が現れた。 ランスは結城と麗子の顔を見てから子供のように喜んだ。 「強度はかなりのものだ。  しかもサイコキネッシスも通さないからな。  能力者や勇者との戦いにも十分使える」 「おおっ!!  スッゲェーッ!!  カッケェ―――ッ!!」 ランスは結城の話しを聞いてはいなかった。 「ランスッ!!  人の話は最後まで聞けっ!!」 麗子の渇が飛び、ランスはすぐに我に返った。 「あ、申し訳ありませんっ!!」 「覇王が言ったこと、聞いてなかったわよね?」 「あ、いえ、強度はかなりのもので、サイコキネッシスも通さないと」 ランスは話しは聞いていなかったが耳には入っていたようで、麗子と結城は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。 「…じゃ、次…  場所を移動して、サークリット大陸に移動。  龍になったグレラスを見て大喜び。  恐ろしいとは思わなかった」 麗子が言うと、「はい」とランスは短く答えた。 「そしてグレラスから、さまざまな話しを聞かされ、その中に、  セイラがとんでもない不良だと言う話しを聞かされた」 「はい…  オレとしては信じられません…  20才になってもいないのにそういった行為をするなどと…」 この場にいる者がランスに驚きの顔を見せた。 「ランスが言ったことは、ランスの住んでいた星での常識だから。  ランス、ここではね、12才以上で結婚は可能なの。  だからね、セイラのように困った子が大勢いたりするのよ」 麗子が言うと、ランスは大いにうなづいた。 「やはり大人の行為は、  正しく大人になってからした方がいいと思っていますから。  オレは今のところ、すべて断ってきました。  年上で大人の女性が多い職なので」 蓮迦も当然ここにいる。 よって今、蓮迦がランスに迫っても、肉体関係は結べないと感じたようで、悲しそうな顔をした。 「だけど、自分の彼女ならそれは別です。  しかも、結婚の意思があるのなら即結婚して、契ろうと思っています。  ですが今は、オレは元の大宇宙に戻って全てを正したい。  それが終わってからのことだと思っています」 この場にいる全員がランスに冷たい視線を浴びせて、ランスはかなり驚いてしまったようだ。 ここではランスの考えは間違っているといわんばかりだ。 「オレはランスと同じ考えを持った者を一人知っている。  朱雀源次」 結城が言うと、ランスは結城に笑みを向けた。 「それでいいとオレも思うぞ。  全然間違っていないからな。  源次は彼女はいるが、その彼女に迫るなと言う条件をつけてつきあっている。  今は修行の時だとしてな。  もし無理にでも源次をわがものにしようものなら、  すぐさま別れるという条件付でな」 蓮迦が結城をにらみつけたが、結城は蓮迦を見なかった。 「オレ、そうします。  蓮迦、いいよな?」 「答えたくないよ?」 天使服を着ている蓮迦はかわいらしく言った。 「ああ、その話は後だ」 麗子は苦笑いを浮かべて男女間の付き合いの話しを終わりにした。 「さて、ここに戻った時に、悪ガキがふたりランスをにらみつけていた。  ランスのこの時の心情」 「はい。  大いに闘争心をむき出しにしていました。  戦わないと気がすまないといった雰囲気でした」 「よって、淫乱娘とセイラに向けて叫んだ」 「はい、そうです。  確実に冷静さを失うとわかっていましたから。  案の定、すぐさま殺意とともに襲ってきました」 ランスがセイラを見ると下を向いていたのでその表情をうかがい知れなかった。 「挑発したことも悪いが、むざむざやられたくもないからな。  ここは正当防衛でいいだろう。  さて、足を持って地面に叩きつける行為。  いつまで続けるつもりだったんだ?」 「はい。  足に力が入っていましたから、力が抜けるまで。  それにまだまだ闘争心は十分にありましたから」 ランスが言うと、麗子は小さく何度もうなづいた。 「そしてセイラはフローラという猛獣に変身した。  この先、蹴り飛ばすまでの状況説明を」 「はい。  手を離れた時、まったく違った恐怖をオレを襲いましたが、  気にせずそれを踏みつけました。  動かなくなったので、目障りだと思って蹴り飛ばしました」 この場にいるほとんどの者が驚いた表情を見せている。 「それであの速さで踏んづけたか…  私でも一瞬は躊躇するぞ…」 「いえ、闘志も危険も恐怖もあったので、動けなくすることが最善だと感じたので。  強く強靭ですが、やはり押しつぶされると動けなくなるとわかっていましたから」 「もし、それがネコではなくダイゾだったらどうだろうか」 「はい、すぐに逃げています。  どう転んでも今のオレではあれには勝てませんから」 「勝てない理由」 「硬すぎるからです。  攻撃が当たっても、簡単に跳ね返されるだけですから」 「冷静だな…  だがひとつ過剰防衛だ。  最後の蹴り飛ばしは必要ない。  もし次があったら、これはいらないことだと自分自身に言い聞かせろ。  できるか?」 「あ、はい。  それは守ります。  今考えてぞっとしました。  あのネコを殺していたかもしれませんから…」 「そういうことだな。  壁に激突した拍子に死んでいたかもしれない。  体重が軽いのでそうはならなかっただけだ。  もし場所が断崖絶壁や固い岩だったらどうだろうか。  動けないと知れば、攻撃を中止することが最善だな」 「はい。  肝に銘じて守ります」 ランスは麗子に少し頭を下げた。 「では次…  カノンへの張り手。  しつけと言っていたが?」 「はぁ…  それもありましたがやはりオレに対する敵意がありました。  確実に怯えてはいましたが、戦う意思がありましたから。  だから受けて立ったのです。  ですが動かないので、攻撃ではなく鬱憤晴らしで平手打ちを。  それをしないと、反撃を受ける可能性もありましたので。  時間をかけると、冷静さを取り戻すかもしれませんので」 「仕返しはできればしない方がいいが、  私たちの戦いそのものが仕返しだからな。  度を過ぎていないのでこれも正当防衛だし、  闘志を解かず反省しなかったカノンのせいでもある。  さて、爽太だが…」 「はい。  この攻撃も仕返しの意味はありましたけれども、  敵意も闘志もさらに殺意があり、  手を出そうとしたので打って出たまでです」 麗子は何度も何度もうなづいた。 「おおむねランスの正当防衛。  意見のある者は?」 ランスはこの場にいる全員を見回した。 すると、全員が笑みを浮かべていたのだ。 もちろん、セイラ、カノン、爽太もだ。 ランスはすぐに気づいた。 「てめえら、芝居かっ!!!」 ランスは大声で叫び、荒れ狂いそうになったところを麗子が抱きしめて止めた。 ランスはその大きな胸で窒息しそうになってようやく我に戻った。 「し、師匠…」 ランスのくぐもった声が麗子の胸元から聞こえる。 「遠慮しなくていいのよ…  カノンはね、私の娘なの…」 「グッ!!」とランスはうなって、―― 殺されるっ!! ―― と思った。 「でも、芝居を仕掛けた私たちが悪いんだものね…  本当にゴメンね、ランス」 麗子がランスを開放すると、ランスはふらつきながらも、「あ、いいえ、頭が冷えました」と赤い顔をして言った。 「作り物…」 ランスは麗子の胸を指差した。 「違うわよっ!!」 ランスの言葉は麗子に怒りをもって否定された。 「なんだかいい体験をさせてもらいました。  師匠、ありがとうございました」 ランスは誠心誠意、麗子に向かって頭を下げた。 「これで次のステップに進めるわ。  しばらくは基礎体力訓練と組み手を集中的に。  いいわね?」 「はい、師匠っ!!  よろしくお願いしますっ!!」 ランスは頭を下げたのだが、かなり気になることができてしまった。 言葉として発しないと伝わらないので遠慮なく言おうと思い、麗子を見た。 「あのぉー、免許皆伝証ですけど…」 ランスが言うと麗子は笑みを浮かべた。 「もちろん渡すけどね。  それよりもいいものがもらえるわよ。  それを渡す相手はカノンだけど」 「へ?」とランスは言ってからすっとんきょうな顔をカノンに向けた。 「実は私もまだ知らないのよねぇー  古神の名前。  それを知れば、変身できるようになるの。  みんなのようにね」 カノンが言うと結城や麗子たちが一斉に変身した。 ランスは少しばかり目を覆った。 結城と麗子が変身したものは光り輝きすぎていて、その実体がわからなかったからだ。 「これは光の鎧。  最高の修行をした者だけがまとえるんだ。  色つきはその途中。  黒は駆け出し、といったところだな」 結城の声が聞こえた。 「うっ!!  黒がカッコイイと思ったけど、駆け出しレベル…」 ランスは黒の鎧を見た時の感動を思い出し、少しだけ落ち込んだ。 「ランスがここを出て行く時、カノンからその名を告げてもらう。  実はな、名前を知るだけではダメなんだよ。  感情を込めて告げないと、神の力は戻ってこない。  よって今は、誰もランスを覚醒させられないんだよ」 「…ああ、母ちゃんがまだ古い記憶がないから…」 ランスはぼう然としてカノンを見て言った。 「そう。  その名を聞くとともに全てを思い出すからな。  よって、カノンが知っている事実は、記憶の外からの情報にしか過ぎない。  名を聞いても覚醒する可能性はかなり低いな」 「はあ…  なんだか、すごいね、みんな…」 ランスは笑顔で、鎧をまとったランスの神の一族を見回した。 結城たちは龍の鎧を解いた。 ランスはまだぼう然としている。 ランスはまだ騙されてるのではと思い、怪訝そうな顔を結城に見せた。 「一体、どこからどこまでが芝居だったんだ?」 「今の戦いに関する部分だけだ。  セイラと爽太は能力を二分の一、  カノンは三分の二になるように気功術で落としていた。  だから演技ではなく、本当に地獄を見たはずなんだよ」 ランスはぼう然として三人を見た。 「そこまで…  だが、殺しちまったかもしれねえだぜっ?!」 「その時はオレが止めた。  ああ、オレも芝居をしたぞ。  ランスに敵意を向けた。  いつものオレなら、麗子のように意味不明な敵に敵意は見せないからな」 「…ああ、信じるよ…  それほどまでしてオレの真の実力を知りたかった。  …まさか、もうねえだろうなっ?!」 ランスは結城に近づけるだけ顔を近づけ、闘気を放った。 「ある、かもな」 結城は言ってから、蓮迦を見た。 ランスは火の出るような勢いで蓮迦を見たが、これはおかしいと気になった。 「恋愛話でウソをついても意味がねえ。  つながってねえからな…  にらんで、悪かった」 ランスは蓮迦に頭を下げた。 蓮迦は、「いいのいいのっ!」とかわいらしい声でランスに微笑みかけた。 「蓮迦の気づいていないところであるんだよ。  これも、はっきりさせておいた方がいい」 結城が言うと、ランスは真剣な目を結城に向けた。 「蓮迦はオレの気に入った相手と添い遂げる、と言った。  これにウソはない。  だがな、裏を返せば、オレの代わりと言う意味にもなるはずなんだよ」 「…うっ?!  オレ、すっげーよろこんでたけど…  …蓮迦、どうなんだ?」 蓮迦はあまりのことで気が動転した。 そして、何も言えなくなった。 「この場を立ち去らないので混乱している。  今その答えを考えている。  だが、騙そうなどとは思ってはいなかったことだけは信じてやって欲しいんだ」 「ああ、それは信じる。  だから、オレがオレの大宇宙に帰るまでにオレが決めるっ!  それにほかにも、魅力的な女性は大勢いるからなっ!!」 ランスは囲んでいる女性たちをも回した。 だがこんなことを言ったが、ランスにそんな気は毛頭ない。 やはり蓮迦自身と天使の顔のふたつが気に入ってしまったようだ。 「あ、騙してはいないがまだあるぞ」 結城が言うと、ランスも蓮迦も体を震わせた。 「天使服を脱いだ蓮迦は本物ではない。  仏としての修行で、徳も器もかなり下げている。  本来の姿に戻った蓮迦は、かなり強烈だぞ」 「うっ!!  うっそぉーん…」 ランスはぼう然として蓮迦を見た。 蓮迦は驚いた顔を見せてから、天使服を脱いだ。 「嫌われるのなら、今のうちに…」 結城たちは素早く離れ、蓮迦とランスに結界を張った。 高尚な仏の存在感は、ここにはいないはずだが、弱い心を昇天させるほどの強制力がある。 そのためにふたりに結界を張ったのだ。 ランスはだただた蓮迦を見ている。 蓮迦は何の気合も入れずに本来の蓮迦の姿になった。 「何も、変わってねえけど…  うっ!!  違うっ!!」 ランスは身もだえを始めた。 そして、何かが体の中から出て行った感覚を味わった。 ランスはまた、生まれ変わった気がした。 「自然に追い出してしまったようですね。  本来ならば修行で追い出すはずだったのですが…  ランスさんがここを出て行くのは遠い日ではなくなってしまいました」 ランスはぼう然とした。 気弱そうな蓮迦はいない。 見たこともない威厳。 そして頭を下げたくなるような後光。 だがランスはこれにも必死に耐えた。 「オレだけが好きなら、オレについてきて欲しい。  答えはさっきも言った通り、オレが旅立つ時まででいい。  それでいいか、蓮迦」 「はい、ありがとうございます。  弱い私は本当に優柔不断です。  私自身は、もう決めておりますのに…」 蓮迦はまっすぐにランスを見ている。 ランスはその視線が妙にくすぐったく感じたようだ。 「蓮迦、元の姿に戻ってくれ。  みんなが迷惑だそうだ」 ランスが言うと、蓮迦は上品にくすりと笑ってから、徳と器を下げた蓮迦に戻った。 「なんか消えたけど…」 「最後の毒、といったところね。  だけどまだあるかも…  でもね、それは性格的な部分。  今までに体験したことのなかったことを、  ここで体験して知る必要があると思うの。  もし、悪の罠にはまったら、ランスさん自身では抜け出せなくなるから」 「ああ、悪が改ざんしているオレの心、だよな?  だったら、さまざまな初体験をしようか」 蓮迦は大いに喜んで、ランスに抱きついた。 「だがまずは、完全に修行を終えてからだ。  遊びはそのあと」 ランスが言うと、結城たちは大いに笑った。 蓮迦ひとりだけがふくれっつらを見せていた。 ~ ~ ~ ~ ~ デゴイラは不本意ながらも、ランス捜索隊の隊員として宇宙船に乗り込んだ。 そしてこの仕打ちに歯軋りをした。 与えられた部屋に入り、早速インターホンをつかんだ。 女でも抱かないとやっていられないといったところだろう。 だが簡単に断られた。 デゴイラは受話器を強く握り締め破壊した。 どこから沸いたのかデゴイラの体に、黒いモヤのようなものが吸収されていった。 ~ ~ ~ ~ ~ ランスたちは夕食を楽しんでいる。 そしてわらわらと、ランスを女性たちが囲んだ。 「なっ?  なに?」 ランスは振り向いて少し怯えている。 その先頭にはセイラがいた。 「デートの約束。  ああ、私はいいわ、淫乱女だし…」 「ああ、オレもイヤだ。  淫乱女に興味はねえ」 「なっ?! なにおうっ!!」と言ってすぐに、セイラは外に出る扉に走って行った。 気になったランスは、女性たちを押しのけてセイラの後を追った。 「あははっ!  これは驚きっ!」 ランスは驚きと言ったが言葉だけで、少し笑って変身したセイラを見た。 「城が壊れるからな。  セイラ自身よりも、今の巨人の方が強いから、  セイラは平常心か冷静でいる必要がある。  納得したぜ」 「そうなの…  ランスさんは本当に強いわ。  カノンちゃんって、能力の三分の二だったけどね、  本当に漏らしちゃったの。  本人はね、半分でいいって言ってたんだけどね、  きっと、何の役にも立たないって言ってたの」 「はあ、なるほどなぁー…  だがオレは、まだまだ強くならなくちゃな。  あんたも相当強いんだろ?  セイラよりも強いんだから」 巨人の女は少し考えた。 「よくわかんないけどね。  セイラちゃんを押しのけちゃうから強いんだろうって思ってるだけなの」 「押しのけて…  今のあんたって、どういった存在なの?  セイラに飼われているわけじゃないと思うんだけど…」 「セイラちゃんはね、私の子孫なの。  セイラちゃんの魂のずっと昔に、私が生きていたの」 ランスは少しこんがらがりそうな頭を回転させ、何とか理解できたようだ。 「ああ、するとあのネコも…」 「そう、フローラって言うの。  あ、私はフェルタって言うの、よろしくね」 「ああ、オレはランス・セイントだ。  よろしくな。  と言うことは幽霊っていうやつだけど、肉体はある…」 「そうなの。  これも、セイラちゃんの能力なの。  だけどね、最近は本当にサボっているみたいなの。  能力が上がらないって理由をつけて…」 ランスは数回うなづいた。 「セイラよりも強ええやつがいねえからじゃねえの?」 ランスの言葉を聞いてフェルタは満面の笑みを浮かべた。 「そうそうっ!  きっとそうっ!!  …気功術で実力を下げる方法って、どうなのかな?」 「ああ、有効だと思うぜ。  それを我慢してさらに鍛える。  そうすれば、本来の力も上がるんじゃねえか?  半分でもあの強さだからな。  訓練の時だけ、強さを抑えればいいと思うんだけどな。  だけど、オレが気づくことは覇王も知っていただろうに…」 「…ああ、覇王さんはね、めんどくさいからそういった指導はしないの…  自分でその方法を見つけてもらいたかったようなんだけどね。  もう知っちゃったわ」 ランスはにやりと笑った。 「だからこそ、今日の芝居があったんじゃねえのか?  そして気づかせようとしたが気づかなかった。  セイラは、ダメダメだな…」 「…ああ、落ち込んじゃった…  本当に、ダメな子だわぁー…」 フェルタは一気に暗い顔を見せた。 「ほかにはどんな人になれるの?」 「あ、代わるね、責任者に」 責任者がいるんだなと思い、ランスは感慨深くうなづいた。 「フェイラと申します」 ランスは驚きはしなかったが、フェイラと名乗ったネコの獣人に興味を持った。 「あんた、蓮迦の存在感と似てるね。  あんたも相当強いと思ったんだけど…」 「いいえ、私はからっきしですわ。  それに、私たちは先ほど言われたように肉体を持つ幽霊。  自由はありませんの」 「ああ、そっかぁー…  もう、生き抜いた後だからなぁー…  セイラがずっと外にいて時々あんたたちの力を借りる。  だから強くなれえんじゃねえの?  さらに強くなりたいてえのなら、あんたたちを封印してでも自分の力だけで戦う。  あんたたちも出てきたいんだろうけど、  セイラに協力した方がいいと思うんだけど…」 「…ううっ!!  その通りだから反論できないっ!!」 ランスは大声で笑った。 「期間限定でいいじゃん…  今日は誰も出ねえ、とか…  だが、特別な場合だけ、大いに力を発揮するとか…  誰がどう見ても危うい時に、とか…  その判断くらいはできるんじゃねえの?」 「はいっ!  その方向で話しをしますっ!!  これでセイラも強くなれると確信しましたっ!!  ランスさん、本当にありがとうっ!!」 フェイラが言うと、やっとセイラが姿を見せた。 「マジメにやれよ、淫乱女」 「くっ!!!  言い返せない…」 「若い女の能力者の多くは、異性が原因で能力を失くしたぜ。  あんたも気をつけた方がいい」 ランスは捨て台詞を残して、城に入って行った。 セイラはまた落ち込んだが、フェルタが出てくることはなかった。
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